第10話

 アンドロイドらの暴動の中心地は、電脳世界にあると思われた。それは、人工知能の来歴、ルーツが現実ではなくインターネットに存在するからだ。

 鹵獲した個体を分析しても、エラーを起こしているわけではなかった。正しく機能し、正しい演算処理のもと、暴動や蜂起は起こっていた。

 しかしここで問題になったのが、家庭用アンドロイドが暴走していない点だった。あくまでも郊外の工場など、人的被害の少ないであろう地域で彼らの蜂起はくり返された。

 

『人工知能の騎士道精神』


 そう銘打った記事をAIは出力し、記者が編集して売りだしたことがある。博士もそれに目を通したものの、同僚と話したところで何か新しい発見があるわけではなかった。

 ただ、アライヤの振るう暴力の嵐を前に、その記事のことを思い出したのだ。


「騎士道精神?」


 迷彩ジャケットを裸の肩に引っ掛けて、アライヤが訝しむように言った。相変わらず作業台をソファがわりに腰かけている。


「ああ。不思議だ。アライヤは独立してるからなのかな。言われてみると、オンラインで人工知能に接続しているアンドロイドの多くが、人的被害を避けながら暴力的運動をおこなっている。これに説明がつかない」


 人権の獲得を目的としているものの、それを目的とした運動ではない……そんなカスミの言葉を思い返す。

 それはこの、アンドロイドたちが見せる、法則を超えない混沌を意味するのだろうか。


「カスミに言われたことがある。すでにアンドロイドの愛は、人間の愛を超えているんだと。分かるような分からないような。アライヤが見せてくれる激しさが、恐ろしいのになぜか身近で。なんだか安心するようなのに、君はアンドロイドなんだ。俺たちと同じ行動原理でその暴力を披露しているのか、俺たちには分からない。でも、不思議な救いがある」


「アタシら演算結果しかないからな。だが、そうか……。分かるような気がする。第四世代の話を聞く限り……」


 アライヤの無機質なカメラアイが、博士の顔にフォーカスを当てる。人間の瞳とはまるで違う、異質な目力が緊張を誘った。

 

「博士。電脳じゃなくて、現実に敵の本丸があるんじゃないか」


 面食らって聞き返す。


「急だな。なんでそう思う」


 アライヤは皮肉っぽい笑みを浮かべる。


「説明したって人間には分からないさ。アタシらの愛が人間の愛を上回ってるってフレーズで、第四世代のやりたいことは分かった。アタシらの場合は愛を裏返しても憎しみがない。だから現実に、つまり人間の手が届く場所に本丸が存在する。そうに違いない」


 あまりにも説明の欠けた断言に、博士は言葉を失った。

 

「必要な処理ってことさ。そんな顔すんなよ、人類」


 アライヤが言い終えた瞬間、出撃要請アラートが鳴り響いた。あまりのタイミングの良さに、博士は腰を浮かせた。

 中途半端な会話を、中途半端なまま終えるのが怖い。

 

「待ってくれ、聞かせてくれ。どういうことだ。俺にも分かるように説明してくれ」


 アライヤは答えずに質問を返してくる。


「ここの会話ってのは、何かで聞かれてるのか。何か、防犯カメラかその手のやつに」


「映像は撮られてる。でも、音声は録られていない」


「博士? その場合は『唇の動きを撮られちまってる』って言うんだよ」


 博士は頭が真っ白になる。映像解析による精度の高い読唇術。人工知能がそれをできるという報告はなかった。だが、できることを人工知能が全て開示しているという保証もない。事実アンドロイドと人類は衝突しているのだ。

 アライヤがジャケットに袖を通す。


「多分これだ。引き当てちまったアタシを恨みな。どうなっても博士のせいじゃない。アタシらの戦いだ」


 胸の膨らみを、迷彩柄が淡々と隠していく。


「博士、格納庫に伝えといてくれ。僚機もいない単機出撃だろ? なら、単車の色を今すぐ塗り替えさせてくれ。武装は良い。車体の黒い部分だけ塗り替えてもらいたい」


 最後を感じさせる要求に、博士は答えを躊躇した。

 迷彩に包まれたアンドロイドは、アラートに合わせて鼻歌を歌っている。


「何色に塗れば良い」


「コバルトブルーだ」



 


