第8話

     昼前、 旅館、調理場


 ♪コン、コン、♪パチッ、パチッ、と出刃包丁の手前の刃の部分で出汁用の昆布を割る音が俎板から聴こえる。板前大河内、刺身醤油の仕込みをしている。

中くらいの銅鍋に、大量の濃い口醤油と、九州産のたまり醤油を二割、赤酒を少々、割った昆布を入れ、あまり熱くならない程度に熱し、冷やして、元の一升瓶に戻しおく作業の途中である。その横では魚の刻んだ切り身が入った大きなすり鉢が見えている。

「さっ、やるぞ。」「はい。」

板前、大河内、と若い見習いの青年、柴田が、向かい合って座る、その座った前には普通の三倍もある大きな擂り鉢、、動かないように二人の脚で上手に挟み、同じく普通のよりは三倍は長い擂粉木を一人一本ずつ持って、最初は魚の身をゆっくり潰しながら二人でゆっくり練りだす。 ゆっくりゴリゴリ、ゴリゴリと音をさせて練っていく魚の身、塩、酒、卵白など、少しずつ調味料を入れながら、魚をすり身にしていくのだ。後ろには後で混ぜる蛸とイカの切り身が用意されている。それぞれの種類の揚げ物を作り、港の土産物屋に卸すのである。

「卵白は一度に入れるな、少しずつ入れていけ。これが済んだら一服しよう。」 「はい、あの黄身のほうはどうします?」 

「あとでカステラを焼くから、冷蔵庫に入れておいてくれ。」

「わかりました。」速度を徐々に上げていく二人。

ここ岡山の海の近くの地域で、カステラというのはカマボコの一種だが、こちらでは、魚のすり身と卵黄を混ぜて、分厚い厚揚げのような四角形に焼いたものをその黄色の色にちなんで、カステラと言う。正月のオセチに使う伊達巻きほどは甘くは無いがカマボコよりはふわふわして甘いので子供のおやつにもなるし長く細く切って巻寿司の具にも使う。 

夏の仕事場、汗が噴き出る二人。勝手口の外、港から大きな氷が届いて置かれる音がする。

昼休み、届いたばかりの氷で作ったかき氷を食べながら雑誌を読んでいる大河内と、タバコを喫っている見習い柴田、また焼き穴子のタレの小鍋だけ、煮る音がしている。 と、そこに仲居緒方がやってきた。 勝手口近くに置いている大河内が出した子猫へのえさの皿を見て注意する。

「板さん、これイカゲソが入っているでしょ。」

「はあ?イカは食べんのか?」

「昔から、猫はイカを食べると腰を抜かすって言うのよ、、聞いたことない?」「、、知らん、そうなんか?火が通ってても、ダメなんか、、」

「、、うん、そのへんはわからんけど、、」二人、、仲が良い。


    尼寺への道を走るリヤカーバイク


 空には入道雲。 

周りの木々からは喧しいほどのニイニイ蝉の鳴き声。田舎の蝉は都会の蝉並ではない。蝉の数が格段に多いために鳴き声の強さが違う。 海の向こう、はるか遠くから島の港にやってくる連絡船の汽笛が聴こえる細い坂道をリヤカーバイクで尼寺の前にやってきた百目鬼。ゴムを撒いた杖の先を左の手に持ち、左足を使う変速機を、杖を上手く使って変えながらゆっくりと走っている。 

リヤカーの端に小さな風呂敷包みを紐で縛っているのが見える。 お寺が見えてきた。バイクを門の前に止めて降りる百目鬼、門の前に吊ってある木の看板を読む。


  『当寺は尼寺でございます  殿方は入られませぬ

ご用のある方は撞木を叩きを  一心寺 住職 藤原 』


ああそうだった、尼寺には男は入れなかったな、うっかりしていた、と気付く百目鬼。

お寺の周りは垣根で囲われているが、すこし垣根が切れている箇所を見つけ、そこから中を窺いつつ声をかける。

「こんにちはっ、すいませんっ、、こんにちはー、、境内、百日紅の白い花が綺麗に咲いているそのすぐ向こうに鐘楼が見える、が、梵鐘は無く、鐘の形を模した物体を吊ってある。それを見ている百目鬼の後ろから女性の声がする、なんだろうか、と近づいた百目鬼の後ろで声がした、「それは木で出来た梵鐘です。」

