②能ある鷹は爪を隠しきれない
それからも鷹野先輩は変わり続けた。僕が知る限り中学生程度の英語しか話せなかったのに、今では英語がペラペラにしゃべれるようになっている。そのおかげで先輩は海外の取引先をメインとしている海外営業部への部署異動も決まった。
さらに女性社員と目も合わせられなかった程のコミュニケーション能力の低さだったのに、気づくと女性社員と仲良く出来ている。
僕が知らない間に社内一の美女の白鳥さんとの結婚まで決まっている。
先輩が僕の嫌いな勝ち組という存在へと変わってしまった。
きっと先輩は自分を変えるため、見えない所で努力をしていたのかな。
今日は勝ち組となった鷹野先輩の栄転を祝福するパーティが行われる。 営業部で会社近くの居酒屋で企画をしていたのだが、それを聞いた鷹野先輩は自分が主役のパーティのはずなのにポケットマネーで僕らの参加費を出してくれた。
それだけではなく、都内でも有名なホテルの会場や料理までも手配してくれた。これじゃどっちが祝われるのか分からない。
しかし、僕たちはお言葉に甘えて先輩が用意してくれたホテルのパーティ会場で鷹野先輩の栄転祝いに参加した。
パーティには後輩営業マンだけではなく、営業部部長までも参加している。主役の先輩は後輩の女子社員達に囲まれて笑顔を浮かべている。
しかし、その隣には婚約者である白鳥さんの姿もあった。
なんて華やかなのだろう。先輩の場所だけ空気が違う。
ここには先輩の変化によって居場所を失った人たちは来ていない。
そして、その人たちの居場所はこの会社にはなかった。先輩の活躍の影には居場所を追われて退社した人間もたくさんいた。
僕もその一人になる可能性がある。同じ道を歩まないように最近は仕事を必死にやっている。先輩ほどじゃないけど僕も営業成績を少しずつ伸ばしている。
こんなおめでたい日に暗いことを考えて水を差してはいけない。
今日は純粋に先輩の未来を祝おう。
僕は先輩を取り込む女性達の輪の中心にいる先輩を呼び出す。
「鷹野先輩」
「小鳥遊」
「この度は栄転おめでとうございます!」
「ありがとう。みんな、すまないが小鳥遊と二人にさせてくれ」
「えぇ!」
女子社員達のブーイングを無視して先輩は僕を会場の隅へと連れて行く。
「改めまして、鷹野先輩おめでとうございます!」
「よせ、褒めても何も出ないぞ」
「僕は本心で言っているんですよ」
「そうか。ありがとう」
「鷹野先輩、変わりましたよね」
「なんだよ、急に」
「営業成績も伸び続けているし、女性社員からの人気も上がっているし」
「だから、褒めても何も出ないぞ。まぁ、俺がその内引き上げてやるよ」
「ありがとうございます。最近の先輩って大鷲係長を思わせますよね」
「え?」
「だって営業成績は大鷲課長の絶頂期と同じ。
営業部一番のモテ男の鳥谷さんのコミュニケーション能力、
帰国子女で英語がペラペラな鵜飼さんの英会話力。
まるで、鷹野先輩が皆さんのスキルを盗んだみたいな感じですよね。 なんちゃって」
「おい、小鳥遊……」
え? どうしたんだ?
僕、何か気に障ること言ったかな?
僕は冗談交じりに言ったのに鷹野先輩の顔色が変わった。
先輩は体をぶるぶると震わせながら脂汗を流している。
「先輩?」
「あぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ」
鷹野先輩は突然叫びながら陸に打ち上げられた魚を思わせるように
跳ね回っている。その勢いのまま会場の中心へと向かっている。
胸が苦しいのか、先輩はスーツの胸元部分を力強く握っている。
なんだ、何が起きているんだ。
鷹野先輩の奇行に驚いた女性社員達の叫び声がパーティ会場に響く。
さっきまでのお祝い雰囲気をぶち壊すように鷹野先輩は叫び続けた。
「あぁぁぁ……」
鷹野先輩の叫び声が消えた。先輩はネジが止まったブリキのおもちゃみたいにその場に倒れた。
「鷹野先輩?」
僕は恐る恐る鷹野先輩に近き、先輩の口元に右手を伸ばす。
息が当たらない。息をしていない。何かの冗談かなと思った僕は鷹野先輩の胸に耳を当てる。
聞こえない。鷹野先輩の心音が。
「死んでいる……」
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