第19話 なるほどここがダンジョンですね?2


 家具を選びに橿原かしはらちゃんのスポーツカーでお店に……と思ったら違った。


 橿原ちゃん、今日はここまで電車とかで来たらしい。このあたりコインパーキングとか無いんだって。下調べしたのかな? あ、オレはもちろん知らんよ。車らないし。


「買い物とかどうしてるんですか、普段」


 辺りを見回しながら橿原ちゃんは尋ねる。

 橿原ちゃんはいつでもさまになっているけど、今日は一層そんな感じだ。午前中の明るい太陽に照らされた肌が透き通るような輝きを放っていた。


「コンビニとかドラッグストアとか、スーパーとか?」


「どうして疑問形なんですか」


「正直さけとかは無意識に買ってる時の方が多い!」


「威張らないでください」


 最寄り駅に着いたので電車に乗り込む。混んでたので立ったままだ。

 家具量販店までは乗り換えが必要っぽかった。まあしょうがないね。


 最初、橿原ちゃんは自分の馴染みの家具屋さんにオレを連れていこうとしていた。でも橿原ちゃんって良いところのお嬢さんだし、詳しく訊いてみたら……うん、オレが行ったら「お客様ちょっと……」ってつまみ出されそうな所だったね。慌てて量販店にしてもらった。


 いや、買えないこともないよ? そりゃあ今でこそテキトーにダンジョンに潜ってテキトーに暮らせる程度には稼げる高レベル冒険者だけど、元々は庶民だし? あとご覧いただいた通り雑な使い方するし? だからあんまり高級なやつ買っても宝の持ち腐れ感が強くて……。



 がたんっ


「きゃー」


 ……そんな気の抜けた悲鳴ある?


 橿原ちゃんがバランスを崩した。電車が思ったより揺れたせいだ。おかげでオレの胸に橿原ちゃんが飛び込んできたみたいになっちゃった。


「すみません」


「なんか全然申し訳なさそうだけど……?」


樟葉くずはさんお酒臭いです」


「そ、それは申し訳ない……」


「じゃあおあいこですね」


 橿原ちゃんはそこから動かなくなってしまった。いや、何がおあいこなのか分からない。あと橿原ちゃん良い匂いするんだけど……! いつまで続ければいいのこの状態……!







 乗り換えの駅に着くまでその状態だった。

 何でオレ、年下の女の子に主導権にぎられてるんだろう。情けな―― いや、常に酔ってるヤツな時点で情けないも何もないか、うん。逆に問題ないな。


 家具量販店に着いたらいろいろ物色する。


「樟葉さんそこ座ってください」


「はいはい」


「2人だと少し狭いですね」


 ソファ選びはすごく難航した。いや、オレは何でも良かったんだけどね。何回ったり座ったりしたか分からないよ。


 で、カーペットとかソファを選び終えたと思ったら、橿原ちゃんは調理器具とか自分用のスリッパとかも物色ぶっしょくしはじめた。


樟葉くずはさんのお部屋で焼き肉するんですよね今度?」


 と言っていたけど、そっかぁ。明らかに焼き肉では使わなさそうなものとかも入ってるし、1度や2度来るくらいならマイスリッパもいらないんじゃない? とか思わなくもないけど、そっかぁ。


「こんなところですか」


 橿原ちゃんが満足した頃、オレはもうヘトヘトだった。店内の休憩用のベンチでぐったりしていた。正直ダンジョンより疲れた。いや、ここがダンジョンかもしれん。アルコールがほしい。


「……なるほどここがダンジョンですね?」


「違いますよ」


 会計を済ませて戻って来た橿原ちゃんに冷静にツッこまれてしまった。預けたクレカを受け取って、ちゃんと休憩するために近くのコーヒーチェーンに足を向けた。

 あ、荷物はストレージの中だよ。高レベルだしそれなりに容量あるから。


蓼科たてしな博士のダンジョンは驚きました。明らかにダンジョンの外にダンジョン的なものがあったので。今までそういう可能性は全然ぜんぜん考えてませんでした。攻略済みのダンジョンも検証し直す必要がありそうです」


 コーヒーを飲みながらぽつぽつ喋る。橿原ちゃんは何か甘そうなコーヒーというかデザートみたいなのを飲んでる。オレはブラックだね。


「アレってけっこうヤバい発見だと思うんだよねぇ」


「というと」


「あそこにあったのが郵便受けだったから良かったけど、モンスターだったら? っていう話だよ」


「……たしかにそうですね。ダンジョンの外でもスキルを使えるのは何のためか、というのを考え始めると正直……背筋が冷たくなるものがあります」


「まぁ、今のところそういう事例はないっぽいけど」


 というかそういうコトがあるなら、とっくの昔に誰かがダンジョンの外に目を向けてると思うんだよね。でもそれが無いってことは、ダンジョンの外にあるのはこちらが積極的に目を向けないと見つからないような、消極的な在り方をしているんじゃないかな。少なくとも向こうから襲い掛かってくるようなものじゃないだろう。


「用心に越したことはありません」


「それはそーだね」





「あ! いました!」




「「?」」


 声。

 女の子の声だ。しかもけっこう小さい―― 年齢の低い子の声だった。

 橿原ちゃんとオレは声のする方へ顔を向けた。お店の入り口の方だ。


「「……!?」」


 身長は120センチくらいか。女の子……ではあるだろう。顔立ちとか体つきとかから判断するに。


 でもそれ以上に目立つ身体的な特徴があった。


 翼だ。


 背中から翼が生えていた。パタパタと動いている。犬が嬉しい時にしっぽをフリフリする時の代わりみたいに。作り物には見えなかった。


「クズハさん! 探しましたよ! ようやく会えました!」


 トテテテとこちらに寄ってくる女の子。迷いがない。ホントにオレに用らしい。


「誰ですかこの女の子!!!!」


 橿原ちゃんが椅子からガタリと立ち上がって叫んだ。でもそれはこっちが訊きたいよ!


 すぐそばにやって来た女の子に、オレはできるだけ優しい調子で話しかけた。


「えっと、キミは……?」


 女の子は元気いっぱいに答えた。




「あのとき助けてもらったツルです!!」




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