第22話 あのとき助けてもらったツルです3



 城門から中に入る。旅館みたいな空間が広がっていた。


 そう、あくまで“みたい“だ。

 真っ直ぐに伸びる廊下。行き止まりは見えない。吹き抜けがあったと思ったら果てしなく上まで伸びていた。


 中庭ではサクラが咲いているのにモミジも色づいている。滝の水は天井に水が溜まり、サンゴが育って魚が泳いでいた。


 木造の和風建築が幾重にも積層された異常空間―― ダンジョンだ。


 板張りの廊下を進む。念のため装備を展開して警戒してるけどエネミーは出てこない。


 そうなるといよいよ分からないな。入ったのは良いけど、このダンジョンはどうやったら攻略したことになるんだ? ボスかと思っていた入口の2人は普通に通してくれたし。


「こちらです!」


 雁の子が人間の姿に戻って先導する。何度か角を曲がり、階段を昇って、降りて、自分たちだけでは帰れなさそうだなぁと思い始めた頃、周囲の雰囲気が変わった。


 広い空間に出た。岩の洞窟だ。とても広くて天井も高い。千人単位で人を収容できるドームめいていた。


 天井に穴が空いていて光が降り注いでいる。おかげで明るい。足元には透き通った水がたたえられ色鮮やかなサンゴしょうが広がっていた。


 その真ん中に桟橋さんばしが延びている。サンゴ礁の先の小高い岩場に繋がっていて、岩場の上には立派なお屋敷がある。


 あそこにいるんだろう、姫さまが。女の子の後ろについて歩いてお屋敷に向かった。







 織姫さまは天女みたいな格好をした女性だった。ふわふわと空中を漂う透き通った羽衣が綺麗だ。



「お力を貸していただけないでしょうか?」



 一通りの挨拶や向こうからのお礼、社交辞令っぽいやり取りが済んだあと、織姫さまは切り出した。


「この子に親切にしていただいた、心優しいあなた方にお願いしたいのです。もちろん無償でとは申しません。お礼は必ずいたします」


 ダンジョンじゃなかったら、人の優しさに漬け込むような頼みは聞かなかったと思う。

 でもここはダンジョンだ。だからこれはイベントであって、理由とかは方便に過ぎない。力を貸す方向で話を聞く。


「この国は異邦の者たちから日々襲撃を受けております。今は阿吽あうんのおふたりが頑張ってくれておりますが、彼らには休むひまも眠るひまも、気を抜く暇もございません。


 なので大変こころぐるしいのですが、一時いっとき、一時でかまいませんので、彼らの代わりに襲撃者を退しりぞける門番をしていただけないでしょうか? 彼らに休む時間を与えてやりたいのです」


「……連れと相談しても?」


「もちろんでございます」


「えーと……橿原かしはらちゃん」


「はい。ここはそういう趣向のダンジョンというわけですね」



 つまり……オレたちがボスってこと!?



 ボスにふんして、門を通ろうとする冒険者たちを撃退することがこのダンジョンの攻略条件なの? 某ダークファンタジーゲーの塔のステージなの?


「対人戦なら×さないようにするのが大変そうですね」


「大多数の冒険者はオレたちより低レベルだからねぇ」


 冒険者をしていると対人戦の機会がないわけじゃない。人型のエネミーもいるし、何かの理由で冒険者に襲われることもある。最近はないけど。まあどちらにしろ異形のモンスターを相手にするのとは勝手が違う。気を付けないと。


「ところで織姫さま。報酬が何かうかがっても?」


「いくつか候補があります。ですがこれだけは必ずお渡ししようと思っているものもあります」


 つまり確定報酬ってことか。


「何ですかね?」


 織姫さまは少しだけ言葉を溜めてから答えた。




「エリクさけです」




 ………………え?


「エリクサーですか?」


「いえ。エリク酒です」


「エリク酒」


「はい。エリク酒です」


「エリク酒……」


 エリク酒かぁ……なるほどエリク酒……。


 いや、エリク酒ってなんだよ。


「ご存知ではありませんか?」


「ええ、はぁ、不勉強なもので……」


「ではお教えいたします。

 エリク酒は強い治癒の力を持った霊薬です。即死で無いかぎりありとあらゆる怪我を直し、病気も取り除きます。例外もございますが……」


「例外というと?」


「急性アルコール中毒、アルコール依存症、そのほかアルコールに由来する病気などには効果がありません。またお酒であることは変わりありませんので、急性アルコール中毒やアルコール依存症などを招く恐れがあります」


「……チッ」


 橿原ちゃん? なんで舌打ちしたの今? まさか俺に飲ませようとしてたの? 俺から酒を奪ったら何が残るというの??


「分かりました。お受けいたします」


 橿原ちゃんが答えた。まあ他にも報酬あるだろうしね。個人的にはエリク酒もほぼノーリスクで使えるし、良い保険になる。


 織姫さまはにっこりと笑った。


「感謝いたします。では申し訳ございませんが、早速来訪者らいほうしゃのようです。ご対応願えますか」


 早い。オレたちが中に入ったから冒険者が集まって来たか。仕方がないな。


「じゃあ行こうか橿原ちゃん」


「はい」


「城門へお送りいたします」


「ガンばってくださいね!」


 雁の女の子の声援を受けると同時に、目の前の光景が白く眩く塗りつぶされていった。転送されるみたいだね。




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