振り向くとそこに老いた尼が立っている。

「先の大戦時の金属供出命令で、寺の鐘が無くなった後、この島の船大工たちが作ってくれていたそうです。形だけですから、叩いても鳴りませんけども。」

「あ、これはどうも、私、、」

振り向いて頭を下げる百目鬼、、

「文化船ひまわり、、の御人ですね。」

「ええ、よく御存じで。」

「私はこの尼寺の住職で、藤原と申します。」お互い深々とお辞儀。


寺 境内


境内を歩いている二人。百目鬼「日本の町から村から、寺の鐘の音が消えた時代が長く続いていましたなあ、、。」

藤原尼

「ええ。仏に仕える私どもには、梵鐘が戦争のためにとられたことに、苦しみの心を与えられました、、昭和二十年の八月一五日が過ぎるまで。」

それを聴いて、返答できない百目鬼。 

藤原尼 

「ですが、この夏、この寺に、やっと新しい鐘がやってくることが決まりました。島の者も喜んでおります。」

「あの、御聞きしたいことがあるのですが、、」

「はい、ここの若い尼、海霧、とあなたの船の本の事ですね。」

「ええ。」

「この島の沖で、戦時中に亡くなった子供たちの霊が借りていったのです。」

「やはり、そうでしたか、、」


   学校、講堂 

 

 大勢の子供たちが本を読んでいる大きなテーブルの端、落語の本を読んでいる一人の子供の横に落語家笑ん馬が座って、子供が読み終えるのを扇子を扇ぎながら今か今かと待っている。文化船の甲板の木箱に入っていた本である、新刊なので読んだことが無いから、読みたい笑ん馬、早く終わらないかな、と別の本を広げて、子供のほうをチラチラと観つつ、待っていると、子供はその本を持って澤村司書のほうに歩いて、借りて帰ってしまった、、

「ええー?」と残念がる笑ん馬。 

その司書の座っているテーブルの前に、百目鬼が笠岡の港屋台で買った飴を皿の上にたくさん置いている。ここに来た子供たちが借りて帰るときに一個づつ配っている澤村司書。 

その飴を見て、「孝行糖」と言う飴売りが出てくる落語を思い出し、その中に出てくる飴屋の口上を小さな声でつぶやく笑ん馬。

「♪孝行糖、孝行糖、孝行糖の本来は、粳の小米にかんざらし、カヤリィ、銀杏、ニッキに丁子、♪チャンチキチン、ステテンテン、」

静かに立って、別の本を探しに行く笑ん馬。貸し出しカードの整理をしている澤村司書が講堂に海霧尼がやってきたのに気づく。本を講堂の入り口付近で読んでいる子供たちの中で、「小林一茶」の本を読んでいた一人の子供も先にそれに気づき、挨拶する。

「こんにちはー」他の子も気づいてみな挨拶。

「こんにちはっ」「こんにちは~」

海霧尼、子供たちに手を合わせながら挨拶。

「皆さんこんにちは。」

そして澤村司書に近づいて丁寧に挨拶。

「図書係さん、先日はどうもありがとうございました。」

「いいえ。」「すこし見せてくださいね。」「ええどうぞ。」

端から順に眺めて、なにか良い子供の本が無いか探す海霧尼。

「最近は、どれもきれいな色の装丁ですね。」

「ええ。そうですね、」

「文化船の船長さんは、船のほうですか?」

「はあ、今日はたしかお寺のほうに行くと言っておりました。」 

すこし驚く海霧尼、

「ぇ、そうですか、ん、では、お尋ねします、あの、新見南吉の童話は、ございますか?」

澤村司書「新見南吉は、こちらには、、置いてないです、船のほうには、絵本ですが、『手袋を買いに』と、『ごんぎつね』があります、あとでこちらに持ってきておきましょうか、。」

