第四章 偽悪×偽善=照応依存 2
数時間後、ジオとエルの姿は繁華街のバーにあった。カウンターやテーブルの他、個室もある店だ。こっそり内緒話をするには都合がいい。
店内に入るなり、客の何人かがジオ達に視線を向けた。銀髪灼眼と金髪蒼眼の双子は、そこにいるだけで目立ってしまう。
子供の頃もこんな感じだったっけ、とジオは思う。まさかこんな人生を歩むことになるとは思わなかった、世界の残酷さを知らない頃の話だ。
「いらっしゃ──おい、お前、エルとジオか?」
カウンターにいた店員が、来店の挨拶を切り上げて驚きに声を張り上げる。
向いた視線の数が増える。しかし、ジオには目の前の店員が何者であるのか思い出せなかった。
それもそうだ。名前と外見ばかりが知られてしまって、実際に親しくしていた者はそういない。
「個室の予約をしてたヴェルトだ。空いてるか?」
「なんだ、エルたちだったのかよ。名字変わってるから分かんなかったぜ。俺だよ俺、小学校で同級生だったクリス。覚えてねぇか?」
言われ、ジオは遥か昔の記憶を引っ張り出した。あっさりとした顔立ちの、男にしては長い艶やかな髪を後ろで一まとめにした姿に、思い当たる人物がいた。
そういえばいた気がする。短く切り揃えるのが嫌だとか言って、女みたいだとからかわれていたのを、エルと二人で庇ったんだったか。
「あー、君、あれか。髪切るの嫌だって駄々こねてた」
「駄々こねるって、相変わらずやな言い方するやつだなぁ。しっかし久しぶりに顔見たわ。何してんだ今」
ちらりとエルを見る。兄の方も思い出したようで、久しぶりに会う知人に少々気が抜けている。
「俺はベル・ディエムで警察庁にいるぜ。こいつは葬送庁な」
「双子揃って官僚かよ、ったく流石だな」
「官僚じゃないよ、下っ端の実働部隊さ」
「ジオの話は聞いてんだよ、パムリコ島で体張って癌を止めてくれたんだろ? まじどうなる事かと思ってたから、諸島の恩人なんだよな」
クリスとの会話に、聞いていた客たちが徐々に沸き立っていく。特にジオがパムリコ島の癌災害に出向いた葬儀官だと分かってからは顕著だった。
「兄さん、一杯奢らせてくれよ! こういっちゃなんだがこっちまで全滅の危機だったんだ、アウロラからよく来てくれた!」
「大けがしたもう二人は元気にしてるんですか? 守ってくれてありがとうございますって伝えておいてください!」
「全く、噂に聞いてた不良が島を守っちまうんだから、人生何があるか分かんねぇもんだなぁ」
四方八方から賞賛の声が届いて、ジオは少々狼狽えた。さっさと個室に入る予定だったのに、意外な足止めを食らってしまっている。
「で? お二人さん、注文は? 個室に届けるよ」
「私はウイスキーのロックで。兄さんは?」
「ギムレットを一つ」
「じゃ、ご案内します」
よし、ここは俺が奢った!
いやここはジャンケンで決めるぞ!
いーや俺が奢る!
じゃあ追加分は俺が!
