第13話

 通路の奥から飛んで来たアンドロイドが、1機、巨大重機の頂上に着地する。それをかばうように3機が前に出た。


『これはまずいな。アタシもさすがに岩盤ほどは硬くねぇんだわ』


「さすがに撤退だ。これは、倒せるのか」


『倒す必要はない。切り抜けりゃいいんだ』


「騎乗用のドローンも、バズーカもないんだ。アライヤ考え直せ」


 言い合ってる間にも、巨大なドリルが轟音を上げて震え始めた。土がバラバラと通路へ降り注ぐ。


『倒すのは無理でも切り抜けりゃいい。あのデカいのはこの広さでしか戦えない』


 幅二十メートルの通路で、直径十数メートルの巨大重機をどう切り抜けるというのか。

 目の前では大型ドリルが亀裂を作り、パズルのように形を変えていく。十や二十ではない数の、無数の大小ドリルに分かれてしまった。それらがアームに支えられ、満開の桜の花のように宙を漂っている。


「この先にも敵はいるだろう! 弾の残りは少ないんだ!」


『だから切り抜けりゃいいって言ってんだろ! なら弾は必要ねぇ!』


 威勢よくそう言いながら、アライヤは風防を盾に身体を隠そうとしている。警備用アンドロイドを壁に叩きつけた分厚い装甲も、ドリルの群れを見れば紙切れのように薄く感じる。


「帰り道にもこのデカいのはここにいるんだぞ!」


『話聞けや、切り抜けるっつってんだろ、旧式のAIかよテメェッ! まだ気づかねぇか、逆に今からどこにどう逃げんだよ!』


 博士は慌てて図面に目をやるものの、侵入経路をまっすぐ逃げ帰るにも、蹴破った入口は数百メートルも手前だ。

 そもそも、危険な作業を壊れてもしかたないアンドロイドで代用した環境だ。最悪の場合に退出する通路など、はなから想定されていない。


「アライヤ、切り抜けてくれ」


『しゃあない。緊急回避モード。様子を見なけりゃ一瞬で……』


 突然、数基のドリルが煙を吹いた。博士には、一つ一つのドリルが膨らんでいくように見えた。

 ショットガンを腰にしまったアライヤが、横っ飛びに通路を転がる。一瞬前までアライヤのいた場所に、ドリルの群れが襲いかかった。硬い壁や床を穴だらけに掘り進み、一拍遅れて静止する。アームから伸びる太いワイヤーがピンと張り詰め、ゆっくりとドリルを回収していく。

 博士は思考停止になんとか別れを告げた。大量の資料から、当該重機の情報を整理していく。

 それを尻目にアライヤは、


『意外と単純だな。こんなもんか』


 平然とそう呟いた。

 博士には強がりにしか思えなかった。ドリルの数を頼みに、第一波を回収しながら、今度は単体のドリルを時間差をつけて飛ばし始めた。転がったかと思えば、片手で全身を宙へ跳ね上げ、張られたワイヤーを風防で殴り横へ飛ぶ。

 アライヤのアクロバットは、次第に壁際へ追いやられているようだ。

 第四世代アンドロイドの3機まで動く。

 1機がガトリング砲を援護に放ち、布端をサーベルにした2機が、ドリルを躱しながら肉薄してくる。


『緊急回避モードオフ』


 アライヤは二本のサーベルを青い風防で払いのけた。

 敵アンドロイドは、ロケットを吹かし舞い上がる。モニターをドリル群の超回転が埋め尽くした。トドメと言わんばかりの鉄の波。


「飛び越えろ! アライヤ!」


 アライヤは一拍遅れて跳び上がる。壁に向かって跳躍すると、さらに壁を蹴って高く飛ぶ。背面跳びにドリルを乗り越えた。それでもイヤホンには重機らしい騒音が間近に聞こえた。

 身を捻りながら着地する。周囲はドリルと重機を繋ぐワイヤーだらけだ。

 

『博士、あんた今の良かったよ』


「なに?」


 博士はただ、担当アンドロイドの死を見たくない一心だった。アライヤの頭脳では、何かの光明が見えたらしい。

 迷彩服の腕が一本のワイヤーを掴んだ。

 床から引っこ抜いたドリルを掴み、頭上でグルグルと回し始める。

 突然、ドリルの波が止んだ。


『おら、来いよ後輩ども。重機を過信したな? それか人間を利口と思いすぎたのか』


 サーベルをかざした2機が勢い良く肉薄してくる。

 アライヤは遠心力を乗せたドリルを投擲した。

 左右に分かれて回避した敵は、サーベルを真上に振り上げた。

 アライヤが転ぶような勢いで、肩から敵に突っ込んだ。

 1機の胸に盾ごとぶつかり、腰の裏からショットガンを抜く。攻撃を躱され姿勢を崩した細身な脇腹を、ゼロ距離射撃で撃ち抜いた。


『残り9発』


 アライヤはそのまま通路を走り続けた。ロケットで浮いていたアンドロイドは、踏ん張りきれずにショルダーアタックを受け止めたまま。

 