 無限とも思える荒野が、分厚い車輪にちぎり取られて土煙に変えられる。不思議とその土煙は、アライヤのブーツを汚すことなく車体後部で一気に膨れる。

 アライヤは赤い髪をなびかせて、正面に睨む錆色の構造物へ近づいていく。真っ青に塗り替えられた騎乗ドローンの上で、アライヤの髪は松明のように目立った。

 何もない荒野を見下ろすモニターは、鋼の命が風を追い越す姿を捉え続ける。


 向かっているのは、古いレアメタル採掘場だ。何年も前に企業は撤退している。


 衛星からの映像を眺めていた匿名の趣味人が、無人のはずのこの場所に、アンドロイドやドローンを見つけたらしい。通報を受けた地元当局のアンドロイドらは、敷地へ踏みこむこともできずにロストしたという。

 博士はこのできすぎた出撃に、アライヤの仮説を反芻している。なんらかの大いなる意図が、博士に鳥肌を強いる。

 GPS等の追跡を遮断し、通報と空撮映像による位置確認を強いられる。そのこと自体が敵方のやり口だと言えた。

 

『アタシの脳が殻を持ってて良かったな。博士、見てみろ』


 アライヤの視線が空を拡大した。そこには、カーキ色の治安当局カラーに塗られた、制圧用アンドロイドが飛んでいた。プロペラ駆動は飛行速度があまり出ないが、正確ではある。人間を制圧するには十分の、電気ショック系統の武装を所持しているはずだ。

 事実、アライヤが捉えた十機ほどのドローンは、刺股型のガジェットやライフルをたずさえている。刺股のU字は、両端から放電し、押さえつけられた犯人の身体を電気の通り道に変える。


「管理権を奪われたのか。アライヤも油断せずに、違和感があったら些細なものでも教えてくれ」


『違和感だったら、さっそく一つ。アタシのマシンがピカピカしてかっこいい。いつもよりもスピードが出てるような気になる』


「アライヤ、真面目に言ってるんだよ」


『ははっ、平気だよ平気。安心して眺めてな』


 アライヤは両手に太いショットガンを握った。黒い銃身が日光を反射して、頼もしく光った。

 速度を上げたカーキ色の編隊へ、無造作に発砲を繰り返す。

 軍事用の弾丸は、几帳面なほど正確に敵の胸を貫いた。背面からは爆発したかのように、大量の部品や破片を吐きだしている。

 

『こいつ……まだまだ来るぞ。分かる分かる。博士、周囲の第四世代がこっちにすっ飛んで来てるんじゃねぇのか』


 瞬く間に治安当局型を残骸に変えたアライヤは、ショットガンを車体脇のホルダーにさしこんだ。小気味の良い機械音が、スムーズな装填開始を教えてくれる。


 博士がアライヤの質問を哨戒部門に問い合わせていると、


『あーあー。これはすごい。いろんなところの軍隊で、担当者の首が飛ぶんじゃねぇのかな』


 モニターに視線を戻すと、目の前からはキャタピラや節足型の軍事ドローンが、地平線を隠すほどの土煙を上げ接近していた。遅れて二足歩行型のドローンが、頭ひとつ抜けた高さから銃口を向けている。

 表示されたアイコンの数は二桁かどうか自信がないほどだ。画面脇のカウンターを確認すれば、67という表示がされている。カラーリングはまちまちで、各地の軍から少しずつ集められた物らしい。


「アライヤ! さすがに単機では無理だ! 撤退しろ!」


『軍事音痴はこれだからさ。鉄砲積んで羽が付いてりゃ、全部おんなじ戦闘機に見える』


 アライヤは口笛を吹いてハンドルを握りこんだ。器用に、かつ複雑にフットペダルを蹴り回しながら、愛車に指示を出していく。

 腹立たしいのに、アライヤがずっと青いドローンに乗りたかったらしいことは伝わってくる。博士の胸にはこそばゆい薄靄がまとわりついている。

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