第12話 なんでこのキツネいるんですか?
私は
橿原
大学生です。そして冒険者でもあります。
けっこう稼いでいるんですよ、これでも。
危険な仕事ですからね。それなりのリターンが無くてはやってられません。富、名声、力……私はあまり興味ありませんが。
え? じゃあなんで冒険者をしているのかって?
少し長くなりますがよろしいですか? ……待ちなさいどこへ行くのですか。
……わかりました。では手短に。
道端で暴漢に襲われそうになったところを冒険者——
まあ、あの人は酔っていて何も覚えていませんでしたが……。
あの人は酔っていて何も覚えていませんでしたが!!
ともあれ、それが私と樟葉さんの出会いです。
樟葉さん。科学を除いたどのステータスにもそこそこ数値を割り振ったバランスタイプの冒険者ですね。実績は上の下といった感じです。戦闘力でいえば中堅クラスよりは明らかに実力がありますが、トップ層には敵わない感じですね。
間違っても弱くはないです。
何せあの、未だに底が見えない、国内最難関とされる梅田ダンジョン、その現在分かっている範囲での大深部からソロで生還した人です。弱いはずがありません。
レベルは1800くらいあるそうですし。冒険者のレベルの中央値が600程度と言われている中ではかなり高レベルです。
ちなみに私のレベルは1109。仮に樟葉さんに組み敷かれたら抵抗できませんね、ふふ。
樟葉さんは強くて性格は気さくで善良です。体は引き締まっていて顔も悪くはありません。稼ぎも良いのも評価のポイントです。
でもまぁ無収入でも問題ありません。私が稼げばいいだけなので。
ダメなところもあります。
アル中なところとか、それに由来する怠惰な感じとか、あとはヒゲを毎日剃らないところとかですね。
つまり私がいないとダメというわけです。
簡単な話ですね。私が支えなくては……。
え? ロジックが飛躍している? ご冗談を。私以上に論理的に考える人間もそういませんよ。私の科学値いくつだと思ってるんですか、まったく。
樟葉さんの組合での評判は……悪くはありませんね。アル中ですが、酔っていても絡んだりせず気さくな性格なままなので。たまに庭先にやってくる野良ネコくらいの認識なのではないでしょうか……そのせいかおかげか、組合の女性職員とも仲が良いのが気になりますが。
まあいいでしょう。組合の女性職員を気にしてもキリがありません。それに、もっと優先すべき課題があります。
例えば―― 目の前にいるこのキツネとか。
「「かんぱーい!」」
「……かんぱい」
「なんじゃんなんじゃ、テンションが低いヤツがおるな!」
「やめてくださいアルハラです。あとあなたこそ何でいるんですか」
今日は打ち上げの日です。【イロカネ】ダンジョンの初攻略の。飲み放題付きの焼き肉です。
攻略不能ダンジョン……まさか自分が攻略に立ち会うとは思いませんでした。がんばって樟葉さんとパーティーを組んだおかげですね。
間違ってもこのキツネのおかげではありません。
「当然じゃ。召喚されてやったんじゃから」
「あの時ほとんど何もしてなかったじゃないですか」
「無礼な! 後ろの方で”うむうむよくやっておるな。いざとなったら助けるからな”って見てたじゃろう!」
「やっぱり何もしてないじゃないですか」
「ダイダラボッチとかヒヒイロカネの豆知識教えてやったのじゃ……あ、このレモンサワーというやつ1つくれなのじゃ!」
飲み放題って何? というレベルだったこのキツネ、完全に順応してますね。店員さんが通りかかる度に注文してます……アル中がっ。
「どうしてもっと早く教えてくれなかったんじゃ~。いろんな酒を飲めて最高なんじゃ~」
「くっ……」
ヒヒイロカネを売ったお金で樟葉さんと良いお店行こうと思ってたのに……! 「高い酒の味を覚えさせるとヤバそうだから手頃な店に行こう」って樟葉さんが言うから……!
【九尾】のダンジョン、いまやたくさんの人たちが訪れているらしいです。酒といなり寿司を持っていけば襲われませんから。冒険者だけじゃなくて一般人も入れる観光ダンジョンになってしまいました。
しかし腐ってもダンジョン。
九尾を戦闘不能にする方法が出回り、幾人もの冒険者が挑みました。しかし聞こえてくる声は「あいつ酔いつぶれないんだけどぉ!?」というものが多くを占めていました。
いろいろ検証した結果、高いアルコール耐性か、酒酔い状態から回復できるスキルを使いながら飲むか、あるいは完全にザルみたいな人じゃないと九尾は酔い潰せなさそうということが分かってきたようです。
高いアルコール耐性というのは、要は冒険者がレベルアップで身につける耐性のことです。高レベル冒険者ほど耐性は高くなります。樟葉さんが攻略できたのはこのパターンでしょう。本人が酒好きというのもあるでしょうが。
酒酔い状態から回復するスキルはけっこうたくさんの人が使えます。しかし九尾を酔い潰すまでとなると繰り返しスキルを使う必要があって、気力が足りなくなってしまったというパターンが多いらしいです。これも気力値が高い、つまりそれなりのレベルの冒険者でないとできないやり方だったというわけです。やはりダンジョンは一筋縄ではいきません。
「橿原ちゃん、このお肉焼けたよ~、食べてね~」
「ありがとうございます。いただきます」
「飲めないからたくさん食べてねぇ、もと取らないと」
樟葉さんが育てたお肉をくれました。おいしいです。
「ぷはー! 良い世の中になったのぅ! 旨い料理! いろんな酒! 人間もやりおるのじゃ!」
「おっ、九尾も分かってきたな!」
「当然なのじゃ! われは頭も良いのじゃ! カンパーイ! なのじゃ!」
「おう! かんぱーい!」
「……」
2人で楽しそうに……。
このキツネ、今まで誰も撃破できなかったあたりたいがい規格外の化け物ですが、酔った今なら何とかできたりしないでしょうか……送還するくらいはできるのでは?
ストレージの中でハンドガンを探し、すぐに取り出せるようにして尋ねます。
「九尾……さん」
「ん? なんじゃ?」
「レベルありますか。いくつですか」
「9000じゃ」
「きゅっ……」
「へええー」
「どうじゃーすごいじゃろー」
「……」
ストレージを意識するのをやめました。ええ、さすがに分が悪いですから。
科学にはたっぷり経験値を振ってありますからね。そのあたりの計算は得意です。彼我の戦力差だって適切に分析できます。悔しくなんてありません。悔しくなんて……。
……いつか酔い潰してやる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます