第四章 偽悪×偽善=照応依存 1
何故か全員、不機嫌になっていた。オーウェンとの邂逅の後、シャルロットは魔力中毒で病院に担ぎ込まれて中和措置を受けた。ドミニクが魔力を提供してくれたおかげで、通常よりも早く正常化できたらしい。全く頭が上がらない。
デモ会場の方は
慰霊式典の方も、パムリコ島後方からの
とはいえ、一度に事件が起こりすぎている。一度整理する必要があった。
「──なんでこんなことになるんだよ」
苛立ったように呟き、エルは各種報告書を読み終えた。場所はタイトロープ警察署の会議室を借りて、今後の作戦会議が行われている。時刻は夕方。報告書のまとめに時間がかかって、シャルロットが呼び出されたのは日暮れも近くなっていた。
ひとまず当初の目的と、リアムに頼まれた仕事は終わった。だがこの状況をほっぽりだして終わりだと宣言できないし、任せて帰ることもできない。
「俺は見てねぇが、テラサルースの関与があったのは間違いねぇんだな?」
エルが問う。質問を投げかけられたドミニクは、いつもの制服姿だ。
「そうだ。オーウェン・E・エルゼルト。テラサルースの癌兵器開発部門を主導するイカレ野郎だ」
「お前がなんで詳しいのかはさておいて……そんな名前聞いたことねぇがな」
「偽名を使ってるんだろう。よくある話さ」
「それで? そいつの目的がシャルロットを捕まえるって話だったんだな?」
エルの視線がシャルロットに向く。無理矢理退院したのでまだ病み上がりのシャルロットは、前線に出る許可が出ていないので今日は私服だ。事情聴取の形である。
「私のお父さん、テラサルースが起こした集団失踪事件に巻き込まれて亡くなってるんですけど……それも元を辿れば、どうにも私欲しさだった、らしいです」
「今回現れたのはデモに便乗しただけだと言っていた。本来は事を起こすつもりはなかったんだろう」
「シャルロットがいなければデモで終わるはずだった、か……ん? まてよ、時系列的にどうなってんだ? いろいろ複雑なんだよな……」
報告書を再確認しながらエルが呟く。手持ちのタブレットに対応ペンでメモを取りながら、細かな事情を照らし合わせているらしい。
うんうんと首を傾げて唸る兄に、ジオが助け舟を出す。
「まず、親ポントス派が慰霊式典に合わせてデモを行おうとしたのが最初だろう。恐らくだけど……関わってる団体が二つある。似てはいるけど、デモを起こした団体とテロを起こした団体は別だ。穏健派か過激派かってところだけど……こっちからしてみると、やってることが違うだけで両方過激だけどね」
言って、ジオがタブレットを操作して動画を再生した。
背景はポントス独自の紋様が描かれたか壁だが、前に座っているのは色白の老人だった。
『昨今起きていたネル・ブライアン周辺の命脈操作及び、デモ会場での乱射テロは我々が行った。タイトロープ島もポントス民族のものであり、決して大陸人が私利私欲のために使っていいものではない』
犯行声明のようなものだろう。口調はとても偉そうで鼻につく。加えて、生粋のポントス人であるノイエであれば語らないような話だ。彼女はラクナ・クリスタルを有するネル・ブライアンを霊峰と称し、手を付けることを恐れ多いと言っていた。この男は大陸人だろう。
「火口を塞いで液化魔力の流れを変えたのは後者のこいつら。目的は秘密裏にネル・ブライアンの魔石を自爆テロに使用すること。ただ同時期に毎年デモをしてる派閥もいるから、それを隠れ蓑にしようとしたんだろう」
「とすると……学者たちを襲った魔法士は過激派が手を借りてたテラサルースから派遣された奴らかな? それならまぁ、納得はできる」
元々はネル・ブライアンにおける急激な魔力喪失が発端だった。調査に出向いた学者たちを強力な魔法士たちが迎撃し、それをポントス人だと考えたため、魔法犯罪捜査局にも調査依頼が回ってきた訳だ。
あえて割れ目火口周辺に腕利きの魔法士を配置し、学者たちを迎撃させたのも、犯人をポントス人に擦り付けるためか?
──そもそも、液化魔力を南東のグラナート海岸周辺まで移動させる時間を確保するためか。
「で、だ。ネル・ブライアンの調査の結果、割れ目火口を魔法で塞ぎ、液化魔力の流れを変えたのがポントス人ではないことが判明した。全部アトラス人の仕業で、生粋のポントス人はまるで関係がねぇってことがな。目的だった魔石の窃盗は俺達で食い止め、押収した。だから」
「──これで事件は終わったはずだった。だよね」
双子の会話を引き取ったのは、これまで黙っていたミアだった。彼女も彼女で顔色が悪く、少々口角が震えている。慰霊式典で魔導砲を手配し、砲弾の調整をした立役者だというのに。タイトロープ島を守った功績などなかったかのようだ。
「どちらにせよ……テロ自体は起こっちまったが。死人がでなかったのが幸いだった」
デモとテロに関しては、それで間違いないだろう。デモ隊に混ざっていた数人が警備隊に向けて発砲し、辺りは騒然となった。
──だが、その前に。
「……過激派のテロ行動と、オーウェンの行動は無関係だと考えていいだろう。あいつは便乗しただけだと言っていた。個人の活動だったはずだ」
なので、ドミニクの言う通りになる。
「だとすると尚更おかしいんだよなぁー!」
エルがタブレットを押しのけ、机に突っ伏した。ゴン、と額が板とぶつかる音が静かな会議室に響き渡る。
「押収してたはずの魔石を使われたこともそうだが、慰霊式典の会場に
「奇妙と言えば、あの
「今となってみると、あからさまな時間稼ぎにみえるね」
つまり。ここまで整理してきて、同席した人間の見解は同じだった。
「……漏れているな。確実に、どこかから」
どこかに内通者がいる。そこから情報が漏れて、デモ会場で警備していたシャルロットをオーウェンが狙えた。そのための刃蟲の
「こういっちゃなんですけど、テラサルースの構成員ってどこに紛れてるかわからないし……公的機関に内通者がいても、おかしくないのが怖いですね」
テオドリックの件も、実際には内通者が捜査を妨害していた可能性がある。何故かそういった者に限って、気取られない腕があるのが厄介だ。
この後はひとまず関係各所にガサ入れになるだろうが、内通者がいる以上は手早く、極秘でやった方がいいだろう。
「はぁーわけわからねぇ……頭パンクしそうだ……」
「でも逃がすつもりもない。絶対に解決して帰る──だろう?」
「当たり前だろ。一番自由に動けるのが俺達なんだからな」
ジオが微笑みと共に向けた言葉に、エルはニヤリと笑って返事をした。阿吽の呼吸という奴か、やはり馬が合っている。
「さて、じゃあ明日から動くぞ。まずは親ポントス派の拠点に家宅捜索だ。もう指令書はもらってある」
「よっし頑張ろ!」
ひとまず作戦会議は終了だが、捜査官であるエルたちと共に動けるわけでもない。葬儀官としての立場からやれること──まずは刃蟲の
刃蟲の
よし、と椅子の上で伸びをして、シャルロットは立ち上がった。通常の勤務時間はそろそろ終わりだ。
「ジオ、お前今日一杯付き合えよ。予定ないだろ」
「こんな時に酒飲みかい? まったく君って奴は──」
エルが気軽にジオの肩に腕を回し、軽快に弟を誘う様は仲のいい兄弟そのものだ。
「──ん、そういうことか。分かった」
が、二人が顔を寄せた瞬間に雰囲気がぴりついた。秘密の話があると言わんばかりの不穏さに、後ろからミアが声をかける。
「えー二人でずるい! あたしもいく!」
単純に、慕っている兄二人に置いてきぼりにされるのが嫌なのだろう。駄々をこねたミアに、振り返って双子が言った。
「ま、兄弟水入らずで話したいこともあるのさ。また今度行くから、今日はごめんね」
「お前、酒弱いだろ? 今度飯行くので勘弁してくれねぇか?」
「しょうがないなぁ、絶対だよ!」
穏やかに言い聞かせるジオとエル。それに対してむくれて頬を膨らませるミア。遠巻きに見て、シャルロットは思ったことがあった。
ミアはジオ、エル兄弟と話す時だけ酷く子供っぽくなる。親代わりだったとジオが語っていたが、それにしたって──
考えて、止めた。他人の家庭環境に首を突っ込むほど野暮ではない。
「お前は大人しくしていろよ。また狙われるかも分からん。また会おうって言ってたからな」
「むー。じゃあごはん付き合ってくださいよ。きっちり守ってもらいますからね」
言って、自分も人の事を言えた義理じゃないなと思った。
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