第三章 力の矛先 4
ノイエとの話を終えて、シャルロットは児童保護施設にやってきた。相棒のドミニクが、ネル・ブライアン東部で保護した子供たちに話を聞きに行っていたからだ。
部屋を開ける。数人の少年少女に囲まれ、椅子に座って端末を操作しているドミニクの姿があった。周りを囲まれ、しきりにちょっかいを出されているドミニクは、端末とにらめっこしているらしい。
「ドミニクさーん、どうですー?」
どこか微笑ましい風景の中にいる相棒に、シャルロットは入り口から声をかけた。
その場にいた全員が顔を上げ、ドミニクは辟易したように表情を緩める。が、対照的に少年少女は顔を強張らせてドミニクの背中に隠れようとした。
ドミニクの体格がまぁまぁいいとは言え、男一人の背中に、何人も隠れられるわけがない。体の殆どははみ出てしまっている。
どうして子供たちはシャルロットから隠れようとしたのか、まるで分らなかった。
「なんで隠れるんです⁉」
「……お前が怖いそうだぞ。一体何したんだ」
ドミニクの言葉に、子供たちは全力で首を縦に振った。
「一体何って…………ねぇ?」
首を傾げながら、シャルロットは先日の事を思い出した。特におかしくはない。ポントスの一群がいると思ったら子供がいたので、意識を制圧から保護に切り替えて投降を促しただけだ。
いやでも、よく考えよう。こういう時は相手の立場に立って考えるべきだ。
仮に相手が自分より圧倒的に技量が上の相手で、攻撃してくる素振りがなくて、ひとまず話し合おうと言ってきて。そういえば魔法を撃たれても当たらないと判断したから気にせずに近寄っていた。新手に備えて銃から手は離さなかったし、この場合、どうするだろうか。
──警戒を解かないままひとまず話すかなぁ。信用は絶対できないし。
ここまで考えて、シャルロットはやっと気づいた。
信用ならない相手が常に銃を握っているなら、いつ撃たれてもおかしくない。
なるほど、殺されると感じていたのか。それは確かに、怖いかもなぁ。
「おいなんで目を背ける」
「いーえ別に?」
シャルロットが視線を逸らすと、ドミニクから追及されたのであからさまに言葉を濁した。
流石に相手が怖がってると気づかなかった、なんてドミニクに言えるはずがない。
「まぁいい。お前、これのロックを解除できるか」
ドミニクが問うた。未だにシャルロットの様子をびくびくしながら観察している子供たちを尻目に、シャルロットは机に近づく。示されたのは画面が暗いままの個人端末だった。
長方形で板状の、一般的なものだ。起動ボタンを押すとバックライトがついたが、ロック画面のままいくら操作しても入力画面にすらならない。
「ドミニクさん……ロック解除しようとして端末が停止されたとか中身吹っ飛んだとかじゃないですよね……?」
「そんな軽率なことするか。こいつらから受け取ったらもうこうだったんだよ。何もしてない」
端末を受け取って、外装を確認してみる。バッテリー充填は間接式で、接続口がない。他はボタンが数個あるだけで、ガントレットの接続プラグは使用できなさそうだ。
「これ、全員持ってたんです?」
「いや、一人だけだ」
「子供たちから聴取は?」
「したし、全部話してくれた。が、脈絡がなくてな。端末から声がして、指示してきたからタイトロープ島に来たそうだ。タイトロープ島東岸の地域から、赤い魔石を取ってきて、指定した位置に運んでほしい、と。そしたらいいものと交換してあげよう、ってな」
「はぁ? なんですかそれ、闇バイトみたいなもんじゃないですか」
あまりにも思慮がなさすぎでは。ドミニクの言葉に唖然と声を漏らし、シャルロットは片眉を吊り上げた。そんな彼女を見て子供たちは更に縮こまってしまったので、気を取り直すように空咳で誤魔化す。
そういえば。ノイエがつい先ほど、子供たちが端末を持っていて困る、と言っていた。
