第39話 最強魔法幼女を攻略せよ【魔法図書館】6



「あ、あはは~……こんちはぁ……?」



 ダンジョンの先が普通の空間だった。


「冒険者の方ですか……?」


「そうです」


「そ、そうなんですね。良かった。驚きました……」


 職員の皆さんはあからさまにホッとしていた。


 そりゃそうだよね。

 エネミーって基本的にダンジョンから出てこない。なのにまともじゃない方法……ドアを破壊して何が出て来たらエネミーかと思ってビビるよ当然。


 ドアの方を見た。かんぬきタイプの内鍵が切断されていた。はい、オレが切りました。あとで弁償します。


 ネクタイ姿でメガネのおっちゃんに尋ねる。


「えーと、一応確認なんですけど、ここは鶴見の図書館内で、皆さんは剣と魔法のファンタジーな異世界の方々ではない?」


「そう……ですね。ここは鶴見の図書館で、我々は図書館の職員です。剣と魔法のファンタジーは実在するようになりましたけど、それはダンジョンが現れてからですね。つまり異世界の話ではないです」


「ですよねぇ。驚かせてしまって申し訳ない」


 うーん、つまりダンジョンに出入口が2つあったってことか。【魔法図書館】がこの場所に来た時、他の扉は開けた先が無いから開かなくなったけど、ここは開けた先があったから開いた感じかな?


 ああ、出入口が2つ以上あるダンジョンも無くはない。建物が丸ごとダンジョン化した場合とかは、元の建物の出入口がそのままダンジョンの出入口になるパターンがある。だから出入口も複数になったりする。


「ここからダンジョン内を通らずに、冒険者が使ってるダンジョンの出入口に行くことはできるんです? ぐるっと回って?」


「行けますよ」


「ふーむ」


 図面を見てみないと分からないけど、ダンジョンがあるスペースを挟んで廊下と職員の事務所がある感じか。


「ダンジョンができる前は何の部屋だったんです?」


「研修室ですね」


「いつからダンジョンに?」


 オレが尋ねる。すると衝撃的な答えが返って来た。



「けっこう前からですねぇ。いや、初めは書類の保管庫に改修しようとしたんですけど、……」



「えっ」


「ダンジョン化が人為的に引き起こされたのですか?」


 何者かの手によってダンジョンが発生したとされるパターンはたまにある。【蓼科たてしな博士の研究所】とかは典型的だ。


 でも今の話を聞く限り、【蓼科博士の研究所】と【魔法図書館】ではちょっと事情が違う。


 蓼科博士は事故でダンジョン化させちゃったっぽい例だ。一方で、その業者とやらは故意にダンジョン化を引き起こしたようにも聞こえる。


「お恥ずかながら……当時のことはあまり記録は残っていないのですが、リフォームを検討していたらフラッとその業者がやってきて、『もっと空間を広くできる。試しにやってみることが可能。費用はいらないし不要だったら元に戻す』と言われてOKしたら、この状態にされてすぐに姿が消えたそうで」


 今まで元に戻していないと。


「……ちなみに何という業者さんですか?」


「”君影きみかげ先端アーキテクツ”という……」


「あぁ……」


 ”君影先端アーキテクツ”。


 冒険者なら聞く機会がある名前だ。

 蓼科博士の建築バージョンって感じかな? とにかくおかしな建物を作って、往々にしてそれはダンジョン的な何かになる。既存の建物を改造してダンジョンにしたり、山奥にぽつんとダンジョンを建築したりしている謎の会社だ。


 所在地も連絡先も不明な会社なんだけど、唯一、営業兼代表と思しき女性の存在が確認されている。レディススーツが似合う細身の麗人らしい。誰も姿を見たことがない蓼科博士とはこの辺りも違うね。この図書館に来たのもその君影って人だろう。


 でも”君影先端アーキテクツ”って結構有名なのに図書館の人はどうして……単純に知らなかったか、まだ君影先端アーキテクツの名前が知られてなかった頃の話なのかもしれないね。