すっ、と答えた司書に感心する海霧尼。

「ご記憶よろしいのですね、」

「ええ、これが仕事ですから。次にこの島に文化船が来られるのは二か月後になります、それまでにほかの本も入れておけると思いますので、なにかご希望の本がありましたら、こちらの用紙にどうぞ。作者の名前だけでもかまいません、図書館間相互貸借を利用しまして出来るだけ揃えられるようにしております。」と、丁寧に用紙を渡す澤村司書。 “図書館間相互貸借”というのは図書館奉仕の一つで、利用客が探している本や資料の要望があった場合、その図書館にない本は、置いてある県内の他の図書館から図書館へ運ばれ、そして利用客に貸し出す仕組みである。

これをリクエストと言い、その言葉を日本で戦後に最初に使いだしたのは図書館からである。澤村司書としてはそういうことは普段の仕事なので、落ち着いた顔で応対をしている、が、尼僧という職業の女性とは、初めて接するので、少々緊張気味ではある。 

海霧尼「わかりました、どうも御親切にありがとうございます。最近の流行の子供本が分からないのでまた教えてください。あ、そうそう、今日はこれを差し上げます。」

小さな数珠と底の抜けた竹製の柄杓二本を司書のテーブルに置く。澤村司書が手に取る。

「船の入り口に結んでおいてくだされば、、」

「入り口?」

「ええ、船室の入り口の外に、です。お盆に出てくる海の悪霊が入ってこないよう、、この島の魔除け、のようなものです。では。」

丁寧にお辞儀をし、手を合わせて出ていく海霧尼。

「、、なんだろうなぁ、、ま、いいか。」

と澤村司書。その後ろで子供の声がする、

「すいません、、お兄さ~ん、、あのー、」

「はい、どうしましたか?」

「ぜんぜん頓智話が出てこんのじゃけど?」

「え?」

「これ、、一休さんの本なんじゃろ?」

司書が観る、と『小林一茶』の本である。

一休と一茶と間違えているのである。

「ああ、ボクね、これは違うんだよ、、ちょっと待っておいてね。」

一休禅師の本を探して交換する司書。別の子も訊く、

「先生、、お化けのでてくる本って、ある?」

「そうだねぇ、、小泉八雲って知ってる?」

「知らない、、」

「『怪談』って本を書いた人の名前。ええと、雪女とか、のっぺらぼうとか、耳なし芳一とか、。」

「怖そう、でもね、お兄さん、、この島も怖い話があるんじゃ、、」「へえ、そう、、どんな話かな?」

「あのね、うちの島からちょっと行った先の飛島ってところでな、」

「ふんふん、、」 

子供が、大人に何かを伝えようとするときには大人の目を見て一生懸命に話すので、座って真面目に聴く澤村司書である。


    駐在所

 

 百目鬼が笠岡で買ったクッキー缶をこちらに一缶持ってきた村上。その缶を見て、少し顔をしかめながら話をする秋山巡査長、

「ビスケットとクッキーはどう違う?国で呼び方が違うのか?」

「あんまりそっちのほうは詳しくないですな、うちの船に洋菓子造りの本はあれば違いが載っているかもしれません。」

「ふうん、ふん、、敗戦まじかのドイツを急いで貨物船で脱出した時、船員の食料を分けて貰うわけにいかず、イギリス軍に捕まるまでの一週間、ずっと水と救命艇の非常用ビスケットだけだった、まあ、ビスケット自体は甘さは少しはあったが、硬くて不味いのなんの、あの経験で、オレは焼いた洋菓子は食べられんようになってしまってなあ、ああ、家族のほうで頂くよ、ありがとう。」