何故かお願いしてもいない『隣のお客様からです』をしようと躍起になって盛り上がる客の声を背後に、ジオとエルは個室に入った。
席に着き、それぞれ注文の品が来てから、エルがアーマーリングをつけた中指を弾く。一瞬で防音と人払いの結界が張られ、これで他人に聞かれることはないだろう。
「じゃあ、乾杯」
「お前と飲むのは久々だな」
グラスを合わせてから、ジオはウイスキーをほんの少しだけ口にした。丸氷で口当たりが柔らかになって、呑み心地がいい。
酒を飲むのは本題ではない。わざわざ防音結界など張って話す事などたかが知れている。
「お前、どう思う」
「どうって……してやられたなぁと思ってるよ」
「薄々気づいてんじゃねぇのか。だから何も言わないんじゃないのか」
「何のことだい? ……いや、心当たりが多すぎてね」
「お前、なんで籍を戻した。なんで……捜査局に帰って来ない」
問われ、ジオは手慰みにロックグラスの縁を撫でた。
「ミアとなにかあったんだろ。あいつ、お前の事を話さなくなった。急にいなくなったのに、お前を問い詰めようともしなかった……なんか、あんだろ」
「どうしてそれを今聞くんだい?」
答えられないことが山ほどある。それは彼のためでもあり、自分のためでもあって──けれど、ミアのためにはならない。
ジオは無力だった。妹を守ろうとして、結果自分が脅かされた。
「お前とサシで話せる機会が少なすぎるからな」
「……ちょっといろいろあってねぇ。捜査局に居られなくなっちゃったのさ」
しかし、今事実を言ってしまうのは憚られる。極力ぼかしながら説明する他ない。
「ま、ミアに関してなら話せるよ。あの子、薬を使って無理に戦えるようにしてる。努力でもなんでもなくて、体の魔力伝導率を人為的に伸ばしてるだけなんだよ」
ジオはエルと視線を合わせず、じっと琥珀色のウイスキーが泳ぐロックグラスを眺めていた。
「────どういう、ことだ?」
エルが絶句している。何故話してくれなかったと糾弾する声色が、困惑に震えていた。
「私達が揃って捜査局に入って直ぐ、あの子も一緒に働くって言いだしただろう。でもお世辞にも戦闘向きとは言えない。私も兄さんも、情報処理能力を活かした方が一緒に働けるだろうって勧めたけど、聞かなかっただろう?」
嘘は言っていない。けれど、本当の事も言っていない。
「初耳だぞ、体への負担は?」
「負担があるから止めようとしたんだろう。あの子の魔力の結束点は子宮にある。使い続けてたら子供が産めなくなるよ」
「……なんだってそんなことしてまで。ってか、合法な薬があったか?」
エルは若干不満げな顔をして、ギムレット入りのグラスを傾けた。口についているが殆ど入っていないのをみるに、相当動揺しているようだ。
「あるにはある。エーシル製薬から出てる魂魄活性剤だ」
「あれは緊急用の頓服だぞ、常飲できるもんじゃねぇ。魂が不活性化した人間に使うもんだろ、しかも錠剤じゃなくて点滴薬だろうが」
「ギフテッド用に効果が抑えられたものがある。それに、あの子がしてるとしたら?」
「──それを止められなかったから、どうして捜査局に居られなくなる?」
もっともなエルの問いに、ジオは無言を貫いた。この先は、流石にミアの許可がないと言うべきではない。
ただ、沈黙は即ち肯定の現れとなる。詳細は省くとしても、理由が直結しているのは明白だった。
「……分かった、いい。ミアか自分のキャリアか、お前は前者を取った。そんだけだろ」
「引き際が確かで助かるよ」
この件は深堀するとキャリアに関わる。つまり捜査局にとっても根深い問題で、暗部を掘り返すようなものだ。
エルは既に捜査局でも替えが効かない要職だ。そも──ジオは助けが入って逃げられたが、彼もそうとは限らない。触れるべきでないものに触れない用心深さくらい、エルはもっている。
「で? こんなところでコソコソと何を話したいワケ?」
あまり長々と話したくないことだ。ジオが話題を変えると、エルは鞄から一通の書面を取り出した。汚れないようテーブルを拭いてから、ジオに差し出す。
「これ、お前らで行ってきてくれるか」
タブレットでやりとりもできるのに、なんとアナログか。とはいえ、紙は実物だから、燃やされない限りは残り続ける。
「家宅捜索の執行書? ポントス島にこっちが干渉しちゃっていいのかい?」
手渡された書類を見る。目的地はポントス島にある。
いつの間に調べていたのか、とジオは書類と兄とを交互に見た。
「ポントス側とは話をつけた。アレヤ殿が間に入ってくれてな。やり取りは伝書鳩とかいうニッチなもんだったが、まぁ、上陸許可は下りた」
「けどねぇ。一体何があるんだい」
「潜水艇を押収しただろう? あれを海保に預けて、航路を調べてもらったんだよ。そしたらポントス島の壁にぶち当たってな。海保の見立てじゃ、そこに海底ドックがあるらしい。入り口は隠蔽してあるだろうから、ポントス人でも分からなかった訳だ」
ポントス人にすら見つからない施設なら、情報が残っている可能性が高い。抜き打ちで出向けば尚の事だ。
しかし、本来捜査局が行う強制調査を、何故葬儀官であるジオ達に任せるのか。
「兄さんたちでやらないのは……漏れるといけないからかい?」
「そうだよ。警察側から情報が漏れてるなら、何をやっても後手に回るのが目に見えてる。現状使える手がお前らしかいねぇし、どこぞの人間に任せるよりは信頼できるしな。何が理由で捜査の邪魔をするんだか分からねぇが、抜け道として使うには申し分ねぇ」
調査能力や実力ともにエルのお墨付きだ。現状取り得る手段がこれしかないのだろう。
「そのデータが改ざんされた物……ダミーの可能性は?」
「ねぇよ。んなもんあったら海保だって目の上のたんこぶだろうが」
エルは苦笑いして、ギムレットを煽った。今度はちゃんと飲んでいるようだ。
「で? その海底ドックまでどう行くのさ」
「海保に協力要請を出した。補給中の巡視船で沖合まで連れて行ってもらって、そこからはアレヤ殿の魔法を使って水中から突入する」
「なら私はいけないねぇ。ドミニクとシャルロットちゃんに行ってもらおう」
「誰にも悟らせるなよ、情報共有してるのは一部の乗組員とアレヤ殿だけだからな」
魔法が一切効かないジオでは、息を繋げたまま水中を移動することができない。数は減るが、適正のある二人に行ってもらうしかないようだ。
隠密行動は専門分野なのだが、突入できないのなら行っても足手まとい。タイトロープ島で内通者について調べるとするか。それから、海上保安庁に出向している特別葬儀官から話を聞いておきたいところだ。
「つか、行ってもらうにしてもシャルロットは大丈夫なのか? 魔力中毒っつったって、かなり重症だったぞ?」
「本人が大丈夫だって言っててねぇ。正直ドミニクにはシャルロットちゃんをつけておきたいし、行ってもらうしかないよ」
「あいつは何もかもが特殊なんだよな……魔導工学で補助しなきゃ話にならなかったんだから」
話はエルの愛弟子でもあるシャルロットに移る。
「魂の質量が軽いお前には想像つかねぇだろうが、魔力ってのは作るだけで体に負担がかかる。んでもって、一度に生成できる量と質も、魂の強度や性質に左右される」
ただなぁ、とエルはぼやき、残っていたギムレットをグラスの中で回転させた。炭酸が抜けそうだ。
ジオはどこか投げやりな兄の動作を見ながら、半分に減ったウイスキーをちびちびと飲む。
「あいつは魔力生成量が多すぎる。そのクセ質も一級品で、属性もアンノウン。んな魔力を一瞬で産み出せるから体がもたねぇ。なんとか戦えるようにって話だったから、魂が発してる微弱な魔力を魔導機器に反映させて再利用する方式を取った。体外魔力には強かったからな、制御方法も俺のやり方が合ってたからいいが、他に手がなかったんだよ」
「一応、意識を保つのにも魔力がいるんだっけ? だから私も厳密には魔力を持たないんじゃなくて、他の人より生成量が少ないけど効率がいいって」
「そうだ。肉体維持は熱量で、意識や自己の維持は魔力で。基本だよな。あいつは素の状態で一般の魔法士が魂を励起させた時と同じ量の魔力を放出してた。だから意識して炉心を起こすと、それだけでトランスと似たような状態になるって訳だ」
シャルロットについて初めて説明を受けたが、難儀な状態だったらしい。同じ魂の片割れであるドミニクが制御できているのは、悪性細胞による部分が多いのだろう。
ジオが視認することはないが、彼女の魔法障壁は群を抜いて性能がいいのだという。展開速度、強度、範囲どれをとっても、追随できる者はいないようだ。
己の魔力に身体がもたないという重すぎるハンデを背負ってこの能力か。全く持って末恐ろしい。
「つまり? シャルロットちゃんはろくに魔力生成ができないままってこと?」
「魂から滲み出てる魔力を増幅させて使ってるだけに過ぎねぇ。俺が教えたのは取り込んだ魔力を制御する方法で、炉心の出力を制御する方法じゃねぇからな」
「へぇ……今はちょこっとだけなら魔力生成できるって聞いたけど、実際は違うんだ?」
「あいつが魔力を作ってると認識してるだけだ。無意識で行ってたことを、意識させたにすぎねぇ。よくトランスしてたみたいだが、魔力の使い方が分からなかったから被害が出なかっただけで……今起こったらヤバいだろうなとは思うぜ」
「止めなよ、シャレになんないって」
ジオには全く想像がつかないが、魔力が見えるエルからしてみれば避けるべき事象なのだろう。
「……いや、待てよ?」
苦笑して空のグラスを弄んでいたエルが、突然難しい顔をしてごとんとグラスを置いた。
顔は一気に険しくなって、頭の中で思考しているのが伺える。今までの会話で引っかかったことがあるらしい──恐らく極直近の。
片眉を思いきりしかめたエルと視線がかち合う。ジオはまだ達成できていない目的を思い出して、思わず喉から生返事が出た。
「「──ん?」」
声が被る。双子らしく、全く同じ声色で。
「いやまさか。まさかな」
──まさか。シャルロットの身に、更になにかあるのか?
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