第7話 ボスがいないダンジョン1
「お待たせしました」
「わーお」
「意外だなぁ」
「そうですか。このクルマ、一番気に入ってるんですけど」
その口ぶりだとまだ何台か持ってるんだろうな。稼いでるから不思議はないか。
「いや、オレの価値観が古いんだと思うよ。でも大丈夫? 科学系ビルドだと装備とか増えがちじゃん?」
「後ろのシートを倒せばトランクとつながって結構
「ほぇ~」
車内を覗いてみる。たしかに後部座席が倒されてできた大きな荷室に装備とかが置かれていた。
車のこと詳しくないんだよね、正直。だってずっと酒が入ってるから運転できないし。
「どうぞ。乗ってください」
「では遠慮なく」
シートに座る。視点が低い。抱え込まれるようなシートだ。運転席周りもコックピット感があってカッコいい。内装は新車みたいにピカピカだった。丁寧に扱われているし、掃除も行き届いている。
酔っぱらいのオッサンがほんとにこんな車に乗せてもらっていいんだろうか。いまさら罪悪感が湧いてきた。
運転席に橿原ちゃんが座る。スカートの裾から伸びる日焼けしてない太ももが無防備で心配になった。
「なんだか申し訳なくなってきちゃったよ。友達
「大丈夫です」
橿原ちゃんはこちらも見ずに平然と答えた。
「
「えっ」
「シートベルト、してください」
「お、おう」
シートベルトをカチッと留める。それを確認すると橿原ちゃんはパーキングブレーキを解除した。
スムーズなシフト操作は運転慣れしていることがうかがえる。ほどなくして、優しくゆっくり、橿原ちゃんは車を発進させた。
「ここが【イロカネ】のダンジョンですか」
別の県までやってきて、県庁所在地からけっこう離れたところにそのダンジョンはあった。立地はそんなに良くないけどたくさんの人が行き交っていて、冒険者向けの施設も周囲には充実している。
「こんなに人がいるのに攻略不能ダンジョンなんですね……無理もないですが」
「ボスがいないんじゃ攻略もなにもないよなぁ」
このダンジョンにはボスがいなかった。
普通、ダンジョンというのにはボスがいる。何匹いるかは基本的にはダンジョンの規模に準拠するけど、とりあえずいないということは滅多にない。例外は国内外合わせても数例で、そのうちの1つとされているのがこの【イロカネ】のダンジョンだった。
「みなさんやっぱりヒヒイロカネを探しているんでしょうか」
「最終目標はそれなんだろうけど……でも他のイロカネだけでも充分稼げるから、今となってはそのうち出てくれればなぁ程度にしか思ってないんじゃない?」
このダンジョンは標高1,000メートルくらいの山がまるまる1つダンジョン化したものだ。
登山口だったところからダンジョンに入ると、白い布で顔を隠した武者みたいな人型モンスターに襲われるようになる。倒すとイロカネやイロカネ製の武器、防具、あるいは通常の金属や鉱石類をドロップした。イロカネは属性攻撃力や属性防御力を得るためによく使用された。
ヒヒイロカネはこのダンジョンのボスドロップが予想されている素材だ。いまのところ、他のダンジョンの宝箱からヒヒイロカネの
もし予想が正しく、さらにこのダンジョンのボスを定期的に狩ることができるようになれば、ヒヒイロカネの安定供給の目途が立つ……のだが、目途が立つ目途は立っていなかった。
ちなみにヒヒイロカネ製の武器は高い炎攻撃力を持っていて、なおかつ魔法的作用を減衰ないし無効化する、らしい。例えばヒヒイロカネの剣は秘術系のシールドをほとんど両断するし、科学系の装甲は瞬時に赤熱させて弾き飛ばすとか。通常の素材では言わずもがなだった。
「じゃあ橿原ちゃん、運転ありがとう。とりあえず山頂まで行ってみようと思うから橿原ちゃんはそのへんで休んで―― え、なんで装備展開してんの??」
橿原ちゃんは一瞬で武器と防具を全身に装備した。ストレージからロードして装備した時の挙動だ。メイン武器のアサルトライフル、ヘッドマウントディスプレイ、それからこの前あげたキツネみみのカチューシャが目立っていた。
「わたしも行きます」
「え゛……でも運転して疲れてるでしょ」
「行きます。パーティ組んでください」
「えっと……」
「嫌なんですか、私とパーティ組むの」
「……さ、先にご飯でも食べようか。オレのおごりだ」
「分かりました。実は良さげなお店を調べてあります」
「た、楽しみだなぁ……」
そのあと連れていかれたお店、やけにカップルとかが多くておっさんにはちょっと肩身が狭かった。
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