第12話

 採掘場のシャッターは開いていた。先回りした4機の第四世代が侵入しているのは確かだ。ショットガンを一丁腰にかけ、アライヤは上機嫌に笑っている。


「何がそんなにおもしろいんだ。緊張感がどうとか、今さら言うつもりもないけど、理由を教えて欲しい」


 アライヤは残骸から拾った、青い風防を持ち上げた。爆発に巻き込まれながらも、ロケット部分から距離があったせいか、風防だけは形を保っていたのだ。


『この時代にアンドロイドのアタシが重装歩兵のコスプレしてる。ショットガン二丁じゃなくて、片方手頃な剣に変えたい。博士も見つけたら言ってくれ』


 アライヤが右手に握ったショットガンを振る。

 少し肩の力が抜けて、博士も苦笑する余裕が生まれた。

 

「まあ、見える範囲でね」


『おう、見落とすなよ』


 埃っぽい通路はコンクリートの打ちっぱなしで、ところどころ雨漏りのせいか水溜りがあった。

 窓の割れていたホテルほどではないものの、かなり風化は進んでいた。どこかから小鳥の声まで聞こえてきたほどだ。


 俯瞰モニターは既に意味を失っている。かわりに今は、取り寄せた採掘場の図面に、おおよそのアライヤの座標を表示していた。

 地下へ階を重ねる空間は、敵の潜める場所がいくつもあった。人工知能に奇襲リスクを表示させたところ、図面全体が赤く光った。

 細く深呼吸して緊張感を取り戻す。

 アライヤの靴音だけが反響している。


「老婆心だけど気をつけて。侵入したと思った敵は、中にいないのかもしれない。建物ごと潰されるリスクだってある。慎重に。迎えの車両と、その護衛は頼んである」


 答えはなく、少年のように盾を振って歩く視点者映像だけが続いた。

 

『博士、ここはまだ人間用のスペースだよな。採掘場ってんだから、掘り出したものを運び出す空間があるはずだ。戦闘になるなら、おそらくそこだろ。せっかく数の優位があるってときに、わざわざ廊下で一対一の連戦はやらない』


 呑気な態度の根拠を聞いて、博士はまた苦笑した。

 

 それから、古びた警備用アンドロイドを、馬力の違いで圧殺したりしながらも、アライヤの道行は穏やかに続いた。

 

『おっ、身だしなみに注意だとさ』


 そこには古い姿見が立っていた。埃を被った鏡面を、アライヤはおもしろがって払った。

 モニター越しにアライヤの姿を確認する。四方からガトリングで狙われた痕跡は色濃い。特に狙われた上体は、肩や胸元を中心に、迷彩服が裂けている。右の二の腕には、稼働に問題がないだけで、弾丸に抉られた深い跡が白銀の地金を晒している。

 アライヤは脇にショットガンを挟み、胸元のファスナーを軽く下ろした。胸を覆う迷彩服には、熊に爪でも立てられたかのように、四本の裂け目が斜めに横切っていた。

 あらわになりかけた胸元の装甲板は、弾丸の食い込んだ跡が水玉模様を作っている。

 博士は、言葉に迷いながらも声をかけた。


「周りにアンドロイドしか居なくなっても、作業員はこの鏡を見てたのか。それともアンドロイドがここでボディの砂を払ってたのか。どっちなんだろうね」


 アライヤは博士のつぶやきに、拳で応えた。

 派手な音を立ててアライヤの姿が砕け散る。力強い前腕が、鏡を貫通したまま宙にとどまっていた。


『どっちでも同じことだろ。暗い声出すなよ』


「すまない」


 アライヤは不思議と上機嫌そうな足取りで、再び歩き始めた。盾をかざしてショットガンを構えつつ、穏やかな早歩きで進んでいった。

 

 


 搬出口につながる扉を蹴破ると、アライヤは滑るようにその奥へと踏み込んだ。それまでの空間が、あくまでも人の歩きやすさを優先した空間だったと理解する。

 照明の落とされた搬出口は、隔壁も閉ざされたままで光源らしいものが無かった。それでも足音の反響だけで、それが大空間であることは分かった。

 たった今破った入り口から、頼りない光がコンクリートの床を照らした。仁王立ちする影は当然アライヤのものだ。


『博士気をつけろ。アタシはもう見えてるけどな。暗視適用』


 モニターに映る暗がりが、静かに燐光を帯びていく。モノクロのスケッチのような、立体の凹凸を強調した視界に変わる。広々とした床いっぱいに、何かが散乱している。

 凝視していた博士だったが、遅れてそれが何か気づいた。


「これは、全てアンドロイドなのか?」


 気づいてみると、暗がりに浮かぶ黄緑色の燐光が、アンドロイドの手足や頭部に様変わりした。

 数は十や二十ではない。家庭用らしい丸みを帯びたフォルムや、先ほど倒した軍事用のドローンもどきなど、多種多様なアンドロイドの残骸が、足の踏み場もないほど散らばっている。


『博士、アタシは言ったよな? この暴動の核心は、現実の側にあるんじゃないかって』


「まさかここが本拠?」


『それ以外に説明が難しいだろ。AIが自作したスパコンでもあるかもしれない。用途次第だが、これだけアンドロイドの死骸があれば、レアメタルでも端子でも、材料自体は揃ってる。治安当局のアンドロイドが管理者を上書きされた理由も知りたい』


「……頼んだ。申し訳ないが、応援要請はさせてもらう」


『まかされた』


 



 熱源探知も併用しながら、アライヤの瞳は暗がりを虹色の立体として見つめ続けた。走るネズミの集団が、真っ赤な一団として逃げ惑うときもあった。

 しかし、聴覚は博士も同じように機能している。

 アライヤの身体が立てるのは、関節を動かすたびに漏れるモーターの音だ。重い鋼が一歩踏むたび、床から鈍い足音がする。

 だがそこへ、微かに別の駆動音が重なった。

 バーナーを炊くような、懐かしい音だ。


「来るぞ」


『奇襲でくると思ったけどな。意外と堂々飛んで来た』


 図面を見れば、搬入出路は高さも幅も二十メートル程度ある半円形だ。

 頭上を押さえられることは決まっていた。

 何より難しいのは、


『さて、ショットガンは二丁で残り十発。敵は4機か。いよいよ追い込まれてきたな』


 第四世代のガトリング砲は、装衣の内側にマガジンが付属している。無限に撃てるわけではないが、弾切れの際にも装衣を剣にするなど、選択肢が多くある。

 対するアライヤには、盾とショットガン程度しかない。


『センサーに反応。そっちでも見えるな』


「ああ、アイコンが表示された。数は、やはり4だ」


 そう了解しあったとき、何やら重い扉が開くような音がした。頭上のほうからだ。

 アライヤの顔が音の出どころを探る。突然、真っ暗だった搬入出路に、白い明かりが広がった。どうやら今さら照明がついたらしい。

 ただそのことを言いかわすことはできなかった。

 アライヤも博士も、天井に口を開けた大穴を見上げていたからだ。かつて地上を這い回っていた電車のような大きさのキャタピラが、そこから静かに降りてくる。

 敵としてのアイコン表示はない。


「そうか、この施設の装備というか、ベルトコンベアーみたいな設備ってことなのか」


 不思議と余計なことに気づいた頃、キャタピラ駆動の客人が地に降り立った。直径十数メートルのドリルが、乾いた土に塗れてこちらを向いている。

 遠近感がおかしくなるほどの大型ドリル。

 博士は目を奪われながら、検索をかけた。


「アライヤ。採掘場だったな。これが半自動で、レアメタルを掘り出していた」


 博士の生まれる前に、半自動という言葉の意味は変わっていた。人間の操作を必要としない、転じてアンドロイドが機械を操作し、間接的に自動で稼働する製品全般が、半自動と呼ばれるようになっていた。


『まあ、ドリルだしな』

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