第28話 ダンジョン【フレイム・オブ・ライフ】2



 堺までやってきた。


 ダンジョンの入口である廃船が座礁しているのは旧堺港。昔はガンガン港として使っていたんだろうけど、現代ではヨットとかの小型船舶の停泊が主みたいだ。


 まあ、今は廃船が座礁しているせいで小型船も出入りできないんだけど。冒険者以外にはいい迷惑だね。


 いやほんと、何を思ってこのダンジョンは漂流してるんだ? 厳密に言うと急に現れるから漂流でもないし。


 座礁して傾いた廃船は駆逐艦には見えない。

 朽ち果てたサビサビの漁船か何かに見える。駆逐艦なのはダンジョンの中の話であって、ここにあるのはあくまで入口の機能を持っているだけの廃船ということだろう。


 長い列ができている。フレイム・オブ・ライフに入るための冒険者の列だ。

 これはダンジョン内は混んでるだろうなぁ。いやでもダンジョン内は広大なはずだから人は分散すると思いたい。


「2人で並べば行列も楽しいらしいです。検証してみましょう」


「いやそれ遊園地とかで言うやつ……」


「中はゾンビみたいなエネミーが出るくるらしいので、オバケ屋敷で想像します」


 命を取りに来るからねダンジョンのエネミーは? オバケ屋敷ってレベルじゃないからね?







 船内に入ると船外だった。何を言っているのか分からないと思うが。


「やっぱりダンジョンだなぁ」


 座礁した廃船。その内部への出入口をくぐると、霧の立ち込めた灰色の海原が目の前に広がった。


 オレたちは甲板に出て立っていた。生暖かい風が吹いていて、濃密な潮の匂いが――潮の臭いが鼻についていた。


「……髪が痛みそうですね」


 既に装備をロードしていた橿原かしはらちゃんは、ヘッドマウントディスプレイをひたいに上げた状態で海をぼんやりと眺める。


 その視線の先。霧のおかげで輪郭がはっきりした黄色い太陽が浮かんでいて、この海域をぼんやりと照らし出していた。


 海域。そう海域だ。


 ダンジョン【フレイム・オブ・ライフ】は、駆逐艦”フレイム・オブ・ライフ”を中心としたいくつかの船舶による船団ダンジョン。


 周囲には10隻ほどの船が航行していた。様々なタイプの船が並走していた。フェリーもあればタンカーもあった。遠い船は霧の向こうに影が浮かんでいるだけでよく見えない。もしかしたら霧の奥にはもっと船がいるのかもしれない。


 船同士はダンジョン的な作用で内部空間がつながっているらしい。別の扉から艦の内部に入ってダンジョンを進んでいくと、別の船の甲板とかに出られたりするそうだ。


「この船がフレイム・オブ・ライフなの?」


「そのようです」


 橿原ちゃんが近くの壁を指さす。”Flame of Life”とペイントされていた。”命の火”という意味だ。


「長さは100メートル以上あるねぇ。軍艦としては小さい方なのかな? よく知らないけど」


「本来なら稼働には百人単位の人員が必要でしょう。いまはダンジョン的な作用で無人で航行しているみたいですが」


「エネミーはゾンビとかクリーチャーなんだよね? つまり乗員がそうなっちゃったってことなの? 何があった設定なのこの艦で」


「分かりません。ですがどちらかというと科学系のダンジョンなのに、ゾンビとかは秘術系のゾンビらしいです。つまり火炎属性ではなく神聖属性が特効です」


「ゾンビにもいろいろいるんだねぇ」


 周りを眺めてみる。うん、ボロボロだ。サビだらけだし、ゴミだらけだし、腐った何かがへばりついてる。歩くと何かがべちゃべちゃした。設備も壊れまくっていた。軍艦としての使用は厳しいかな。






 ダンジョン内を進む。


 事前情報どおりのエネミー構成だ。基本的にゾンビみたいなやつら。たまに武器を使ってくる個体もいる。あとは動物とかを基にしたクリーチャーって感じ。


 どいつもこいつも見た目ははっきり言ってグロい。体は基本的に腐敗していて臭いとかもひどかった。


「お、ドロップ」


「パソコンですね。フロッピーという記録媒体が使えるタイプです」


「この箱はなんだろ?」


「ブラウン管テレビ……の外装ですね。中に水槽を入れてアクアリウムの額縁として使う人がいるとか」


「あ、これは知ってる。ラジカセっていう肩に担いで音楽聞くやつ」


「これがバカ売れしたってどういうことなんでしょう。みんながみんなコレを担いでいたのでしょうか。さすがに重いと思いますが」


「今はスマホで音楽聴けるから良いよねぇ」


 昔は文化的にも大変だったんだなぁ。




「ところで」


「はい」


「橿原ちゃんってホラーとかびっくり系とかぜんぜん大丈夫なタイプ? さっきダンジョン入る前にオバケ屋敷がどうこうって言ってたけど」


「…………きゃー」


「うん、完全に平気だってことは分かったよ」


「くっ……2人でオバケ屋敷に入ってどさくさ紛れに抱きつく定番イベントのフラグを折ってしまうとは……!」


 タァン! 


 橿原ちゃんが八つ当たりで放った弾丸は、少し先の廊下を横切ったゾンビの頭部を撃ち抜いていった。ゾンビはすぐにドロップと化した。


「……私たちが高レベルなこともあるとは思いますが、手ごたえはあまりありませんね」


「特効の聖属性も使わなくても充分だしね今のところ」


「ボスも何体かいるみたいですが、ドロップはあまり期待しない方が良いかもです。強いエネミーだからこそ良い報酬が得られるものですから」


「たしかにねー」


「……あ」


「どしたの?」


「そういえば、ここもそうですね」


「?」


「ボスです。このダンジョン、何体かボスがいるんですが、1体だけまだ誰も撃破できていないらしいです。それどころか、まだ誰もその姿を見たことがないとか」


「……え? 誰も見たことがないの? じゃあなんでボスがいるって分かるの?」


 橿原ちゃんは近くの壁を手の甲で軽く叩いた。コァーンという金属の音がした。


 ソナー。


 思わずその単語を連想した。



「何かいるらしいんです。水中に」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る