第30話 ダンジョン【フレイム・オブ・ライフ】4



 ”下にいるオカルトクソサカナに魚雷をぶち込んでやりたい”。



 決定的な一文だ。やはり水中のエネミーがこの状況を作り出している。艦内を拡張し、本来はつながらない空間をつなげ、生き物を死んでも死にきれない怪物に変えたんだ。


 水中にいる巨大な魚。そいつは【九尾】のダンジョンでいうところの九尾と同じ、ダンジョンの根本的存在、いわゆる大ボスというわけだ。


「うーん……でも近づこうとしても逃げるんだよねぇ?」


「この記述を信じるなら魚雷も回避できる機動力があるとも考えられます。

 それに魚雷って水深とか起爆タイミングを設定して撃つものですから、こちらの動きを把握して水中を動き回る相手に当てるのはほぼ不可能です」


 どうやってやってるのかは分からないけどこっちの動き把握してるって、それはもう無理じゃない倒すの? 


「……よし、海を割ろう!」


「さすが樟葉くずはさんです。お願いします」


「やっぱ今のナシ!」


 トップ層の冒険者ならワンチャあるかもなぁ。連中もたいがいバケモノだし。ミサイルとか避けたり斬ったりできるらしいよ?


「もう少し記録を読んでみます。探索には支障ありません。コレがありますから」


 橿原かしはらちゃんは自分の頭を指さした。キツネ耳のことだね。たしかにあれなら目視に頼らないで空間を把握できる。本を読みながらでも探索できるだろう。


「あとひとまずこの本から分かったことが」


「なになに?」


「客船のような船が船団にいるようです。長旅……ええ、それはもう終わりの無い長旅になるかもしれなかったワケですから、そういう船も加えられたのでしょう。当然嗜好品しこうひんの類も――」


「どっち!? どっちなの橿原ちゃん!?」


 橿原ちゃんを抱え上げる。いてもたってもいられない。そんな船にはお酒があるに違いないから。

 移動はオレがして橿原ちゃんには記録の確認とナビに集中してもらおう。重要な使命だ。


「え、あ、あの、その、これ、これお姫様だっこというやつでは、あの、樟葉さん」


「あっちだね? あっちなんだね?! よし行こう!」


「ひゃああ」


 走り出す。ところどころにエネミーがいたけど障壁で無理やり押し通った。当然だ。この先にお酒が待っているんだからな。


 もう誰もオレたちを止めることはできないぞ。







「着いた! ここだね橿原ちゃん!」


「はぁっ、はぁっ……そっ、そうです……っ」


「あれ、橿原ちゃん大丈夫? 息上がってるけど。体調悪い?」


「っ……なんでもないです。少し驚いただけです」


 客船に到着して橿原ちゃんを床に降ろしたらそのままへたり込んでしまった。何事かと慌てたけど何でもないらしい。ほんとかな?


「ほんとに? 熱でもあるんじゃない? ちょっとおでこ――」


「だっ、大丈夫です! ほんと大丈夫ですから!」


「え、でも顔赤く」


「赤くありません! 離れてください! 撃ちますよむしろ樟葉さんを血で真っ赤にしてあげましょうか!?」


「何で!?」


 銃を向けられたので慌てて手を上げて距離を取る。どうしてこうなった。


「くぅ、こんなはずでは……!」


 橿原ちゃんはそう嘯くとヘッドマウントディスプレイを降ろして顔を隠した。そして数瞬してからヘッドマウントディスプレイを取ると、いつものそっけない無表情に戻っていた。


「すみません。平静を失いました。でも樟葉さんのせいです。謝ってください」


「え……ご、ごめん」


「わかっていただければ良いのです」


 そう言って橿原ちゃんはこちらから顔を背けた。いやほんと何なんだ。


「ここが客船ですか」


「思ったより大きいねぇ。プールとかあるのそれっぽい」


 客船の甲板に立っている。木製の板が敷き詰められていた。まさしくデッキという感じだ。

 空が快晴で、プールの水が透明で、ビニールチェアが残骸になっていなかったらリゾート感が満載だったろうに。

 でも実際は空には霧が立ち込めているし、プールは赤黒く濁って悪臭を放っている。ビニールチェアに無事なものはなかった。


「フレイム・オブ・ライフ、外から見るとあんな感じなんだねぇ」


 アンテナとかがゴテゴテだ。あとは主砲とかがあるから周りの他の船とは明らかに雰囲気が違うね。見るからに軍艦だ。ミサイル駆逐艦らしいけど、八角形のプレートは付いてないからイージス艦ではないのかな? 


「艦船もダンジョンドロップとして入手できることがあるらしいので、私もいつかほしいですね」


 橿原ちゃんはいったい何と戦うつもりなの? そんな気持ちを込めて橿原ちゃんの横顔を眺める。しかし本人はいたって本気な様子だった。霧の中に浮かぶ黄色い太陽、その薄明りが橿原ちゃんの顔を照らし出していた。



 そこで違和感を覚える。



「……?」


 なんだ? 何だろう? オレは今なにに違和感を覚えたんだ?

 その理由を探すためにじっと橿原ちゃんを見つめる。すると橿原ちゃんがこちらを見た。「?」という顔をする。


「どうしたのですか」


「いや、ちょっと、なんか違和感があって。何だろうなーって」


 橿原ちゃんはいつもと変わらないな。普段通りの美人だ。

 じゃあ何が? フレイム・オブ・ライフをもう一度見る。客船とはほとんど並走している。黄色い太陽はフレイム・オブ・ライフの背景にあった。霧の向こうに浮かんでいる。


「……橿原ちゃん、フレイム・オブ・ライフに入った直後って、あの太陽ってどっちの方にあった? 太陽の方てたよね?」


「どっちの方……? あまり意識してませんでしたけどたしか……フレイム・オブ・ライフの進行方向から少しずれた方にあったような。船の舳先へさきの方――……おかしいですね」


 橿原ちゃんも違和感に気が付いたらしい。


「船団の進行方向が変わったのでしょうか? さっきまでとはがだいぶ……このダンジョン内には昼とか夜の概念は無かったと思いますが……」


 橿原ちゃんは足元を見る。ぼんやりと影ができていた。太陽を光源にした影だ。霧のせいもあってだいぶ輪郭が揺らいだ影だけど、おおよその形は見て取れる。


 やけに歪んで引き延ばされているような気がした。ダンジョンの外の、普通の太陽に照らされた時にできるそれではない――これは光源が近い、のでき方じゃないか?


「……樟葉さん」


 橿原ちゃんが太陽を、いや、空に浮かぶ光源を指さす。



「あれ、本当に太陽ですか?」




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