「この端末、どこで手に入れたんですか? ポントス人には馴染みのない物ですよね?」
ポントス人の文化を守るため、かの地には魔導機器の搬入はしてはいけない取り決めだ。だから本来、持っているはずがない。図らずもノイエの証言が正しいことの裏付けになってしまった。
「……どこで手に入れたんだ? アトラスの国民なら個人証明に必要なものだが、ポントス人には配布されていないはずだが」
子供たちはシャルロットに怯えていて答えようとしない。ドミニクが代わりにもう一度問うと、リーダー格らしい少年が呟いた。
「……拾ったんだよ」
「拾った?」
「……そ。拾ったんだ」
こうまで震えられては、自分は口を挟まない方がよさそうだ。だんまりを決め込むことにしたシャルロットは端末のロック解除を試みることにして、会話はドミニクに任せてしまう。
「島のさ、俺らみたいな子供が使う学び舎があるんだけど。そこのゴミ捨て場に、こっそりあって。なんだろって拾ったら突然声がしてさ」
「ふむ。その時の声が、その……お前たちが来る原因になった指示だったってことか?」
個人端末は通信にも使える。出所はともかくとして、誰かとやり取りしていた可能性は十分にある。
「うん。びっくりして最初はほっといたんだけどさ、何度も何度も繰り返し言うもんだから、なんか怖くなっちまって。言う通りにしたら、治まるかなって」
この証言だと会話でやり取りはしていないようだ。録音された音声を垂れ流すだけのものか、文章の音声読み上げか。どちらにせよ、この子供たちも白に近そうだ。
しかし、引っかかることが山ほどある。
子供たちはノイエたちと入れ替わる形で割れ目火口の場所から離れたが、行先はジオが潜伏し調査していた潜水艇だったはずだ。その潜水艇は、海上保安庁の巡視船マリアナのレーダーに掛かった船体で間違いない。
ジオの調査結果は事前に聞いている。潜水艇は無人の自動運転でグラナート海岸までやってきた。内部を調査してもほとんどが貨物庫で、積まれたものはなかったらしい。
ジオは少年たちに取引相手だと勘違いされ、その場で話を合わせたそうだ。端末から響く音声の解除はできなかったものの、なだめて保護することができたらしい。
少年たちが集めていたのは、海底に沈殿した魔石だった。自然の力で小さく丸くなった品で、それが声のいう赤い魔石であるかは分からない。現在は捜査局が押収している。
「……ネル・ブライアンの東部が活性化していた件については、知ってるか?」
「いいや、知らない。それであそこらへんの魔力濃かったのか?」
きょとんと答えた少年に、シャルロットはさっとドミニクに視線をやった。
同じように、ドミニクの蒼眼が見あげてくる。
「あの女……アレヤ殿はなんて?」
「私達が……っていうか、アトラス側がネル・ブライアンのラクナ・クリスタルに細工をしたと思って、状態を確認しに来たそうです」
情報をすり合わせても、全く話が読めてこない。それぞれ別の目的でネル・ブライアンに集まっていたようだが、そもそもの原因については全く糸口が掴めない。
ネル・ブライアン南西部の割れ目火口群に仕掛けられていた魔法は、魔導機器で解析した情報を元にエルが調査を進める手筈になっている。仕事はした。あとは捜査局の仕事で、葬儀官であるシャルロット達の出る幕はない。端末の解析も、捜査局の技術部に任せれば問題ないだろう。
個々で動いているだけに見えるが、何か関連があるような、気がしないでもない。シャルロットの直感がそう言っている。
ただ、解析が終わるまで時間がかかる。あくまで戦力として呼ばれただけなので、やることがない。お分かりだろうか。
警備を頼まれた慰霊式典まで〝フリー〟なのだ。ならばやることは一つしかない。
そう、観光である。
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