 橿原ちゃんがずいっと前に出て来る。


「その人が残していったものはありませんか?」


「名刺と図面みたいなものだけですね」


「お忙しいところ申し訳ありませんが、お見せいただけないでしょうか?」


「えーっと……」


「申し遅れました。我々は冒険者組合から依頼を受けて【魔法図書館】を調査しているパーティの”黎明記れいめいき機械きかい”です。これ、冒険者ライセンスです」


「そういうことでしたか。まあ、大したものじゃないのでお見せいたしますよ」


「ありがとうございます」


 こうしてオレたちは資料を見せてもらえることとなった。

 といっても名刺と図面が数枚しかないけど。


「君影彼方かなた。この人が建物をダンジョン化させているのか。謎の技術すぎる」


 名刺には会社名と名前しか書いてない。普通は電話番号とメールアドレスくらいは書くと思うけど。


樟葉くずはさん、当たりかもしれません」


「何が?」


 橿原ちゃんは見ていた図面の一画を指さす。

 図面はこの図書館の7階の平面図だ。基本的には職員用のスペースがあるフロアみたい。そして予想した通り、ダンジョンを挟んで廊下と職員用事務室が配置されている。


 図面にはダンジョンの存在が反映されていて、ダンジョンがある場所に『魔法図書館(仮)』と記載されている。


 そして。


「こちらが冒険者が出入りする入口。そしてこちらが先ほどこじ開けてしまった方の出入口です」


 そこにははっきりと書かれていた。


 冒険者が出入りする方は……”メインエントランス”。




 こじ開けた方は…… ”従業員用出入口”と。




 オレと橿原ちゃんは立ち上がる。そして先ほどのおっちゃんに声をかけた。


「そちらの入口からダンジョンに入らせてもらってもいいですかね?」


「え? ああ、はあ、かまいませんよ」


「ありがとうございます。それと皆さんはやっぱりここからは出入りされないんですか?」


「しませんねぇ。我々はダンジョンには用がありませんから」


「ですよねー。あ、扉は弁償しますんで!」


 こじあけた方の扉から中に入る。


 内部は特に変化はない。相変わらず異常に広い本棚の回廊だ。オレたちが調査した影響で幾分かマシだけどホコリも積もっている。


「ブックエンドは?」


「閉架エリアです」


「ちょうど良いね」


 閉架エリアは下だ。だから降りていく。道中のエネミーが面倒だけどしょうがない。ここはダンジョンだからね。


 と、思っているそばから魔法使いのエネミーだ。あいつらは遠距離から魔法を撃ってくるから……から……。



 ……撃ってこないんだが。



「敵対していない?」


「そのようですね。シャンデリアのオバケもこちらを無視しています」


「ほんとだ」


 シャンデリアのオバケ、普段は照明っぽく擬態しているんだけど近づくと動き出す。だけど今はそうはならない。


「これはあれか。【九尾】のダンジョンと似たようなパターンか。条件満たすと敵が攻撃してこなくなるヤツ」


「そのようで」


 というわけでエネミーの警戒もそこそこに閉架エリアまで降りていく。そしてエリアの直前で立ち止まった。


 ブックエンドは視界内にいる。閉架エリアの上空をふよふよしていた。


 それを確認しつつ、意を決して閉架エリアに足を踏み入れた。



 ぎゅるん!



「「!」」


 ブックエンドが勢いよくこちらを振り向く。


 と思ったら瞬きの間にオレたちの前に浮遊していた。激しい緊張感に包まれると同時に、しかしもはやオレたちは確信していた。

 この時点で攻撃されないってことはそういうことだ。


 が、このダンジョンのエネミーと敵対しない条件だったんだ。


 それがいままで分からなかったのは、従業員用の出入口から入る可能性があるであろう図書館の職員の方々が、エネミーがいるところまで進まないから。まあそんなところまで行くわけないよね冒険者でもないのに。


 ブックエンドは興味深そうにこちらを見ている。

 オレを見て、橿原ちゃんを見て、首をかしげて、またオレを見てとかしている。


 戦闘モードの時のように目は死んでいない。体格に似合ったうるうるしたつぶらな瞳だった。そしてブックエンドがなにやら話し始めた。



『t{$f=>%……?』


「「……」」


『2F%V¥[/???』


「「……」」


『W3(m! 6=V!!』


「「……」」



 何言ってるかわかんねぇ。



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