③小鳥が気づいた違和感

 翌週、鷹野先輩の訃報が社内に広まった。

 検死の結果、死因は心臓発作だったようだ。


 しかし、鷹野先輩は先月受けた健康診断で異常がなかったらしい。先輩の体内からも毒物反応もなく、心臓発作が起きる要因は何もない。

 さらに死因に繋がる症状や外傷もないので警察も先輩の突然死ということで処理したようだ。


 だけど、鷹野先輩と死の直前に話した人間ということで僕は警察に事情聴取された。「先輩が死ぬ前の様子に変わったことはないか?」、「どんな話をしたのか?」と僕を犯人扱いするように訊かれた。

 僕は特に何もなかったと事実を伝えた。


「まるで、鷹野先輩が皆さんのスキルを盗んだみたいな感じですよね」と言ってから先輩が苦しみ始めた。そのことを警察に伝えようと考えたけど、それを言ったところで何かが変わるわけではない。僕は警察にそのことを伝えなかった。


 あの一言が鷹野先輩を殺したのか?

 いや、そんなことはない。

 もし、そんなことが出来るなら、僕はこんなブラック企業をやめて殺し屋にでも転職している。

先輩がいなくなって悲しんでいたはずの会社は今日も何事もなかったように機能している。先輩が死んだ翌週には代わりの社員が補充された。


僕らはブラック企業の社員は先輩の死を悲しむ暇もないまま、歯車の一つとなって働いている。

 白鳥さんも鷹野先輩が亡くなって一週間もしない間に、別の男性社員と結婚して寿退社した。新しい恋をスタートするのは自由だけど、もう少し間を空けて欲しいと思った。


 彼女の中で鷹野先輩はそこまで特別な存在じゃなかったのかもしれない。白鳥さんが新しい恋をスタートさせたことを天国で鷹野先輩はどう思っているのかな?


「あれ、そういえば……」


 鷹野先輩が死んだ日、栄転祝いのパーティ会場に社外の人間がいたような気がする。

営業部の人間が三十人近くいた会場内で一際目を引いた女の子がいた。


 黒髪で銀縁メガネをかけた燕尾服のを着た美女。可愛いというキレイという印象を与える子だ。先輩が死んだという緊急事態にもかかわらずに僕はその子に一瞬目を奪われていた。


 こんな子、営業部にいたかな?


 そんなことを考えている間に、その子は僕の視界から一瞬で姿を消した。


「あの子は誰だったのかな?」


「小鳥遊! 昨日の営業先に連絡したか?」


「すいません、まだです」


「バカ野郎! 早く連絡しろ」


「はい!」


 係長に叱られた僕は急いで営業先へと電話をかけた。あの子が鷹野先輩の死に関係あるのか。そんなことを考える余裕がないくらいに僕は働いた。

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