第33話 そう考えるのは冒険者の方だけですね



 大学生は恋人とユニバとか行くらしいですね。


 ……なんの話か、ですか。


 私もよく分かりません。大学の食堂で隣の席のグループがそんな話をしていたので、単に(そういうものなのか……)と何となく耳に残っていて、こうして講義中にもモソモソと考えているわけです。


 ユニバ……樟葉くずはさんとユニバ。


 そういわれると行ってみたい気がします。

 樟葉さんとはもう何度も一緒に色々なところに出かけているので……樟葉さんとはもう何度も一緒に色々なところ出かけているので! ことさらにユニバにこだわる必要性もあまりないのですが、そんな話を聞くと気にはなります。


 まあ実績解除みたいなものでしょうか。

 今のところそういった機会はありませんが、将来的に何かの拍子に「恋人とユ〇バ行ったことないの……? ほんとにその人と付き合ってるの?」とか言われた日には言った相手を撃ち×す自信がありますから。そういった事態にならないようにするためにも、1度くらいは樟葉さんと行ってみるのも良いかもしれませんね。


「……」


 樟葉さん、今日は何をしているでしょうか。まあお酒を飲んでいることは確実ですけど、どこのダンジョンにいるとか、何のドロップを狙っているのかとかは気になります。


 パーティを組んだのでそのあたりのことを共有してもらうことは別に自然だと思います。でもあまりあれこれ聞いても負担になるだろうし、鬱陶しい……重い女だと思われてもアレですからね。ええ、私は寛容ですし樟葉さんを信用しています。


 思えば、パーティを組んだので樟葉さんの実績はある程度は”黎明記機械”の実績に算入されてしまうんですよね。つまり平日は大学に行っていてあまりダンジョンに潜れない私は、平日にダンジョンに潜っている樟葉さんの実績にタダ乗りしているわけです。


 そのあたりのバランスを取ることも今後の課題ですね。それは私が考えましょう。パーティを組んだのも私が無理を言って組んでもらったからですから。


(終わった……)


 講義が終わったので帰ります。

 平日は大学の近くのマンションで寝起きしていますが、今日は金曜。明日からはダンジョンに潜ります。なので組合近くに購入した方のマンションに向かいます。ああ、高レベル冒険者ならマンションの1つや2つは負担になりませんのでご心配なく。


(明日の打ち合わせがしたいのですが、組合にいますか、と……)


 樟葉さんにメッセージを送ります。すぐに返信がありました。『いるよ~』だそうです。少しだけ歩調を早くします。


 電車で行くのと自分で走っていくの、どちらが早いかと一瞬迷います。

 ええ、高レベル冒険者だと”自分で走っていった方が早い”の範囲がかなり広がりますので。しかし汗だくで樟葉さんの前に現れるのもどうかと思うので電車で行くことにしましょう。


「……?」


 何でしょう。駅に着くなりやけに視線を集めるような気がします。そういえば今日は大学でもそうだったような……身だしなみを確認しましたが不自然なところは無いと思うのですが、結局よくわからず電車に乗り込みました。






「お疲れ様です、樟葉さん」


「お疲れ~」


 組合に到着すると樟葉さんは買取窓口の近くのベンチでお酒を飲んでいました。おそらく列が無くなるのを待っているのでしょう。こういうことをするから余計に目立って”梅田のゾンビ”とか言われるのですが、まぁ気長であることは美徳な点でもあるでしょう。


「大学の帰り?」


「はい、そのまま来ました」


「熱心だねぇ」


「隣、座っても?」


「あー、そろそろ列に並ぼうかと思ってたんだよね」


「ではご一緒します」


 樟葉さんと一緒に買取窓口の列に並びます。なんか良いですね、こういうの。同じパーティって感じがします。とても良い。


「樟葉さんユニバ行ったことありますか」


「ユニバ? 1回だけあるよ」


「誰とですか」


「? 1人でだけど?」


「そうですよね樟葉さんなら」


「それがどうかした?」


「大学で他の学生が、大学生なら恋人とユニバとかに行くのが定番と言っていたので」


「へーそうなの? それはまたずいぶん……え? なんで?」


「分かりません。普通の大学生は別にユニバに行く意味はないと思うのですが……」


「普通の大学生がユニバなんて行ったらどうなるか分からないよ?」


 などと話していたら順番が回って来ました。担当は鑑定さんでした。


黎明記れいめいき機械きかいさんですねー。お疲れさまですー」


「おつかれー。買取おねがーい」


「はーい、いつもありがとうございます。えーと……はい、査定完了です! ドロップはお預かりして、代金はお振込みします! こちら明細です!」


「あんがと~」


「あ、それから」


「「?」」


「いまお話されてたユニバですけど」


「「??」」




「ダンジョンの【ユニバーサル・ダンジョン・ジャパン】の方ではないと思いますよ?」




「「…………えっ」」


「普通に考えてテーマパークの方だと思いますよ?」


「……普通に考えてユニバといったらダンジョンの方では」


「そう考えるのは冒険者の方だけですね」


「……」


「ダンジョンが脳にまで達していますねー」


 そんな……。

 いやでもおかしいと思ったのです。どうして冒険者でもない大学生がダンジョンに行くのかと。


 ちなみに【ユニバーサル・ダンジョン・ジャパン】は”世界標準ダンジョン”とも呼ばれるダンジョンです。世界に何カ所も同じようなダンジョンがあって、構造や出現するエネミーがほぼ一緒なので、1度入っておくと世界中の冒険者と共通の話題を作ることができます。


 あとは本当だったら特定の地域のダンジョンに行かなければ入手できないアイテムも、超低確率ながら入手することができたりします。


 かつて入手されたその手の産出品で有名なのは、通称”ねこぱんち”と呼ばれる獣の手の形をした武器でしょうか。


 本来であればメキシコ付近のダンジョンで少量しか手に入らない、”マヤライト”と呼ばれる生きた巨石でできた武器です。それ自体が生きているため、冒険者はその超重量を感じず振り回すことができます。現在は東京の冒険者が使っています。


「あと橿原かしはらさん」


「はい」


「今日はその格好でここまで?」


「? はい。大学からここまで」


「えっ、じゃあ大学もその格好で?」


「まずいですか?」


「あー……えーっと、その……非常に言いにくいのですが……」


「??」




「キツネ耳、装備したままですよ」




 キツネ耳、装備したままですよ。

 キツネ耳、装備したままですよ。

 キツネ耳、装備したままですよ。


「……」


 鑑定さんの言葉がエコーしました。恐る恐る頭に手を伸ばします。



 もふっとした感触が手に当たりました。



「あ゛あ゛あ゛ぁ……」


 崩れ落ちました。やけに視線を集めていた理由が分かりました。視線を集めて当然でした。


「か、橿原ちゃん、可愛いから大丈夫だよ!」


 樟葉さんはそう言ってくれていますが……いますが……! 日常シーンでケモノ耳つけてるヤツはどうみてもヤバイやつじゃないですか……!


 そんな私の頭上から、樟葉さんと鑑定さんの会話がります。


「樟葉さん樟葉さん、橿原さんをユ〇バにでも誘ってあげれば立ち直るかもですよ? もちろんテーマパークの方です」


「ほんと? 信じるよ?」


 ぴくっ。


「ファストパスもつけてあげてください。樟葉さんなら余裕ですよね」


「えーと、橿原ちゃんユニ〇行く? 良ければ明日にでも。今ならファストパスも――」


「行きます」


 力が湧いてきました。こんなところで地面に膝をついてる暇はありません。


「明日の準備があるので今日はこれで」


「えっ、立ち直るの早」


「失礼します」


 こうして私は走って組合近くのマンションに帰宅しました。なおその間キツネ耳は取り外していなかったようです。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る