第二章 力の矛先 2

 あまりの光量に片目を閉じる。放たれた極大の魔法弾は、シャルロットが居た場所を岸壁もろとも撃ち抜いていた。岸壁に開いた横穴のクレーターは熱で溶けてガラス状に変質し、上がった煙と大気中の濃密な魔力が反応して気温を上げる。


「流石、魔法の腕は向こうが上かぁ」


 原理は分かる。魔法陣を重ねて巨大な砲門を作り、魔力を凝縮して放っただけ。シャルロットが扱う魔導銃となんら変わらないが、やはり規模が違う。


 急激に湿った熱気が、崖下から湧き上がる。放射砲で己の魔力を散布しながら、シャルロットは未だ宙に浮き続けるポントス人に向けて叫んだ。


「ちょっと! 危ないでしょうが、殺す気ですか⁉ せめてこう、なんで此処に来たのかくらいは教えてくださいよ!」

「……───、──────!」

「はい⁉ なんて言いました⁉ 聞こえないんですけどぉ⁉ っていうか攻撃止めてくれません⁉ 応戦したら殺しちゃうかもしれないでしょう⁉」


 距離が遠いので、ポントス人の女が何を言っているのかさっぱりだった。こちらの声は届いているようなので、オーバーリアクション気味に声を投げかける。定期的に飛んでくる魔法弾を避けながら、先ほどまで怯えていた少年たちが移動しているのが見えた。


 大きなブイのついた箱を泳ぎながら押している。採るものは採ったから確実に持ち帰ろうという魂胆か。このまま追いかけたいが、流石にポントス人から目を離すわけにはいかない。


 どちらにせよ、あれだけ大きな箱だ。中に液化魔力が入っているのだとしたら、注意して扱わなければならない。魔導工学を応用した箱に見えるから、彼らが侵入するのに使った潜水艇に移すはず。そちらはジオが抑えているから、問題はない。


 気にせずあのテロリスト共をなんとかしよう。そう思っていると、ミアからの音声通信がインカムに届いた。


『着いたよ! あれが親玉⁉』

「だと思います。結構強そうな魔法士が合計六人」

『足場ないと不便でしょ、海凍らせてあげる!』


 得意げなミアの声が届くと同時に、少し離れた崖の上から人影が飛び出した。ミアだろう、命綱もなしに飛び込むとはなんて胆力だ。


凍華とうか四式──銀嶺波濤ぎんれいはとう!』


 夜闇の中、ミアが携えた魔導盾と短槍の先端が輝く。振り下ろした短槍の穂先が分離し、水蒸気を上げる海に突き刺さる。


 一瞬で海が凍り付く。波濤の名の如く、衝撃で激しく波打った海水がそそり立つ山脈のようにせり上がる。


 形式化された汎用魔法の四式は、広範囲を魔力で干渉させる極大範囲攻撃。あっという間に出来上がった氷山の上に着地して、ミアが後ろ手に手招きした。


 ここまで大規模で干渉力が強い魔法を使えるなら、ジオが渋る必要もなかったのではないだろうか。海岸一帯に現れた氷山の山々が、ミアの実力を物語っていた。


 まぁ、詮索するのは後だ。エルの言い分ではしばらく会っていなかったようだし、魔法の扱いで大切なのは練度。ミアなりに努力した結果がこれなのだろう。


 氷山にアンカーを撃ち、シャルロットはミアの側に移る。


「……お見事で」

「これなら射線も視野も塞げる。各個撃破でいいかな?」

「離れると援護ができませんが」

「いらないよ。大丈夫、」


 言って、ミアは額に上げていたバイザーを下ろして氷山の谷へ降りて行った。


「相変わらずぶっきらぼう……」


 どうやらビジネスライクな関係しかお望みではないようだ。呆れてため息をついている間に、撃ち込まれた魔法弾が足元の氷を打ち砕く。背後の氷山にアンカーを撃ちこんで離脱すると、粉砕された氷山の跡に件の女が浮いていた。


「さっきの子供たちみたいにさっさと帰ればいいじゃないですか。なんか用でもあるんです? それとも一見即殺? 乱暴ですね、目撃者皆殺しとか。ま、そうですよね、タイトロープ島まで来てラクナ・クリスタルにちょっかい出そうってんですから、そりゃあ見られちゃ困りますよねぇ?」

