①小鳥から見た日常の変化
「先輩、最近仕事上手くいっているな」
僕は代わり映えしない日常に掻き消されるくらいの小声で呟いた。
僕が見つけた変化なんて誰もが見逃してしまう程に小さなもの。
でも、それが目について仕方がない。僕はオフィスのデスク越しに観察している。
僕の職場は上昇する兆しもなければ、倒産する心配もない。どっちつかずの会社だ。僕は営業部で働いている。給料の割に残業や無理なノルマが当たり前のブラック企業。
日本にホワイト企業というものは存在しない。そんな空想上の会社が存在すれば、僕は今にも転職したい。そんな会社がないので僕は、ここにしがみついている。
唯一の救いはこの会社が完全な黒に染まり切れていないこと。ほぼ黒よりのグレーだけど。
でも、そんな会社にいないと僕は生きていけない。
ブラック企業から逃げ出せない臆病者の僕は一緒に働く先輩を見ている。
「
「はい」
鷹野先輩は部長に呼ばれて、軽やかな足取りで部長のデスクへと向かう。二人とも何だか楽しげに話している。
どんなことを話しているのかな?
きっと仕事の話だろう。新規の契約が獲得できたみたいな明るい話題で盛り上がっているのかな。
楽しそうに話している先輩のことを僕は見ているけど、僕は別に先輩を好きでもない。
ましてや同性愛という趣味を持っているわけでもない。
鷹野先輩は職場という日常の一部で会うだけの人間。
そんなありふれた関係の先輩を僕は仕事中にも関わらず気になっている。
「
「はい!」
「頼んでいた資料用意しろ!」
「はい、畏まりました」
僕は係長の声で現実へと引き戻される。慌てて会社用のパソコンに入っている会議資料のデータを探し始める。パソコンのデスクトップにあったデータを見つけた。係長に渡す前に資料データのチェックをしないと。
昨日も退社前に確認したから問題ないとは思うけど。念には念を入れないと。係長は細かいミスにもうるさいから。
よし、資料データに問題はなさそうだ。あとは係長のOKをもらうだけだ。
「係長、営業部の共有フォルダに格納しました。ご確認お願いします」
「わかった!」
係長に資料データを渡し終わると、僕は再び鷹野先輩に目を向けた。鷹野先輩は部長との話を終えて自分の席でデスクワークしていた。
どうして鷹野先輩のことが気になるのか。それは営業成績が毎月最下位だった鷹野先輩がたった1年で営業成績トップになった。
入社2年目の僕よりも営業成績が悪かった。僕も偉そうに言えるほど成績は良くない。
でも、毎月新規営業先を5件は獲得している。目標件数ギリギリだけど、毎月ノルマを達成しているおかげで僕は減給されていない。
だけど、僕は他の同期よりも成績が良くない。同期達が昇給という褒美をもらえているのに僕は基本給以外何もない。そんな入社二年目の僕よりもやばかったのが鷹野先輩だ。
毎月新規営業先獲得0件が当たり前。せっかく獲得出来た取引先と良好な関係を継続できずに契約件数を減らす。営業に必要な資料の作成も出来ない。それどころか作成ソフトもまともに使えない。
そのため、僕のような後輩社員にペコペコ頭を下げながら、使い方は教わっていた。
しかし、毎回鷹野先輩から同じ質問をされて、覚える気がないのかと不信感を抱く後輩社員が増えた。それから鷹野先輩は誰からも慕われなくなった。
鷹野先輩の同期は順調に出世街道を歩んでいる。本人に焦りがないのか、先輩は人に自慢できる肩書きを持っていない。
鷹野先輩のことを会社のお荷物と陰口を言う社員はたくさんいた。
そんな鷹野先輩の給料の額は僕と同じだったらしい。
入社年数が僕より長いという理由だけで、ギリギリ後輩の僕と同じ給料がもらえたみたいだ。
まぁ、鷹野先輩の入社歴で考えると、あり得ない金額である。
こんなにダメな人の給料を払うくらいなら辞めさせた方が会社のためになるんじゃないか。僕の同期が陰口を言っていたことを思い出す。
でも、そんな先輩が目を疑うほどに営業成績を伸ばしている。
僕はホワイトボードに貼られた月の営業成績が書かれた紙に視線を移す。この会社の新規営業先の件数は5件取れたら、良い方なのに鷹野先輩はここ最近では最低でも月30件、最高が月50件ということもあった。
去年まで鷹野先輩に罵声を浴びせていた部長たちは完全に手の平を返している。
鷹野先輩のご機嫌を取るように神輿を担いでいる。
それに引き換え、かつて営業成績トップだった
今では幻だったかのように大鷲課長は新規営業先獲得が0件の月が続いている。
営業不振の焦りなのか僕よりも外回りの回数を増やしたり、営業資料を作るために残業して影で努力しているのも僕は知っている。
でも、今の大鷲課長はかつての鷹野先輩を見ているように感じる。
今まで付き合いのあった営業先との関係が崩れて契約解除されたり、資料作成ソフトの使い方が分からなくて僕に訊いたりする。
入社したばかりの僕に資料作成のコツを教えてくれたのは大鷲課長だったのに。なんで、前の鷹野先輩みたいなミスをするんだろう。
そんな疑問が浮かぶも僕は大鷲課長に育ててもらった恩がある。僕は何も言わず大鷲課長に資料作成のコツを教えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます