第11話

『まあ見てな。アタシがイけると言ってんだから、博士はキーマカレーでも作ってりゃ良い』


「どうしてキーマ」


『時間かかる料理ってことだ分かれよ』


 車体脇の機関銃が咆哮した。重い車体は震えもしない。

 当然、敵も正面から灼けた弾丸を吹雪かせてくる。

 アライヤは頭を下げて風防に隠れた。

 敵の集団から火柱が上がった。風防にも着弾音が鈍く弾ける。


『確かにアタシとこいつの機能は多いな。昔の管理者だって、ロクな指示を出せてなかった』


 扇状に展開した敵ドローンから、猛烈な斉射が襲いかかる。

 アライヤが車体の丸い模様を押した。ボタンだったらしい。


『磁場隔壁起動。サイド、パージ』


 風防から車体を包むように砂煙が漂い始める。車体から切り離された機関銃が、虚空に浮いた。


『アタシ以前の銃弾はこれで平気だ。第四世代のことだけ考えてくれ。集中する』


 銃把(じゅうは)を掴んだ鋼の腕が、乱暴に左右へ向けて引き金を絞る。動きはまったくデタラメながら、半包囲の敵ドローンを火だるまにしていった。みるみる敵の数が減っていく。広い風防と車体の装甲に、火花が散り続けていた。

 しかし大きく開いた側面は、火線が直前で消えてしまう。

 

 博士は遅れて、読み込んだ資料の一部を開き直した。

 磁場隔壁。大昔のオープンカーで採用された、気流制御によってオープンスタイルのまま雨粒を避ける機能。それを応用し、強力な磁場の流れによって弾丸に含まれる金属部分を受け流す見えない隔壁だ。車体を包む砂煙は、どうやら砂鉄が巻き込まれて後方へと飛ばされているらしい。

 アライヤが落ち着いているはずだ。速度を上げた車体は跳ねるが、強靭な体幹が頭の位置を変えさせない。

 博士のもとに、ようやく問い合わせに対する返答が届いた。


「アライヤ。確かに近隣の暴動地区から、第四世代が離脱している。すでにこちらの追尾は撒かれているけど、進行方向からして、この旧採掘場に来るはずだ」


 アライヤは答えず、機関銃を車体に戻してペダルを蹴った。

 後部からロケットが青い火を噴き出した。車体が幾度かのバウンドを経て浮遊する。車輪が収納される。

 地表数十センチを這うように、真っ青な矢が赤髪の残像を乗せて突っ込んでいく。

 

『それまでに片付けないとまずいな』


 アライヤはそういうと、中腰になって片足を浮かせた。

 シートが開く。片手でバズーカ一門を取り出した。

 平気だからやっていると分かっても、博士の臓器に浮遊感が広がった。

 包囲網のもっとも厚い正面へ、一発撃ち込んだ。直撃したドローンが爆炎に消える。誘爆が包囲網の整列を乱した。

 アライヤははやくもバズーカをしまい、シートに座り直した。スロットルを上げて、みるみる速度を上げていく。


「アライヤ、何するつもりだ。待て、衝突するぞ!」


 ソニックブームでも起こすつもりかと思ったところで、青い巨躯は突然横倒しになり宙を滑り始めた。ドリフトの要領で車体の裏側、厚い装甲を晒しながら突っこんでいく。滞空ドリフトとでも呼ぶべきか。

 力強く身体を傾けたアライヤは、車体を盾にしたまま機関銃を掴んだ。

 

『由緒正しい銃撃戦の作法だろ。見るだけなら全員好きなあのヤツだ』


 土嚢か塹壕のように車体を使い、二丁の機関銃を並べて撃ちまくる。左翼ばかりを集中的に。

 荒野に整列した敵のドローンは、今や丸裸に見えた。

 弾痕には丸く銀の縁がめくれる。装甲車めいた体躯を穴だらけにして、ドローン達が次々に爆発炎上していった。

 撃破の多さに、山火事のような黒煙が空へ吸い込まれていく。

 残存する敵は、すでにたったの十八まで減っていた。

 アライヤは車体を起こして急速離脱する。大回りに見えないコーナーを回りつつ、今度は右翼へ進路を取った。


「アライヤ、哨戒網に反応があった。第四世代の先陣が、あと数十秒で到着する。数は三だ」


『なら、5秒に1機潰しておけば、まっさらな場所で戦えるわけだ』

 

 アライヤはもう、滞空ドリフトの必要はないと判断したようだ。車体に戻した機関銃をオートで撃ちまくりながら、両手にショットガンを抜き突っこんでいく。

 死者なき殺戮を前に、博士は溜め息をついた。第三世代が凍結された理由を、本当の意味で理解していなかった。

 アライヤは軍事ドローンの大軍を、軽々と鋼の炭に変えてしまったのだ。


『全滅らしい全滅だ。アタシを呼んだタイミングはぴったりなのに、増援は間に合わず。意外に自然に起きたことかもしれないな。アタシもよく分からなくなってきた』


「俺はずっと何がなにやら。ただ、あと十数秒だ。北北西から来るぞ」


『ああ。センサーが捉えてる。また追加で来たら教えてくれや』


 アライヤは黒煙の吸い込まれる空を眺めていた。


『鉄屑に還って、鉄屑からまた何かに化ける。あんたら人間も木の股から生まれてきたなら、幸せだったんじゃねぇのかな。人間見てるとそう思うときがある』


 青い車体が少しずつ減速し、車輪を下ろした。前後二輪ずつの二輪車もどきが、とうとう四枚のプロペラとしてそれを動かした。

 車体下部が左右に開き、勢いよく四輪が回転し始める。


「ドローン形態でいいのか。狙い撃ちにされるんじゃ」


『様子見だよ。ドッグファイトになったら置いていかれるんだ。この状態ならすぐに車輪でもロケットでも動かせる。しかも意識する方角が半減するからな』


 アライヤはショットガンではなく機関銃を一丁取り上げた。銃身を手早く撫でて、何かスイッチらしい起伏を触った。

 視界にはもう、第四世代の小柄なフォルムが見えている。3機編隊で三角形を作る彼らを、博士は時間を忘れて凝視した。

 その手から微かな光が放たれる。遅れて発砲音が聞こえる。

 アライヤは片手でドローンを操り、機首を上向けた。

 風防の面積は広く、車体全体は斉射と並行になるように。

 黒い機関銃の激鉄を、手動で起こした。


『これ地味で嫌いなんだよな』


 銃身を頬に添えた瞬間、モニターには照準らしい赤い枠が浮かんで揺れた。これまで無傷に見えた風防に、白いヒビが入り始める。アライヤは泰然として動かない。

 先頭のアンドロイドに照準が重なる。

 軽快な発砲音がすぐさま響き、小柄な肢体が天上へと弾かれた。薬莢を吐き、激鉄をまた起こす。

 見入っていた博士は、モニターに流れたポップアップに我に帰った。


「アライヤ、背後から3機近づいてくる。それとは別に4機が採掘場に直行している」


『ああ……確認した。バレたな。中に入られると面倒なんだが、阻止することもできないか』


「……なるほど、装備が」


『ああ。こいつから降りて崩落の危険がある閉鎖空間。正直アタシの苦手分野だ。丸ごと爆破するほうが楽』


 そう言いながらも、2機目が揚力を失い落下していくのが見えた。淡々と、激鉄を起こす。

 背後からガトリングの斉射が増える。

 ヂッと短い音がした。アライヤの視界に、裂けた迷彩服が映りこむ。採掘場へ猛スピードで飛来する、4機の影が横切っていく。


『博士、勘で答えろ。本命は中か、外か。アタシを潰すための罠か、本当に守るために採掘場を守ってんのか』


 唐突にかけられた問いかけに、博士は口を勝手に動かす。脳裏で始まろうとする計算を、必死で押さえた。


「中だ。中に本命がある」


『やっぱりそうなるか』


 アライヤは機関銃を車体へ戻し、ペダルを蹴った。

 四十五度に後傾していたドローンが、ゆったりと並行を取り戻していく。ロケットが火を吹く。プロペラが閉じて格納される。

 荒野の景色をベージュ一色に変えながら、アライヤは採掘場に突貫していく。

 肉薄していた先遣隊の生き残りが、アドリエンヌのように二刀を握って舞い降りてくる。装衣も刃も忌々しい赤だ。

 数メートル先で刃を振り抜いている。それは一瞬でアライヤの首元へ迫っていた。


『うぉっと!』

 

 視界が青空を見上げた。のけぞった上を真っ赤な帯が横切った。アライヤは腿からハンドガンを抜き撃った。

 牽制を避けた赤い翼が、グライダーの形を取った。ロケットを吹かし採掘場の側へ先回りするようだ。

 シートに寝そべったアライヤは、上下逆に世界を見ている。

 背後で飛ぶ3機の増援が、みるみる大きくなっていく。


「アライヤ、一度距離を取っても良いはずだ。出撃時と状況が変わっている。このまま戦うなら増援について問い合わせてみるけど……」


『間を取っていこう。このまま突っこんで、増援もいらねぇ』


 身体を起こしたアライヤは、スロットルを全開にする。

 博士は溜め息をついて、拳で喉の辺りを何度か叩いた。

 肉体的な苦痛がないと耐えられない。

 俯瞰モニターでは土煙が砂嵐のような高さまで膨らんでいる。煙幕の機能を期待しても、いつかの土砂と違って第四世代を惑わせることはできないだろう。


「スピードを出しすぎだ。このままじゃ減速しきれず……」


『博士ちょっと黙っててくれ。こっから綱渡りだ』


 体感速度の分かりにくい、変わり映えのしない荒野を抜けていく。破壊したドローン群の残骸を乗り越えて、初めて採掘場へ近づいていることを実感した。

 しかし、敵のアイコンが猛スピードでアライヤを囲った。

 文字通り四方から、切れ目のない斉射が襲いかかった。


 迷彩服がみるみるうちに裂けていく。第三世代の装備の多くが、第四世代への進歩に繋がった。金属製の繊維で編まれた装衣など、共通項も多い。

 裏を返せば、アライヤの持つ長所は全て、敵を下回っている。


「無理をするな! 転回しろ! 追ってこないはずだ!」


 アライヤは見慣れた両手ショットガンを披露する。

 迷彩服は無惨に裂け、弱り、胸元の装甲には跳弾が火花を散らし続ける。


『鬱陶しいんだよっ!』


 ショットガンも牽制にしかならない。遠距離からの狙撃以降、アライヤは押しまくられている。

 車体の青い塗装も傷つき始め、獣に食いつかれたような銀の筋が増えてきた。

 博士は腹をくくってアライヤを励ます。


「見ろ! もう少しだアライヤ! もう1分耐えろ、入り口だ!」


 ショットガンをしまう。装填が開始される。

 アライヤがシートの上に片膝をついた。フットペダルを片足で蹴り、ハンドルを一気に引き寄せる。

 機種が上向き空を目指した。青空と雲が近づいてくる。


「こだわるな、倒せなくても、とにかく中に……」


 上空から刃を抜いた2機。

 アライヤがショットガンを掴むのが分かった。

 直後、アライヤの視界をコバルトブルーの車体が勢いよく駆け抜けた。黒いシートと、後部のロケットまで見える。


 彼女がドローンから飛び降りたらしい。博士の頭がそう認識した瞬間、二丁のショットガンが火を噴いた。

 ロケットに吸い込まれていく弾丸と、アライヤがいたはずの場所へ刃を振るう小柄な機体。果断な一瞬に運命が別れた。


『っしゃああ!』


 凄まじい爆発に吹き飛ばされながら、アライヤが喝采をあげた。

 錐揉み状に宙を舞う、陸戦型のアンドロイド。

 突然距離が縮んだことに、後方の2機はホバリングによる静止を選んだ。

 銃声が響く。背中を引きずられたかのように、宙を滑る機械の身体。

 細身の背中が破裂する。鋼色の臓器を空に散らして、最後の2機が動きを止めた。


『博士、博士博士博士っ! 勝負して良かったろ? アタシにもっと賭けて見せろや、なあ博士ぇっ!』


 喜色満面の声が聞こえる。肩の力を抜いて俯瞰モニターを見た。

 戦車界の体操選手。回転しながら反動をつけ、地面に足を向けている。

 旧式アンドロイドが荒野に一人、膝をついて着地した。

 遅れて鋼の雨が降りしきる。上体を中心にボロボロになった迷彩服が、風に揺れている。


『一番危ないのはこの先だけどな。チャチなハンドガンと、ショットガン二丁。博士の神算鬼謀に期待かな?』


 博士は笑っていた。なぜか乗り越えたという、そのことだけで笑いが込み上げる。


「任せてくれ。何か、逆立ちしながら考えてみる」


 アライヤの吠えるような笑い声が荒野に響き渡った。

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