『アタシは自主性を重んじる先輩だ。好きに飛べ。盾から出たらテメェのケツを撃ってやる』


 身動きの取れない第四世代は、そのまま猛スピードで硬い壁に叩きつけられた。風防がひしゃげるほどの衝突に、金属の捻れる嫌な悲鳴を聞かされる。ガトリングの援護射撃が追いついてくる。

 アライヤは軽やかなターンをすると、風防でそれを受け止めた。愛車の遺骸を使い倒すアンドロイドは、残忍なのか愛情豊かと言えるのか。


『博士、あんた最高だ。あの重機はワイヤーが絡まないよう、エラーが出るようになってんだろう。だからあまり近くに撃ち込めないはずなんだ。特に、既にワイヤーが張ってる場所に撃ち込むなんざ、故障確定なわけだ、だからあんたが飛び越えろと言った瞬間、アタシの勝ちが確定したわけさ』


 ラッキーパンチは喜びよりも戸惑いが勝つ。博士はただ、素直な感想を口にする。


「どうあれ、アライヤが無事で良かった」


 第一波のドリル陣が回収される。慎重に天井付近を飛びながら、牽制射撃を続ける1機。

 装甲車代わりの青い風防は、覗き窓に白いヒビを増やしながらも決して貫通させないでいる。


『てぇことは? よし。博士、あんたの慎重な気質は嫌いだね。でもあんたの勘はなかなか良いよ』


 アライヤはショットガンを再び腰裏に戻した。ベルトに引っ掛けているのだろう。

 何波かもわからない、ドリルの波が押し寄せる。

 また飛び越えるのかと思ってみれば、アライヤは数メートル後方まで飛び退いた。そこから、距離を取り戻すように重機へ向かって駆け出した。

 ドリルを繋ぐワイヤーが、ピンと張り詰める。

 アライヤは床に埋まったドリルを飛び越え、空中を駆け始めた。


「な、なんの魔法……。そうか、ワイヤーの上を走っているのか?」


『演算で死ぬ。黙れ』


 演算処理モニターの流れは、僅かに速くなっていた。

 風防で斉射を受け止める圧力も、足下のたわみも全て調整して駆けている。

 重機の操縦室へショットガンを撃ち込む。


『残り8発』


 風防を手放し強く宙を蹴った。

 ヒビの入ったガラスへ体当たりする。砕けたガラス片とともに飛び込んだ。

 操縦役の第四世代は、華奢な腕をガトリングへ換装し終えている。肘でそれを叩く。衝撃を受け流すことなく、細くも硬い膝がアライヤを襲った。

 狭い操縦室で、簡単に壁に叩きつけられる。

 重量の差で敵もまた反対側の壁へ。

 アライヤは窮屈に肘をたたんで踏み込んだ。ショットガンの銃床で、整った小さな頬を殴りつける。一撃で人工皮膚が裂けてしまう。


『撃つなら撃てや』


 吐き捨てると、ショットガンの銃身を、細い首へ押しつけた。脇腹あたりを容赦なくガトリングが襲った。

 ものともせずに、長い銃身を両手で押さえる。壁と銃身に挟まれた首が、ぎりぎりとひしゃげていく。

 敵の表情は冷淡なまま、見下ろすように瞳を動かし、唇は軽く閉じられている。

 澄ました表情をそのままに、その頭部がだらりと真横へ倒れこむ。ガトリングの発砲は止まっていた。

 博士はつい口を滑らせた。


「こんな重機より、アライヤのほうがよっぽど怖いね」


 喉を鳴らして笑ったアンドロイドは、重機の操作盤へショットガンを撃ち込んだ。弾ける部品は行き場を失い、石を投じた水面のように跳ね上がる。

 一発、二発。


『残り6発。荷物だからな、ここで一本捨てておきたい』


 アライヤはそういうと、操縦室の扉を蹴破り外に出た。

 背面側には錆びた階段が据えられている。飛べなくとも乗れる仕様になっている。

 その階段を下りつつ、視界の端に掠めた影へ、躊躇なく発砲した。銃声が反響し、アンドロイドの臓器が軽く細かな雨音を立てていた。遅れて落下した身体の音が搬入出路に重く響いた。

 アライヤは撃ち尽くした一丁を地面に放ると、階段から飛び降りた。前面へまわり込み、風防を拾い上げる。


『よし、博士。あとは採掘用の穴と、その観測室くらいだったよな?』


「ああ。何かあるとしたら、その辺りなんだろうね。守りを固めている以上、その先に何かあるんだろう」


『行こう』


「見届ける」

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