第9話
帰還したアライヤを、研究所内に残っていたアンドロイド達が歓待したのは、当然の帰結だった。
博士は遠巻きにその輪を眺めていた。
エレベーターから出た途端に、突然囲まれた当人は、困惑どころか剣呑に片眉をしかめていた。肩を叩いてうなずきながら、何か他人事のように淡々と言葉を返している。
輪を抜けてきた長身の迷彩服は、博士の肩を抱くようにして廊下を歩き始めた。
「意外に謙虚だね。いや、意外でもないのかな」
アライヤは正面を睨みつけたまま、物理的に重い足を廊下へ投げ出していく。足音の鈍さに、出会ったばかりのアンドロイドを少し知ったような気がした。
「アタシは別に仕事をしただけだろ。そりゃ犠牲を強いられたって、いずれ誰かしらが潰したんだよ。なんで兵士がそれでチマチマ褒められなきゃなんねぇ」
「そういうなって。明日は我が身なんだ。誰だって潰される側に回りたくはない」
博士は低く掠れた自分の声に、舌打ちをこらえた。
やはりアライヤは容赦がない。
「敵討ちとか思うなよ。アタシがあいつを殺したことと、カスミってのが殺されたことは別の話だ。慰めはセクサロイドの乳にもらいな」
相槌も打てなかった。隣を歩く無機質な身体が、憎らしくなる。
研究室に戻ると、アライヤは作業台にだらしなく腰かけた。メンテナンス用の台とも思っていない様子で、足を組みながらうつむいた。
博士は遅れて自分の匂いが気になった。モニタールームでも同僚の席と距離はある。ただアンドロイドもセンサーとしての嗅覚はある。
白衣を脱いで椅子の背にかけ、腰を下ろした。
頭を空っぽにして床を見ていると、アライヤが言う。
「考えこんでもしかたないだろ」
「でも、勝手に浮かんでくるんだ。誰も別に、あえて悩もうとしてるわけじゃない」
アライヤは俯いたときの姿勢のままで、身じろぎ一つ、瞬きすらしなかった。第三世代の横顔は、厳しく険しいままだ。
アライヤが歓待を嫌がった理由を、垣間見たような気になる。
唇だけが動いた。
「カスミが幸せだったかは知らない。だが、あんたがカスミに何か、カスミらしさみたいなイメージを持ったのは確かだろ」
「そんなことに意味があるのかな。アライヤなら、イメージを持たれるの嫌いそうだ」
アライヤは唇を歪めて笑った。皮肉っぽく、だからこそ本音を香らせる表情だった。アンドロイドの本音というのが、存在するのなら。
「アタシらに人格があるのか、人格の猿真似をしてるのかはアタシら自身にも分からない。だが博士の中に生まれたカスミのイメージは、鉄の体から離れちまった一つの命だ」
カスミの輪郭がアライヤに重なる。
あまりにも違って見える。
素直に作業台に仰向けになった白い輪郭が、網膜にゆらめいている。
アライヤは、明日の天気を語るような無関心さで、話続けた。
「アタシらアンドロイドのことだけは、絶対忘れないでくれ。お前の記憶の中でしか、アタシらの命にゃ裏づけがない。アタシらは、『我、想われる。故に、我あり』なんだから」
博士もこれには、素直にうなずくことができた。
「忘れようがないだろうね。人間の演算能力は、合理的じゃないから」
ふと、アライヤに尋ねていた。
「カスミが言ったんだ。AIやアンドロイドの人権や、独立のための戦いだろうって。でもそれに加えて、『それを目指した運動でありながら、それを目指してはいないだろう』と、そんなことを言ったんだ」
アライヤの頭が震えた。
肩をひねって、博士のことを正面から見つめ返す。
「そう言ったのか。第四世代が」
「ああ、カスミはそう言ってた。アライヤには、この言葉の意味がわかる? 俺にはまだ、よく分かってない」
鋼鉄の美貌は、唇を引き結んだまま見つめている。何も言わずに微動だにしないアライヤに、博士のほうが耐えられなくなる。
