異能さん、いらっしゃい!

りの

第1章

他力本願

他力本願(カッコウ) プロローグ

「アイちゃん」


「はい。天地創造クイーン様」


 わたしがノートパソコンで仕事をしていると、館の主である天地創造クイーン様が声をかけてきた。

 天地創造クイーン様はとても美しい。世の女性が嫉妬するのがバカらしくなる程に。キレイな栗色の髪を際立たせるような透明感のある肌。グラビアアイドルと同じくらいに男性を魅了する体つき。


妖艶な天地創造クイーン様は少女のようなケガレを知らない笑みをわたしに見せた。


 メガネ越しに見たわたしは、この可愛らしさが世の男性達を虜にしているのだろうと改めて思い知る。わたしには手の届かない美しさだ。


 でも、天地創造クイーン様がこの見た目を維持するための代償があまりにも大きい。わたしが同じ条件で美しさを手に入れられるとしても実行出来ない。


「アイちゃん、今日も順調?」


ウエストはファッションモデルのように細い。住み込みで働いているわたしは天地創造クイーン様と同じ食事を取っている。

 それなのに体型は、わたしの方が太っている。日本女性の平均よりは痩せているかもしれないが、スタイル抜群の天地創造クイーン様が一緒だとダイエットしなくちゃいけないという謎の焦りが生まれる。


「はい、問題はありません」


「そう。大変だけど頼むわね。アタシはそろそろ仕事の準備するね。今日の予約ってどれくらい?」


「全員で10名です。皆様、最大の2時間のコースでご予約されています」


「まぁ、アタシって人気者ね!」


 わたしは返答に困ってしまい「はい」としか言えなかった。

 天地創造クイーン様が二階の仕事部屋で何をしているのか、わたしは知っている。天地創造クイーン様の仕事姿を想像すると、寒気が走った。


「アイちゃん?」


「はい」


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です」


 わたしが動揺してどうする。実際にやるのは天地創造クイーン様なのに。

 天地創造クイーン様の異能力アビリティを維持するには今の仕事が必須。

彼女が禁止事項タブーを破ることは許されない。


「じゃあ、アタシは部屋で待機しているからお客様が来たら、ご案内よろしくね」


「畏まりました。天地創造クイーン様!」


「何?」


「あの……無理なさらないでくださいね」


 わたしは天地創造クイーン様に当たり障りのない言葉しか伝えられなかった。

 自分のボキャブラリーの少なさに腹が立つ。主に対してもう少し気の利いたことが言えれば良いのに。


「ありがとう、アタシは大丈夫。もう”五十年”も同じ仕事をしているから。じゃあ、部屋に行くね」


「畏まりました」


 天地創造クイーン様は再び笑顔をわたしに見せて二階の仕事部屋へと向かっていた。

 天地創造クイーン様を見送ったわたしは再び仕事を再開する。

 ノートパソコンの画面には天地開闢スキルマーケットというサイトが表示されている。このサイトの運営もわたしの仕事の一部だ。今日もたくさんの問い合わせが来ている。


監視体制プライベート・アイ


 天地開闢スキルマーケットに届いた問い合わせメールを処理していると、わたしの名前を呼ぶ声が耳に入る。声の主は、もう誰か分かっている。わたしはゆっくり振り返る。


「おはようございます。相互補完クラウド様」


 相互補完クラウド様。わたしの上司のような方。今日もシワのないキレイな燕尾服を着ている。

 七十代のはずなのに背筋せすじがピンと伸びている。とてもカッコいい。

 彼と同年代の老人たちは年齢に甘えて若くしようとする努力を止めている。

 

 それに比べて相互補完クラウド様は老化に抗うように生きてらっしゃる。

 白髪のない灰色の髪は思わず色気を感じさせてしまう。メガネを上げ直す姿はとても知的だ。


「おはようございます。今日も良い朝ですね」


 相互補完クラウド様は相変わらず落ち着いた声をされている。

 声はとても若々しく年齢を感じさせない。


「今日は誰を追っていますか?」


 柔らかい物腰で相互補完クラウド様は、わたしに業務内容の進捗を確認する。わたしはパソコンの画面に表示されている天地開闢スキルマーケットのタブを一度閉じた。

 そのまま別のウェブ画面を立ち上げて相互補完クラウド様にお見せした。


 画面上には数十種類のタロットカードをイメージさせる画像が並んでいる。わたしはその中にある一枚の画像をクリックする。

 クリックされた画像はゆっくり反転する。


 そのカードには五羽以上の茶色の小鳥が住む巣があった。

 だが、巣の中心に一羽だけ種類の違う灰色の大きな鳥がいた。茶色の親鳥が小鳥にエサを与えようとするも灰色の鳥が邪魔している。灰色の鳥は茶色の小鳥を押し退けてエサをもらっている。そんな気味の悪い絵が描かれている。


他力本願カッコウです」


 わたしが他力本願カッコウを追っていることを報告すると、相互補完クラウド様は黙って頷く。相互補完クラウド様の優しい笑顔が一瞬だけ、悪意に染まる。


 わたしには彼の姿が童話に現れるずる賢いキツネのように見えた。

 そんな相互補完クラウド様がわたしは好き。わたしのお気に入り仕草の一つである。朝からそれが見られて幸せだ。


 いけない。仕事中なのに思わず興奮してしまった。

 こんな恥ずかしいところを相互補完クラウド様に見られてはいけない。


 大丈夫かしら。わたしは必死に平静を装うも相互補完クラウド様の目にわたしは映っていない。ノートパソコンを見下ろしながら、いつもの優しい笑顔を浮かべていた。


「そうですか。監視体制プライベート・アイ、何か動きがあったら教えてください」


「畏まりました」


 相互補完クラウド様は、わたしに仕事を託すと、館の広間にある定位置のソファに腰を下ろして英字新聞を読み始める。その姿を目に焼き付けたいが、相互補完クラウド様から頼まれた仕事をしなくてはいけない。


「では、今日も仕事を始めましょう」


 異能力者サーヴァントである他力本願カッコウ人生ものがたりを見届けるという仕事を。

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