「よく、口が回る。やかましい女だ」


 女が杖を構え、前方に魔法陣を形成する。シャルロットは何食わぬ顔でその魔法陣を撃ち抜き──浮かんでいた魔法陣が、結晶化してバラバラと落ちていった。


「私に対して魔紋使った魔法とか、舐めてます? 使われる前に壊しちゃえば何てことないんですけど?」

「……やはり貴様、今代の魔女か」

「なんの話です?」


 魔女だなんてそんな、不名誉極まりない言葉で呼ばれることはしていないが。


 ひょっとして特異な魂の事を言っているのか?


「勝手に決めつけないでもらえます? 私はただの人間で、善良な一般市民なんですけど?」

「凡俗な人間の口から、そんな言葉は出てこない」


 返事と共に女が杖を掲げる。現れた大火球は、流石に放射砲では対処できない。魔法陣は使えないと判断したのだろう、学習能力はあるようだ。


 シャルロットは氷山の山頂から山肌を滑り降りながら、女に魔導銃を向ける。振り下ろされた杖と共に大火球が迫ってくるのを頭上に見ながら、照準は女から少し外した、対面にある氷山の一角。増していく熱気に顔をしかめながら、銃口からアンカーを撃つ。


「ならなんです⁉ 私が化け物だとでも⁉」


 自分で言っておきながら、だが。そう自負していた時期もあったな、と思わず苦笑してしまう。経緯が分かったところで、やはり他人からはそう見えるか。


 自嘲するのは止めたけれど、でも──一般人を名乗るのは、だからこそだ。私はまともだと、普通だと、ただの人間だと──言い聞かせなければ、本当に化け物になってしまう気がしている。


 ちぐはぐな性格をしていることは、よく知っているから。


「あのねぇ、人を人外呼ばわり止めてもらえ、ます──ッ⁉」


 女を挟み、シャルロットと撃ち込んだアンカーは直線状にあった。鎖を巻き取ることで、瞬間的に女に接近できる。魔法士相手に遠距離戦を挑むのは無謀だ。なら積極的に距離を詰めていくのがマストだろう。