背中を丸めて膝に肘をついた。指先で指先をもてあそぶ。
「博士」
「うん?」
「あんたが管理者になっちまったせいで、アタシはもうやる気がしないね。ほんっと、呆れてものが言えない。博士が悪いわけじゃない。でも、こんなバカな話はない」
アライヤが作業台に寝転んだ。ブーツも脱がず、手枕をしている。
「どうすれば良かったんだろう。俺がそれを理解していたら、なんとかなったかな。どう思う」
アライヤはそれきり、この話題に答えることはなかった。
『博士、こいつらこんな脆いんだったら、先に教えてくれや』
腕に抱えた第四世代アンドロイドの首をもぎ取り、アライヤはドローンに着地した。悠々とシートにまたがると、敵の身体を宙へ放った。動かない的の腹部へと、ショットガンを撃ち込んだ。華奢な胴が砕けてしまい、ローブとロングスカートの半身となって、敵の亡骸は落ちていく。
ロケットを唸らせ急降下していく。車体の両サイドに据えられた、機関銃が火を噴いた。広い駐車場にたむろしていた工業用アンドロイドが穴だらけになり火の海になる。
「アライヤ。そう乱暴に戦うことないじゃないか」
粗暴な相棒は、笑い混じりにこう言った。
『でも、胸がスッとしてんだろ、博士』
図星を刺されて心臓が跳ねてしまう。データベースか何かの引用だろう。アライヤ自身にその感覚はないはずだった。
連戦連勝を重ねるにつれ、アライヤに近寄る僚機はいなくなっていた。博士自身も同僚から話しかけられることは無くなった。
むしろ明るくなったアライヤは、上機嫌に肩を回してエレベーターを降りてくる。
拳を差し出してきた彼女に対し、博士も拳を差し出し打ち当てる。
「お疲れ様。でも通信で言ったように……」
「アタシはいくらでも壊していい場所でしか、ああいうやり方してないはずだぜ」
歩き出しながら言葉を選ぶ。アライヤの知能は確かに高いのだ。言いくるめられることも、少なくない。
「逆だよ。そういう現場や地区にしか、送られなくなってるんだ」
「言われてみりゃ出撃の頻度は落ちたか。だがアタシは他の奴等が……。あん? ちがう、他の奴等に任せられない案件ってことでもあるだろ。なにせ大事な資産を保険金に換える前提。権利者も諦めがつく暴動現場だ。手荒になるのはしかたがない」
博士は何も言えなくなった。
アライヤの肩を叩く。向こうも何も答えない。
出会ってから、幾度かの出撃を経て、博士にもこのアンドロイドの傾向が見えてきていた。彼女は本当に、もう目覚めるつもりがなかったのだろう。それどころか、人間一般を嫌っている節がある。
だからこそ、本当にたまに見せるエラーのような優しさに、博士はアライヤの肩を持ちたくなるのだ。
アライヤは明らかに、「他の奴等がふがいないから」と言おうとしていた。だから戦場に引っ張り出されたのだと、アライヤにおさまるスーパーコンピュータは結論を出している。
そのうえで、ここにいないアンドロイド一人のために、その言い草を飲んだのだった。
それが自分を黙らせるための演算結果だとしても、アライヤを信じたいと思ってしまうのだ。
「アライヤ。俺にAIや集合知の考えは分からない。でも、派手にやればやるほど君は警戒されるんじゃないのか」
研究室の手前で、アライヤは立ち止まった。
「博士。しかたないんだよ。イレギュラーを繰り返すしか道はないんだ。二度とこの話はすんなよ」
硬く重い手は、鈍器のような物体だ。背中を打たれ、痛みに悶絶する。口角を上げたアライヤは、研究室へ入ってしまう。たわむれの加減を知らない腕だった。
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