第18話 なるほどここがダンジョンですね?




 ぴんぽーん。



「…………はッ!」


 呼び鈴の音で目が覚めた。慌ててガバっと起き上がるけど同時に頭痛に襲われる。


「うおぉ……」


 それでも気合で玄関へ向かう。誰が来ているのかは分かっていた。のぞき穴で確認することもなく扉を開けた。


「いやーごめん橿原かしはらちゃん、おまたせ。いま起きた」


「おはようございます」


 やけに美人な女の子が立っていた。何でこんな子がうちに来てるんだろう。ほんと謎だ。


樟葉くずはさんの性格は分かっていますが、いま起きたはさすがに傷つきます」


「ごめんよぉ。あ、それはともかくいつもよりさらに可愛くない?」


「おめかししてますから」


 橿原ちゃんはすました顔でちょっとだけ背筋を伸ばした。


 蓼科たてしな博士のダンジョンから帰還して数日、橿原ちゃんは本当にウチにやってきた。片付けに来るというのが本気だと分かってたけど、実際に目の当たりにするとビビるね。


「あの、オレがいうのもなんだけど、今から掃除するんだよね?」


「はい」


「そ、その素敵なおもので?」


「まさか」


 服装が……いや、この場合は装備か。装備が一瞬で切り替わる。ストレージからロードされた。


 芋ジャージ。

 芋ジャージを着た橿原ちゃんがいた。

 青っぽい生地に白のラインが入ったやつだね。そんでもって左の胸のあたりに【橿原】って刺繍してあった。


 ……高校生の時に使ってたやつじゃないよね?



「高校の時に使ってたやつです」


 犯罪臭がヤバいからやめてくれないかなぁ?? 高校のジャージ着た女の子がひとり暮らしの男の部屋に来る絵面はマズいって。


「では、お邪魔します」


 部屋に入ろうとする橿原ちゃん。すっごいグイグイ来る。

 納得はいかないけどここで抵抗するのは得策じゃないか。玄関前に学生ジャージを着た女の子を滞留させることになる。それよりは良いと思うしかない。


「ど、どうぞ」


 諦めて通路を譲った……んだけど橿原ちゃんが中を覗いて動きを止めた。ピタッと止まった。

 橿原ちゃんの視線の先。大量の空き缶とゴミ袋があった。いや、これでも多少は片付けたんだよ昨日。


「……なるほどここがダンジョンですね?」


「違うよ??」







 片付けは想定より早く進んだ。


 橿原ちゃんの科学系スキル“資源化“で、酒の空き缶は根こそぎ鉄やアルミに還元された。還元された資源はストレージに保管されて加工技術系のスキルで武器弾薬に加工できるらしい。便利すぎない?


「まぁ、あれだけ散らかっていたらその下が綺麗なわけありませんよね」


 でも掃除はまだ終わらない。フローリングとかカーペット、ソファーとかにはまだ汚れや細かいゴミが残っている。橿原ちゃんはこれも何とかしたいみたい。


「耳が痛いよ……まあ頭も痛いんだけど」


「大丈夫ですか」


「だいじょーぶだいじょーぶ。すぐ治るから」



 カシュッ!


「ゴクゴクゴク……ぷはーっ!」


「ナチュラルに迎え酒するのやめてください」


「大丈夫だよー」


「実際に見せられると怖いです」


「コワクナイヨー」


 ヨシ、調子が戻ってきた。もうちょっと掃除できるねこれで。


「そういえばここ賃貸ですよね」


「そうだねぇ」


「フローリングは拭き上げるしかないとして、絨毯とかソファとかの家具類は買い替えましょう。汚れ過ぎです」


「え、それはさすがに勿体なくない?」


「こんな使い方してる方が勿体ないです」


 ぐうの音も出なかった。


 拭き上げられる範囲でフローリングを拭き上げた。

 橿原ちゃんも四つん這いになって雑巾で床を拭いてたんだけど、その……お尻に視線が行かないようにするのがツラかった。


 ああ、キッチンとかお風呂とかも綺麗にしたよ。橿原ちゃんはとっても満足気だった。自分が使うわけでもないだろうに。


 いやでも、ほんと綺麗になったね。自分の部屋じゃないみたいだ。さっぱりした部屋をしばらく無言で眺めちゃったよ。橿原ちゃんも一緒だった。



「……それでは行きましょうか」


「?」


 どこに?

 そんな意味を込めて首をかしげる。


「家具を買いに行きましょう。一緒に」


「え」


「2人で選びましょうね」


 何がそんなに楽しいのか。橿原ちゃんは微笑みを浮かべていた。


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