 背後で炸裂した大火球の衝撃を受けるも、すれ違いざまに女の腹部を魔導銃で殴りつける。マズルガード付きの銃口から魔弾を三連射し、力任せに天高くへ吹き飛ばした。


 追撃に魔弾を乱射するが、直ぐに態勢を整えた女には届かない。だが手ごたえはあった。


 苦悶の表情を浮かべた女は、腹部を抑えながら再び杖を向けると背後に大量の魔法陣を生み出す。総勢数十基の砲門だ、一斉掃射されると対処しきれない。


「そうだろう。宙の落とし子、星の欠片、この世ならざる異形の者。我らがどれだけ貴様に、悲願を阻まれたと思っている」

「はぁ? 私、ポントス人と会うの初めてですけど?」

「何十、何百、先祖が立ち上がる度、対峙してきたのは貴様等だろう! 口惜しいにもほどがある、何故貴様等は、我らポントスの民として産まれ得ぬのだ!」


 いやなんで怒ってるんだこの人。自分の魂はそのまま輪廻転生を続けているらしいから、恐らく前世とか前々世とか、そこらへんの話だろうけども。


「そんなこと言われても困るんですけど……?」


 今の私に何も関係なくない? とシャルロットは思うのだった。


 過去の私が何をしたと。困惑しても魔法の雨は止まらない。シャルロットが一人で相手取っている女が一番腕が立つようで、十基以上の魔法陣から矢継ぎ早に魔法が放たれる。


「っいや、今はこいつら確保するのが先でしょ……! 知らないし、昔の事なんか!」


 移動先を塞ぐようにひしめく雷を避け、氷山の谷や峰を駆けまわる。アンカーで空を飛びまわり、時折魔法障壁を足場にしながら、魔法陣を一つずつ、着実に破壊していく。


 が、壊した側から再構築されては、労力の浪費にしかならないようだ。


「今は仕事中なんです、話なら後でしこたま聞いてあげますよっ!」


 常に頭上を取られているのは分が悪い。ただシャルロットには女ほどの機動力がない。加えて、大火力の攻撃は不得意だ。


 さて、この女をどう落とそう。魔弾を乱射しても当たらないなら、魔杭も同様。魔導銃が使い物にならないのなら、足と、左腕を使うまで。


 氷床を走るシャルロットの進行方向に太い雷が落ちる。鼓膜が破れそうなほどの轟音を堪えて急停止すると、正面からポントス人の魔法士が現れた。


 突然現れたらしいシャルロットの姿にぎょっとしているミアが、更に後方には大盾を構えて駆けてくる。偶然移動先がかち合ったのだろう。


 ならばこれを使わない手はない。魔導銃を一丁収めてから左手を伸ばし、増幅させた魔力を放出。バチバチと稲妻の残留魔力で帯電した大気を凝縮させ、歪な針結晶を作り出す。


「ミアさん防御!」


 叫んで左腕を振り抜く。浮遊して魔法士に矛先を向けた針結晶が幾本も魔法士に突き刺さる。ついでブーツの踵を輝かせて氷床を踏み鳴らし、目くらましと防御のための魔法障壁を頭上に張った。


 極光や星の光が遮られる。魔法士は全身に針結晶を受けてハリネズミのようになっており、ミアは手早く手錠を取り出して腕を拘束していた。


「ミアさん、その盾で打ち上げられます? 私」

「できるけど、ぶつかるよ? 壁」


 よいしょ、とハリネズミ状の魔法士を氷山の斜面に立てかけて、ミアが頭上を示した。広範囲を魔法障壁で覆ったため、さらに上から魔法をひっきりなしに撃ち込まれている。破られるのも時間の問題だ。


「飛んだ瞬間に解除します」

「ならおっけー」


 頭上を見据え、闇色の魔法障壁を睨みつける。移動しているだろうから、目視で探す必要はあるが。考えた策で落とせる自信はあった。


 ミアがしゃがみ、スクトゥムを構える。


「──いくよッ!」


 振り上げられた大盾を足場に踏み込み、バトルブーツの魔力増幅器をフル稼働。装甲が展開し、紅紫の魔力を迸らせてシャルロットは跳びあがった。


 魔力強化された脚での跳躍は、支えたミアの体勢が崩れるほどの威力だった。上空から落ちた大火球が障壁を粉砕し、鋭利な欠片が降り落ちる。解除すればよかったかな、とも思ったが、気にせず闇空に向けて魔弾を一発撃ち放つ。


 移動の基点にするグリップだ。障壁の欠片で頬が切れたのに構わず、グリップに向けてアンカーを撃ち込み接続。ピンと張った鎖が、際限なく上空を駆けていたシャルロットの体を引き留める。


 後はグリップを起点に、振り子の要領で蹴り込むだけ。魔法士の杖は戦闘中常に魔力で輝いているものだから、見つけるのに苦労はしない。空中に躍り出たシャルロットに狙いを定めた魔法士の女はすぐに見つけることができた。


「……ん?」


 ──が。アンカーを最大限まで伸ばした頂上で、眼下に移った風景に違和感を覚えた。このまま女を蹴るのは変わらないが、しかし。元々あった断崖の割れ目火口から溢れる水蒸気が増え、更に赤く輝きだしている。


「あれはマズい、かも──ッ!」


 ポントスの連中などに構っている場合ではなくなったかもしれない。シャルロットは体を折り曲げて重心を移すと、魔導銃を両手で握った。


 遠心力も合わせて、魔法士の女に対して両足を揃えた蹴りをお見舞いする。迎撃に放たれた炎の奔流を斬り裂きながら、揃えた両足が女に肉薄する。咄嗟に杖で防御されたが真っ二つにへし折って、女の胴体に深々と打ち込まれた。


「大人しく、しろぉーーーっ!」


 枯れ葉の様に女の体が吹き飛び、岸壁に叩きつけられる。シャルロットは振り子運動を続けてグリップの真上に戻ると、アンカーを解除して飛び乗った。


 上空からなら周辺の様子がよくわかる。活性化したまま、赤い魔力の塵が全域を覆う中、異質に見えるのはミアが作り出した氷山と、今にも噴火しそうな割れ目火口の底。海水が蒸発した白い蒸気の奥から地響きが響いている。


