第8話 ボスがいないダンジョン2


 結局、橿原かしはらちゃんに押し切られてパーティーを組むことになった。臨時で……臨時だよな?


「感無量です。末永くよろしくお願いします」


「喜んでもらえてなによりだよ……」


「名前はどうしますか?」


「……」


 初めて知ったけど、「名前はどうしますか」って女の子にいきなり言われるのめっちゃくちゃ心臓に悪いね!?


「……パ、パーティー名の話だよね?」


「……」


「何か言って!?」


 そんなやり取りをしていたら周りにジロジロ見られた。いたたまれないのでさっさとダンジョンに飛び込むことにする。






 ガッ―― タァン!!


 武者型モンスターの頸椎を橿原ちゃんがゼロ距離で撃ち抜く。それで最後だった。周囲にはモンスターの死体がいくつも転がっていた。

 橿原ちゃんの仕業しわざだ。複数を相手取って制圧していた。ジョ〇・ウィックみたいに。手際が良すぎて普通に怖い。思わず木の陰に隠れちゃったよ。


「終わりました」


「お、お見事です……」


「そこそこやる方だと思うんです、私。樟葉くずはさんの力になれます」


「あ、あ、充分ですはい」


 たぶん機嫌を損ねたら撃たれるわこれ……いや、もう撃たれたことあったわ。


「死体が消えましたね。ドロップを回収しましょう」


「あ、そだね……」


 ドロップを回収する。アカイロカネ、アオイロカネ、鉄鉱石などなどこのダンジョンとしては普通なドロップが地面に散らばっていた。

 量はそれほど多くない。全部集めて片手に載るくらいの量だった。金額にすると10万円分くらいだろうか。橿原ちゃん並みに危なげなくモンスターを処理できるなら悪くないね。






「ここが頂上ですか」


 頂上にはあっけなく到着した。まあ何だかんだ橿原ちゃんもオレも高レベルだしね。身体能力も一般人や低レベル冒険者とは比べ物にならない。


 ……え? なんでオレみたいな酔っ払いが高レベルなのかって? 昔、酔っぱらっていつの間にかダンジョンの大深部に行っちゃって命からがら生還した時の名残だよ。


 山頂には何も無かった。

 かつて普通の山だった頃のベンチの残骸みたいなのはあったけど、だいぶ風化してぼろぼろだった。もちろん座れない。


 そしてもちろんボスもいなかった。あるのは素晴らしい展望だけだ。


「良い眺めですね」


「そうだな」



 ――カシュ!


「ごく、ごく……くはーッ! 絶景を肴にして飲む酒は最高だなぁ!!」


「…………はぁー」


「どうしたのぉため息ついて? 嫌なことでもあったの? お酒飲んで忘れる?」


「けっこうです。まだお酒は飲めませんので」


「周りにモンスターいる?」


 橿原ちゃんのキツネ耳がぴくぴくと動く。


「いませんね」


「じゃあちょっと探索しようか。何もないだろうけど」


 その後、2人で頂上周辺を探索したけどボスにつながりそうなものは無かった。


 ボスが存在しているであろうことは正直疑っていない。必ずいると思う。たぶん何か条件があって現れていないだけだ。


 でも他の冒険者も散々探してきただろうし、ここにはやっぱり何も無いのだろう。オレたちはほどなくして山頂をあとにする。





 麓まで戻ってきた。

 その頃には夕方になっていて、【イロカネ】ダンジョンの冒険者組合は仕事上がりの冒険者たちがたくさんウロウロしていた。


 オレたちが普段いない冒険者だからだろうか、橿原ちゃんが美人だからだろうか。チラチラと視線を向けられていた。


「じゃあ橿原ちゃん、今日はありがとう」


「こちらこそ。樟葉さん、やっぱり強いです。勉強になりました」


「そんなことないよ。オレより強い人なんてたくさんいるしね」


「そうでしょうか」



「そうだよ。じゃあ……気をつけて帰ってね」


「………………え?」



「へ?」


「あ、あの……パーティー、組みました……よね? い、一緒に【イロカネ】ダンジョンのボスを探すんじゃないんですか……?」


「え……オレ、しばらくこっちに泊まる予定なんだけど」


 この辺りの店を飲み歩こうかと思って。だから橿原ちゃんに残ってもらってもなぁ。


「では私も」


「学校とかあるんじゃ――」


「いま春休みです」


「さ、さすがに女子大生とオッサンが2人旅は……」


「私たちは冒険者です。年齢より実力が合っている方が重要です。

 それにオッサンオッサン言いますけど、樟葉さんまだ24とかですよね? 私が24歳になったら私のことオバサンって呼ぶ気ですか?」


「……」


 言ってることは分かるんだけど、キミはまだ実感無いだろうけど、酒が飲めない年齢の子と20代中盤のヤツじゃあ若々しさとかが全然違ってだね?


「それに……パ、パーティー組んでくれました! やっと組んでくれたのに……! なんでそんなこというんですか……!」


 じわっ、と橿原ちゃんに目に涙が浮かんだ。


「あーっ、あーっ! 分かった! 分かったから泣かないで!」


 またしても周りから注目を集めていた。その視線の内訳は、女の子を泣かせるクズ野郎を非難する割合が9割だった。


「……パーティ続けてくれます?」


「続ける続ける」


「言質、取りましたので」


 スン。


 橿原ちゃんの目から涙が消えた。一瞬で乾いた。うそやん。


「……帰ろっか」


「今からですかイヤですもう運転したくありませんできません泊っていきましょう」


 キミそんな早口で喋れたの????


「【九尾】のダンジョンの初回限定報酬の話、まだしてなかったよねぇ」


「それが何か」


 ちょうどいいところに神社があって鳥居もあったのでスキル”鳥居渡り”を使用する。


「……何ですかこれ。鳥居の向こう側がぼやけて――」


「はーい乗ってください。運転お願いしまーす」


 橿原ちゃんをスポーツカーに押し込んで運転してもらう。そしてそのまま鳥居の中に進入してもらった。


 鳥居をくぐり抜けると――地元の街に戻っていた。組合の近くの神社の前だね。さすが転移系のスキルだ。


「……」


「おー便利だなぁ」


「……」


「おっと、バックしても無駄だよ? もうスキル使ってないから」


「もう一度お願いします」


「もう気力が尽きた。燃費悪いねこのスキル」


「……チぃッ!」


 乙女がやっちゃいけないレベルの舌打ちが聞こえた。

 そのあと橿原ちゃんと分かれるまで、橿原ちゃんはずっとふくれっ面だった。そんな顔でも可愛いのズルいよなぁほんと。


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