第31話 ダンジョン【フレイム・オブ・ライフ】5



 何なんだ……何なんだこのダンジョンは……。


「あの太陽なんか揺れてない?」


「……丸みも肉眼で見えるような」


 下に何かいると思ったら上にも何かあった。あった? いた? もう分からん。


「フレイム・オブ・ライフ……」


 橿原かしはらちゃんがポツリとつぶやく。


「あれがフレイムなのでしょうか」


 フレイム・オブ・ライフ。命の火。


 オレたちは駆逐艦の名前だとばかり思っていたけど、順番が違うのかもしれない。



 本当の”命の火”とやらは、空に浮かぶあの明かり。


 フレームだけの、偽物の命を与える見せかけの太陽。



 あの駆逐艦は計画の核、あるいは全ての元凶であるアレの名前を借用したにすぎないんじゃないか?


「あの光が降り注ぐことでこの海域が異常空間と化している。ありえなくはないですね」


「それは良いんだけど……そうすると下の魚がわかんないなぁ」


 てっきり魚のせいでゾンビが湧くようになってると思ったんだけど。


 これじゃあ何でフィールドにいるのか分からんエネミーになっちゃうよ。いろいろあって未実装になったボスだけど消すのメンドイからとりあえずエリアのギリギリのところに置いとこ☆ みたいに思ったのか?


 いや。


「……発光器官か」


「?」


「チョウチンアンコウみたいに体の一部を光らせて餌をおびき寄せる魚がいる。あそこに浮かんでいるのは、下の魚の発光器官なんじゃないか? こう、ぐーっと上まで伸ばして」


「……だとしたら滑稽なものですね。私たちはあの光が……火が作り出したダンジョンにおびき出され、時に死んでいく。

 まさに炎に飛び込む蛾のようです。フレイム・オブ・ライフの入口が漂流しているのは餌場を変えているだけなのかもしれません」


 ドロップされるレトロな品々は海の底に沈んだものをかき集めてでもしているのか。マメなことだね。ああいやまぁダンジョンなのであくまでそういう設定なんだろうけど。


「しかし道筋はできました。水の中の魚にどうやって手を伸ばすかを考える必要はもうありません」


「そうだねぇ」


 オレが最初に言ったこと、思ったより外れでもなかったんだな。釣ってみる? ってやつ。ようは釣り出す方法が違うだけだ。



 大胆不敵に掲げているそのにちょっかい出されて、まだ海の底にひっこんでいられるかな?







 駆逐艦フレイム・オブ・ライフの後ろの甲板の上。

 冒険者が集まっていた。オレや橿原ちゃんがガラクタを片付けたりしてたのを何事かと見ていた野次馬たちだった。それがいつまでもいなくならない。見てても良いけど巻き込まれても知らんよ? まあ戦闘が始まった瞬間にボスエリア化してオレたちだけ異空間に取り込まれるかもしれないけど。


『対空ミサイルが使えれば良かったのですが』


 橿原ちゃんは少しばかり不満そうだった。

 この場合の不満というのは、対空ミサイルで偽太陽を攻撃したかったというより、何でもいいけど対空ミサイルを発射してみたかったという意味に聞こえた。たぶん合ってる。


『魚雷は使えるのあったじゃない。それにしても橿原ちゃん、起爆だけとはいえよく魚雷のセットなんてできたね? どこで使い方を習ったの?』


『説明書を読みました』


 橿原ちゃんの背後にドンっ! と巨大な何かが出現した。


 多連装ロケット砲。トラックの荷台に四角い筒が積んであるような見た目のやつだね。ダイダラボッチに撃とうとしたやつだ。


『では始めます』


『よろしく~』


 空の光源を橿原ちゃんがキロと睨む。つつ——ランチャーがぐいんと動いて偽太陽に照準した。それからしばしの静寂の後……バシバシバシバシバシバシゥ! とロケットが発射された。


 凄まじい煙が噴き出た。それが晴れた頃にはロケットは空高くまで飛翔していた。偽太陽はずいぶん高いところに浮かんでいるらしい。



 だけど手が届くところにあるらしい。



 ズ――ボゴォォォンン!!



 霧で閉ざされた海に爆音と振動が響いた。

 そして空の光源は何というか……溶け落ちていた。丸い形を保っていなくて、黄色い何かをぼとぼととしたらせていた。


 海が揺れる。海面が湧き立つ。この時にはもう周りに冒険者はいなかった。ボスエリア化しているみたいだ。


 海面から何かが顔を出す。


「うお」


 禍々しい。なんだアレ。アンコウじゃないぞ。目がぎょろっとしてて、やたらと長いキバが並んでいる。


『ホウライエソみたいな見た目ですね。ダンジョン外のものはあんなに巨大ではありませんが』


 この艦より大きいかもしれないぞアレは。あんなものがダンジョンの外にいたらもう2度と海に入れなくなるわ。


『来ます。ナビします』


『頼むよ』


 ボスが姿を消す。水中から来る気だ。でも浅い場所なら橿原ちゃんのキツネ耳レーダーで探知できる。


『真横から来ます。良い位置です』


 知能はあまり高くないのか、あるいは我を失っているのか。メタ的な視点で考えるとギミックは解いたからボス自体はそんな強くない……といいなって感じかな。


『このルートなら一旦受け止める障壁は不要です』


『了解』


 甲板に置いただけの魚雷の後ろに回り込む。器用な設定はできていない。何かにぶつかったら爆発する。それだけのものだ。


『……今です!』


「ふっ!」


 使えるバフで最大限まで身体能力を高め、魚雷のお尻を大剣でぶっ叩く。ゴンッ! という重い音がして魚雷が飛び出した。

 ちょうどそのタイミングでボスがこちらに突っ込んできた。ボスの目の前には魚雷があった。


『橿原ちゃんこっちに!』


『はい!』


 互いに駆け寄る。これから至近距離で魚雷が爆発する。無防備でいるのは高レベル冒険者でもさすがに危ない。物陰に飛び込み、橿原ちゃんを抱きしめて、障壁を多重展開して備えた。



 ドォッ!!!



 視界が真っ白に塗りつぶされた。




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