 この場にいる人間はそこそこ魔力を豊富に持つ人間達だ。そんな素質のある魔法士たちが全力で魔法を放ったのだから、火口直下に移動しつつあった液化魔力が影響を受けたのか。


 どうする。仮に噴火が起こった場合、魔法障壁で防御するか、抑え込むか。シャルロットは思案した結果、防御することに決めた。


 いくらシャルロットの魂がこの世ならざる者とは言え、生物学的には人間だ。地球規模の現象である大噴火に、生物一匹風情が対抗できるはずもない。抑え込んだところで圧力に負けて破壊されかねない。


「ミアさん! 捕まえた人たちを一箇所に固めてください! 噴火しそうです!」

『はぁ⁉ どうすんの、離脱間に合わな──』

「氷山を中心に魔法障壁で守ります! 抑え込むのは無理なので、その間に!」


 言って、シャルロットはグリップから飛び降り、氷山の山頂に降り立った。魔導銃を収めてクラウィスを取り出すと、ガントレットの手首から接続プラグを引き出して銃底の接続口に繋ぐ。


「〝白天を覆え! 夜闇を下ろし、帳を掛ける!〟」


 いつもの如く、五基の魔力増幅器で練り上げた魔力をガントレットで保持する。体から滲み出た魔力が周囲を包む中、噴煙を上げる割れ目火口に向け、引き金を引いた。


「いざ仰げ! 〝シールド・オブ・コスモス〟!」


 銃口を跳ね上げた強烈な反動を受け流し、虚空に叩き込まれた巨大な魔弾は、氷山と割れ目火口の中間地点で起動する。魔弾を包んでいた帯が展開し、その隙間を暗い魔力が埋めていく。複雑な紋様を組み込んだ魔法障壁は、一切の光を遮断する結界でもあった。


 本来は全周を覆う天球型の魔法だが、今回は噴火の起こった方角に魔力を固めたため半球状だ。


「氷山の維持お願いしますよ⁉ 溶けたら海に落ちますから!」

『んなこと言われなくても分かってるっての!』


 ちらりと氷山の麓を眺めると、ミアがシャルロットを見あげていた。彼女は小言を言いながらもワイヤーランスを氷床に突き刺し、魔力を注ぎ込んでいるようだった。

 足元が淡く発光する。温暖な気候と火属性の魔力で加熱した温度が、急激に冷えていく。


 あまりの冷たさにシャルロットが身震いした時、割れ目火口から眩い液化魔力が噴き出した。上空高く噴き上がった液化魔力が、さながら滝のように魔法障壁に落ちてくる。


『おい大丈夫か⁉』

「耐えてます、大丈夫ですけど──できるだけ早く収まってほしいですね!」


 あまりの濃度に、魔法障壁の裏から液化魔力の灯りが透けて見えている。がら空きの背後から湿った熱気が吹き込み、氷山の一角を溶かし始めていた。


『全員抑えられたかい? こっちはなんか子供たちがやって来たんでね、潜水艇の中に入ってもらってるよ』

『ジオ! お前その潜水艇をシャルロットのところに回せ! ホワイトフィールドは俺と一緒にミアが捕縛した奴らを潜水艇に放り込め、全員回収したら離脱する!』

『もうやってるんだなぁこれが。ミア、接岸できる場所作れるかい?』

『ちょっと形変えればいいでしょ⁉ だいじょーぶ!』


 インカムから矢継ぎ早に支持が飛ぶ中、シャルロットは魔法障壁を維持するのに手いっぱいだ。結局やってきたポントス人は全て火口周辺にいたようで、エルとドミニクは合流して足早にやって来たらしい。海側から浮遊術を使って飛んできたエルと、彼に小脇に抱えられているドミニクの気配を感じたが、振り向く余裕すらない。


 液化魔力は際限なく噴き出し続ける。障壁が破られないよう、追加で魔力を流し込んでも削られる一方だ。破られることはないだろうが、シャルロットはこの場から動けない──つまり、噴火がある程度収まるまで、逃げられない。