「ええ、どうぞ。」 

終戦の頃の事を思い出せてしまったかと思い、話しを変える村上。

「昨日のラジオの天気予報では、台風はこっちに来ない、と言っていましたね。」

「ああ、そうか。ここの島は、江戸時代から、瀬戸内を通る船の、波除け風待ちの良い停泊地でな。」

「はあ、だから、あの宿屋の名前が“待帆荘”なんですか。」

「うん。」

「君の文化船の船長さんは、元海軍か?」

「元は、横須賀の工科大学で戦争の歴史を教えていた先生で、大学の図書館の館長をしながら過去の戦の史料編纂をされていたそうです。」

「それで今のこの仕事か、、そうかい、、暇があったら話がしてみたいな。この島へ来ることはどういう話で決まったんだ?」

「前は、広島県の図書館が瀬戸内海沖の島々のために考え出した文化事業でした。これが評判になって、岡山県内の島も廻るようになったのです。」

「そうか。」

「あのぉ、飛島の天尾という男の話ですけども、」

「ああ、あの人も、、元、海軍だ。」

「やっぱり。海軍の、どこの所属ですか?」

「いや、知らん。名前は本名じゃないだろう。まあ、わしも本当の正体はここでは秘密にしているので、いまさら他人の詮索はしたくない。」

「そうですか。」

俯いた顔をして溜息をつき、少し間をおいて続きを話す巡査長、

「じゃがな、あの島には別の秘密がある、、」

「は?」

「どうも何か隠している、、ここの港を経由して飛島に出入りする男たちや貨物船に積まれていた物資の量も並大抵の物じゃなかった、ま、造船所も持っているから、そのためだろうと説明はつくが、こっちも海軍に居たから、なにか普通の船ではないという感じがする、、。」

「警察は島を捜索とか、?」

「うん、、これという理由がない、、それより、お盆の頃にだけ発生する潮流に乗って、瀬戸内の海の浮遊物があの飛島の近くに集まるとかで、その中に戦争末期、米軍の投下した浮遊機雷がたまに混じる、、天尾さんはそれを見つけては爆破処理している、、それも、自費でだ。今日の朝早く、遠くから聴こえていたサイレンと爆破音が旅館で聴こえんかったか?」

「は、聴こえました。」

「それ、だよ。それから飛島に住んで居る若い者たちは天尾さんが戦後に日本各地で連れてきた戦争の孤児(みなしご)でな、、すでに巣立った者も居るが、多いときに三十人は居たとか、その子達の世話をする大人も沢山いた、そんな“立派な御方”の邸宅をむやみに調べることなんかできんよ。」

「ほぉ、、ん?」

急に窓の外を観る村上機関士、

「どうした?」

「なにか、外で音が、、」

「ああ、舟幽霊だ、海から上がってくるんだ、、昔の源平の戦で死んだ侍たちの幽霊という話だ、、、お盆になるとな。 」

「怖くないのですか?」

「ああ、もう慣れた。あ、こっちの島じゃ悪さはせんよ、、夜の海に出ていかん限りは、、ただ、噂じゃあ、天尾さんの島は、その幽霊の巣だそうだ。」


   文化船


 澤村司書が帰ってくる。底の抜けた柄杓を、海霧尼に言われた通り、操舵室近くの外壁の鉄管に本の荷紐で結び付け、そこに数珠をかける澤村司書。

「、、これで、、いいのかな、」

「おお、それで、ええ。」

後ろを振り向くとゲン爺がベンチに座っている。縦半分に割れた能面を顔に当てている、「それが一本あるだけでのぉ、、あいつらは入って来れん、、」「は?」

「夜になったら海に出たらおえんでぇ、、もうすぐじゃ、、もうすぐ亡者の潮が飛島に、、向かって流れる、、」面を外して、ぷいと首を振り、、船から出ていくゲン爺。

「あいつら?、亡者の潮?」浮かぬ顔をしながら図書室に行って何かこの付近の奇怪な事が書いている本は無いかと、郷土史の棚を探すがこれと言った本は見当たらない。「民俗学のほうかなあ、、」

別の棚を探す澤村司書。


   尼寺 境内


海風ですいすいと揺れている百日紅の花の下、境内をゆっくりと歩きながら海を眺めている藤原尼と百目鬼、、先に語り出す藤原尼。

「海霧は若い時、この島の小学校で教えていた教師でした、、授業で生徒たちに本を読み聞かせることが得意で、そんな先生を生徒たちは皆慕っていたそうです。ある日の授業、一話の童話を紹介して、その作家の本はここには在りませんが、本土の、笠岡図書館にありますから、今度私が行って借りてきてあげます、と教室で伝えたのですが、それを聞いた生徒の中の五人が先生を驚かせようと、自分たちだけで先に本を借りて、舟を漕いで海に出て、事故が起こりました。」

百目鬼

「その話はここに来る直前に広島の図書館長から聞いております、米軍が戦争末期、大量に日本の周りの海に投下した機雷に触れたと、。」

「当時の、この島や笠岡のたちは大変悲しみました、いくら戦時中だからと言って、こんな田舎で悲惨な事件が起こるなんて、と。そして、自分の責任だと女教師は職を辞し、この島を去りました。昭和二十年六月の事で、その子達の慰霊碑はここにあります。」