『シャルロット、そろそろ準備が終わる。お前も離脱準備しろ』

「いやぁ、ちょっと無理ですねぇ! 思ったよりも液化魔力が濃くて! ずっと融かされてるので、離れられないですね! 結構ギリギリなので、供給止めたらすぐに破られます!」


 あらゆる属性の魔力を不活性化させるシャルロットの魔力であっても、密度と物量には抗えない。闇属性魔力の特性が働くのも限界がある。


『おまっ、元気に言う事か! どうするんだ、海中だって海流が乱れてるんだ、潜水艇が航行するのも厳しくなるぞ!』

「うーん、どうしましょっか……! いやでも、動けないのはミアさんも同じでは⁉」


 声を張り上げたのは余裕がなかったからだが、それを元気で余裕があるように思われても困るが。動けないのはシャルロットだけではない。足場となっている氷山が高熱で溶けないよう、足場と温度を保っているミアもそのはずだ。


『そろそろ潜航しないとまずいよ、アラート鳴りっぱなしだから。大気中の魔力量増大、気温の急上昇。捕縛したポントス人たちは干渉を退けられるみたいだけど、子供たちは別だ。めちゃくちゃ暑いって言ってる』

「でしょうねぇ……!」


 あんなに未熟だったし。ぼやくと、インカム越しに声が届いていたのか小さく子供たちの罵詈雑言が響いてきた。事実しか言っていないので怒らないでほしい。


『仕方ないな。ヴェルト捜査官──兄の方、一時的にでいいから海上に足場を作ってくれ』

『何するつもりだ』

『噴出する液化魔力共々吹き飛ばして方向を変える』

「それっ、島燃えません⁉ 火着いたら大変ですよ⁉」

『お前たちが此処から逃げられんことの方が重要だ。液化魔力自体燃えてるようなもんだろうが。可燃物でもあるまいし』

『どうにかできるんだな』

『当然だ』


 どこか不審げに問うたエルに、ドミニクが即答した。確かにそれしか方法がなさそうだが。


『分かった、頼むぞ』


 なんか手が離せないうちにとんでもないことになっている気がするが、正直考える余裕もない。


 でもなんか嫌な予感がするなぁ。ドミニクさんだしなぁ。


『シャルロット、少しだけ障壁を持つようにして備えておけ。潜水艇に入る時間が確保できればいい』

「わ……っかりましたよ! ミアさんもそれでいいですよね!」

『ほんとに頼んだんだからねホワイトフィールド君!』

『任された』


 魔法障壁の表面は焼け爛れ、変質した魔力の残骸が海に溶け落ちている。裏から障壁を厚くして、表が削られての繰り返しだ。どうにか負担がなくなれば、瞬間的に強度を強めることも可能だが。


 できれば、早く楽にしてほしい。遠方で動き始めた相棒に、シャルロットはそう願った。



 *



 「おい、お前も気をつけろよ!」


 潜水艇の入り口からエルが言って、手近な場所に氷床を作った。船体から氷床に飛び乗ったドミニクは愛刀を抜き、割れ目火口を見据える。


 着ていたロングコートは魔力を込めて子供たちにくれてやった。多少は過熱した魔力の影響を和らげてくれるはずだ。惜しげもなく晒された背中は、過熱された大気でひりついている。


 眼前には巨大な氷山と、それを覆うように展開されている闇色の魔法障壁がある。岬を二分するように深く開いた亀裂から、莫大な量の液化魔力が天高く噴きだしていた。地中深くから湧きだす星の生命力そのものだ、流石にシャルロットでも耐えられない──というか、よく耐えている方だ。魔力制御に難があり、いくら魔力増幅器による補助があるとはいえ、彼女の制御技術あってのものだろう。


 打開する方法は単純だ。火口が狭いから一点に液化魔力が集中し、質量で押し潰される。なら、火口を広げて量を分散させてしまえばいい。


「さて、相手が相手だ。本気でやるか」


 ぼやいたドミニクが愛刀を上段に掲げる。狙いは一点、今まさに噴火を続ける割れ目火口。背中と首元の悪性細胞が青白い光を放ち、鱗が逆立った瞬間、膨大な魔力が噴き出された。


 衝撃が水面を揺らす。顔を隠していた前髪が翻り、視界は広く眼前を見据える。無茶に答えてくれる黒鋼の刀身が濃密な魔力を吸い上げて青く輝き、さながら星のような光量を持った。


 ──普通に考えれば無茶だ。地形を変えるほどの魔法は、人間には扱えない。余程のイレギュラーか、それこそ、人外以外は。


 ならばできて当然だ。癌兵器であり、星の欠片であり、人知ならざるこの身なれば。


「〝ぜっけん──れつ〟!」


 魔力を極限まで込め、最早手足と化した妖刀を振り下ろす。剣閃と共に吐き出された魔力の斬撃が、液化魔力共々割れ目火口を飲み込んだ。海面から崖の高さに匹敵するほどの厚みを持った魔力の奔流が、軽々と地盤を粉砕し火口を押し広げて破壊していく。


 一瞬、空が日中の青空に戻った。そう錯覚するほど闇を照らした魔剣の一振りが、液化魔力すら崩壊させて消し飛ばす。


 爆発すら起こらなかった。全てが光に消えていった。


 力づくで押し広げられた火口から、カーテンのように液化魔力が噴き出す。かなり奥地まで斬撃が入ったのか、シャルロットが維持する魔法障壁へ落ちる量は減っていた。


 これならしばらく持つだろう。シャルロットの方は問題ない。


 ただ──もう一人の方は別かもしれない。


 ドミニクから見て、ミアの実力は五人の中で一番劣る。魔力防御が心もとない人間など、ドミニクからしてみれば素人にもほどがあるのだ。よく頑張っている方だとは思うが、氷山の維持で手一杯で、体力も魔力も消耗しているはず。このまま潜水艇までたどり着けるものか。


「……仕方ないな」


 シャルロットが魔法障壁の強化をするのに数秒かかる。その間に回収してしまうか。


 ドミニクは刃を収めて氷床の上から跳躍すると、氷山に短槍の切っ先を差しているミアに近寄った。


「失礼、ヴェルト捜査官」


 シャルロットが移動するまで保てばいい。これだけ巨大な氷山が、外気温ですぐに溶けることはない。マグマのような液化魔力が落ちてくる危険性がなくなった今、氷山の強化をする必要もない。その判断もできないとは、少々視野が狭いなとドミニクは思った。


「もう離脱できる、魔力供給を止めても大丈夫だ」

「えっ──っうわ!」


 返事も効かずにミアを俵担ぎにし、一度の跳躍で潜水艇に飛び移る。そのまま下ろして中に入るよう促していると、まだ氷山の頂上にいるシャルロットから連絡が入った。


『これで大丈夫です、離脱しま──ハァ⁉』


 遠方にいるシャルロットと視線がかち合った。彼女はドミニクがミアを運んだことに気付いたのか、嫌悪感丸出しの声が耳に刺さる。


「何を驚いてる、さっさと来い」

『~~ッ、じゃあグリップ! アンカー撃って移動しますから!』


 何故シャルロットが声を荒げているのかよく分からないが、頼まれた通りにグリップ代わりの魔力球を用意しておく。


 潜航するには入り口を閉鎖しなければならない。待っていると、魔法障壁の維持を終えたシャルロットのアンカーが魔力球に打ち込まれた。鎖を急速に巻き取って接近してくるシャルロットの速度は速く、反動で海に放り投げられてしまいそうだ。戻ってきた彼女の腕を取って抱き留めると、ぽかんと口を半開きにした後で、思いきり引き剥がされた。


「ち、近い! 別に止めてもらわなくてもいいんですけど⁉」

「船体に傷がついたら困る」

「大丈夫ですってば! なんなんですかドミニクさんはもう!」

『ほら、喋ってないで中入って!』


 ドミニクは再びシャルロットを抱えると潜水艇の入り口に放り込んだ。中は人でぎゅうぎゅう詰めで、シャルロットは生温い湿気にむせていた。


 小さな咳を聞きながら、ドミニクも入り口に飛び込むと蓋に手をかけ、割れ目火口を一瞥した後に入り口を閉めた。

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