五人の子供たちの名前が刻まれている小さな石碑の前で足を止め、拝む二人。 俯きながらゆっくりと歩き、昔の島で起こった出来事を語りだす藤原尼、横に並んで一緒に歩きながら聴いている百目鬼。

「戦争が終わって五年後、この尼寺の住職に私が選ばれたとき、私が以前居た寺で修行を終えたばかりの若い尼を一人連れて、ここに来たのです、その尼の顔を見て島の人たちは驚きました、その事件のときの学校教師だったのです。海霧は死んだ教え子の霊を、この島で一生かけて弔おうと仏門に入ったのです。偶然とはいえ、この島の寺に海霧尼と私と一緒にここに来ることになったのも、もしかしたら、お釈迦様のお導きかもしれません。」

「そうですか、、」

「私には見えませんが、その時に亡くなった生徒たちの霊たちが先生を慕って、ここに集まり、海霧は本をずっと読み聴かせています。」

「はあ、それで、子供たちの幽霊が、うちの船に本を借りに来たのですね?」

「そうです。」

「その子供たちは、あの、、舟幽霊になったのですか?」

「いえ、違います。舟幽霊は、死んだ侍の亡骸が、そのまま飛島に流れ着いてしまい、誰も弔わずに骨は海中に沈んでしまったのです、それで魂は、修羅道に落ちてしまい、成仏できずに舟幽霊に変化(へんげ)したのです、あの子供たちの亡骸は島々の漁船がきちんと拾い上げ、この寺に運んで弔っております、、舟幽霊にはなっていませんが、命を落としたことに気付かず、この世に居たいという気持ちがまだ強いので、成仏は、、出来ていないようです、、」

そのことに何の返事もできない百目鬼である。尼寺の中に男は長く居ないほうが良いだろうと、自分で思い、では、用を思い出しましたので、そろそろ帰ります、と伝え、尼寺の門まで見送ってくれた藤原尼に、バイクの後ろに積んであった本を渡す。「あのお、その海霧さんにこれを渡しておいてくださいますか。この本は、もう古くなって、貸し出しをやめている本です、もう返さなくてもいいからとお伝えください。」

シートン動物記、日本の昔話、椋鳩十など子供の喜びそうな内容の本、六冊が見える。

「わかりました。わぁ、思ったより重たいですね。うふふ。受け取った藤原尼、本を持ったままで手を合わせ、それにあわせて手を合わせる百目鬼「それでは、。ああ、もしよろしければ、ご住職も文化船のほうに、」

「ありがとうございます、そのお気持ちだけ頂戴いたします。」


   港 旅館の食堂 


 尼寺から帰ってきた百目鬼、澤村司書と食事をしながら、尼寺で聴いてきたことを説明し、司書は柄杓を貰って船の入り口に付けたことを、二人、小声で説明している。

「そういうわけで、何冊かは寺に置いてきたが、子供の幽霊さんたちはまだやってくるかもしれんから、今度またこの島で無くなったら、、お寺にあるだろう。」」「はあ、そうですか、、わかりました、、でも、今度は柄杓を付けておきましたから入れないかもしれませんね、、」

「ああ、うん、あのおまじないは舟幽霊除け、なんだろ?、子供たちは違うと言っていたから、、なあ、、」

その二人の居る近くのテーブルでは三人の漁師たちの集まり、と別のテーブルに一人の老人が酒を飲んでいる。三人の漁師たちの会話の声が百目鬼と河村にもよく聴こえている、盗み聞きをしているわけではないが、普通に聴こえている。

「三年くれえ前じゃったか、鉄鍋島のわしの知り合いが乗った船のエンジンが飛島の近くで停まったことがあってのぉ、偶然通りかかった、天尾さんの船に助けてもろおて、飛島に曳航されたそうじゃ。」

「なんかそうじゃったって、のお。」

「家ん中に案内されて、休んどったらしい、そこの部屋にゃあ、ぼおっけえ、ぎょうさんの本があった言うとったで。」

「造船所もあるんじゃろ?」

「そかあ、みてねえよおったけど、大きい部屋の壁一面、ぜんぶ本で埋まっとった、言うて。」

「わしゃあ中学の頃、天尾さんがまだ来るめえに、怖いもん観たさに入り江に入ったことあるけどのぉ、」

「そりゃあ、盆の夜か?」

 「、、じゃあねえ。」

「ほぉならあかんわ、あそかぁお盆の夜よ。」

「そういうお前、行ったんか?」

「いいや!」

「ゲン爺と、西矢のオヤジさんは、若いときに怖いもの見たさで盆の入り江に行ったことがあると言おったけどのぉ、、。」

「せえでゲン爺さんは舟幽霊が見えるようになったんじゃろ?」

「さあ、よおわからんけど、どこぞで拾うたゆう能面から覗くと、、観える言うとった、、」

「ああ、首からいつも吊っとるやつじゃ。」

飛島、ぎょうさんの本、盆の夜、造船所、と言う会話に、耳を傾ける百目鬼と澤村、お互いに顔を見合わせ、静かに、そっと聴いている、、漁師たちの会話は続く。「エンジンは、あそこにおる若いもんが修理してくれたそうな、」

「その若けえもん、天尾さんが連れて来とった戦争孤児が大きゅうなっとるんじゃ」

「天尾さんらぁは、こっちの島には、たまーにその若い衆と来て旅館で飯だけ食うて帰るけど、わしらたぁ、あんまし話はせんし、」

「あんのぉ、しっとるか? 天尾さんと、うちの漁労長とは、若いころ東京で、ええ仲やったって、、」

「ええ?ほんまにぃー? 」

「こ、声が大きいってぇ、もうちょっと小めえ声で話しぃしょうやあ。」

顔を近づけ小さい声で会話する漁師たち、

「ほんまじゃ。寺田さんが東京の女子大行っとった頃に、知りおうたとかでのぉ。」

「、、そりゃあ、、初耳じゃー」

「おめえ、知らんかったん?」

「島のもんは、でえてえ皆知っとる。」

「せえでこっちに来たんか?」

「そいうかもしれんのぉ」

「天尾さんは元海軍じゃろぅ?」

「そうじゃあいうて、、聞いとるけどのぉ、」

「ここだけの話しじゃけどのぉ、戦時中におこった、あの事件のぉ、」

「ぉお、うちの島の子供が機雷に当たって五人、、死んだ、、事件か、」「あれは、アメリカの機雷じゃったいうとるけど、同じ時期、広島の機雷技術研究所台風の日の夜、紛失した機雷が、こっちに流れて来とったんじゃ、言う噂がのぉ、」

「それは言うたらおえんことになっとるで、この島じゃ、、」

「でものぉ、笠原で聴いた話じゃあけぇ、、せえで、天尾さんは機雷実験場の責任者じゃったいう噂でのぉ」

「ほなら、その罪滅ぼしのために、、」

「戦災孤児を集めて育てた言うてのぉ、、」

「昔の噂じゃあそりゃあ」

「そりゃあ、ほんまかどうか、わからん、、」

「うそじゃそりゃあ」

「若いもんには、お盆の潮は教えとかにゃあ、おえんで。」

「そうじゃのぉ」

「飛島に流れる潮じゃのぉ」

「源平の戦いのときに死んだ侍はのぉ、、あの潮に乗ってぎょうさん飛島に流れ着いたんでえ」

「おめえ観てきたようなことを言よおるのぉ」

「それで機雷もあすこの入り江にはいっていくんじゃ、」、

板前大河内も食堂入り口の暖簾の向こうで仕事しながら聞き耳を立てている。


    旅館 百目鬼達の部屋


 百目鬼、今日は酒を飲まず就寝した。夜十時、、村上と澤村は明日の映画上映の仕事が朝早くからになるために早めに起きる為である。 文化船の鞄の中から本を一冊持って、旅館で読もうとしたのは五十嵐学長から渡されて大事に預かっていた勝海舟の「氷川静話」である。 

自分の何かがそうさせたのかはわからない。少し読んだあと、本を枕元に置いて眠りについた。


――― 再び、、あの時代の、、夢の続きが始まった  ーーー 

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