第一章 神への反逆恐るるに足らず 4
成すべき仕事は山積みだ。後日に態勢を整えて、捜査官二人と葬儀官三人でネル・ブライアンの麓に入る。
流動性の高い液化魔力を噴出するネル・ブライアンの山麓は、草木は殆ど生えていない。流出した液化魔力が広がって固まり、地表は赤褐色の魔石で覆われている。こうして広く分布する魔石の中から、純度の高い魔石を探して採石する。採石工は、魔石の目利きと技術の必要な仕事だ。
普段は採石工たちの車や作業設備が点在しているらしいが、調査部隊が大けがをして帰ってきてからは作業を止めているのだという。
麓を走る車は、シャルロットが駆るオフロードカーだけ。純度の低い魔石の欠片を散らしながら、車を向かわせるのは閉じた火口の一つだ。
「少し離れた場所に停めてくれ。ある程度火口に近づいてからは徒歩だ」
「急に噴火して車がダメになったら足がなくなっちゃうからね」
路面状況は悪い。できる限り平たい場所に停めたいところだ。
「ここですよね。機材の準備はお願いします」
車のエンジンを止め、降りたドミニクがルーフキャリアに積んだ武装を下ろす。
トランクから魔導機器を詰め込んだリュックを背負ったのがミアだ。武器は大型のスクトゥムと短槍らしく、ドミニクから受け取ったそれらは肩がけのベルトと繋げて携帯している。背中はリュックで塞がっているから、臨時の持ち運び方だろう。
大ぶりな盾を使うからか、身につけた装備もプロテクターが多め。守備を主体とした魔導騎士、といったところだ。
エルは魔法士らしく、武器は身の丈以上の長さを持つ槍。魔石が多く散りばめられていて、杖の機能も兼ねた杖槍といったところだろう。
「さーて、始めるかぁ」
仕事は二つ。魔法的に閉じられた火口を開き正常に戻すことと、ポントスの人間がいた場合には確保・捕縛すること。攻撃された場合には応戦許可が出ているので、火口の処理をする側と交戦に備えて待機する人員で役割分担をした。
火口の処理はシャルロットとミアが。ポントス人に備えておくのがエルとジオ、ドミニクだ。
「魔法の解析はミアに任せちまって構わねぇ。魔導式の爆弾処理もできるし、魔導機器には一番詳しいからな」
「ソフト面だけ、だけどね」
「ジオとホワイトフィールドは散開して警備だ。ミア、状況と解除方法がわかったら教えろ」
「おっけ。んじゃ、シャルロットちゃんはあたしの護衛よろしく!」
先日二人きりになった時の態度とはうって変わって、兄二人を話す時の声色だった。
ウインク一つを残してエルに駆け寄ったミアを、シャルロットはどこか冷めた目つきで見つめていた。
ジオ達がいる手前、他人に対して当たりが強いところを見せたくないのか。それとも軽蔑されない良い妹で居たいのか。裏の顔を見てしまっている以上、薄っぺらく滑稽にしか思えない。
ただ、どこか空元気にも見える。妙に思って首を傾げていると、実弾のアサルトカービンを携えたジオに肩を叩かれた。
「ミアの事、任せたからね」
「いやまぁ、それはもちろん。護れと言われたなら護りますけど」
「ん? なんか微妙な顔してないかい?」
ジオは実兄だから、ミアの事はよく知っているだろう。
「なんか私、ミアさんに嫌われているみたいなんですけど」
問うと、ジオはまたか、と言わんばかりに頭を抱えた。
「あぁ……それか。気にしないでいいよ。いつもの事だ」
「いつもの?」
「あの子、なんか私達双子に女性が近づくのを嫌がってるようでね。昔からなんだ」
つまりはなんだ。あれか。コソコソと小声で問いを重ねてみる。
「……失礼かもですけど、ブラコン?」
「……かなぁ。そこまで重くはないだろうし、あの子ももう大人なんだけどねぇ」
「いや、うーん、なるほど……? ならわからないでもない気がしますけど」
はい、と差し出された魔導銃入りのハーネスベルトを装備しながら、シャルロットはエルと話をするミアの背中を眺めた。
確かに兄妹仲はいいのだろう。ジオの語り口調だってとても穏やかで、ミアの事を心から想っているのは感じ取れる。
「大人なんだけど、っていう言葉が通用する歳ですか? 私よりも上ですよね」
だってジオさん確か──口を開いた途端に、ジオに人差し指を押し当てられた。
そこから先は失礼だ、と言わんばかりの行動である。
「私は三十七歳だよ。正直もうオッサンさ。でもあの子とは結構歳が離れててね。血も繋がってないし」
私から言えるのはこれだけだ。ジオは続けた。
「私もエルも兄だけど……親代わりみたいなところも、あったから」
それきりジオは口を閉ざして、兄妹の元に向かってしまった。
ジオ兄、とミアが顔を綻ばせて手を振る。エルはお前な、と私事を話そうとして、今は仕事中だとジオに静止されていた。
傍から見れば、仲の良い三兄妹だ。けれどどこか歪な在り方に見えてしまうのは、気のせいだろうか。
「お前、この間会議室を出る前、彼女と二人で話してただろう。何があった」
愛刀を腰に差し、コートの襟を立てたドミニクにシャルロットは言った。
シャルロットが普段より大人しいのに気づいたのだろう。元々気になっていたのか、ドミニクがそっと横にやってきて小声で問うた。
「まぁ、ちょっと。一方的な私怨ですよ」
「仕事に支障のないようにしろよ」
「気を付けるのはあっちですよ、私じゃないです」
「ま、頑張れ」
「投げやり! 過ぎるん! ですけどぉ⁉」
女同士のいざこざに首を突っ込むつもりはない。そんな態度が目に見えて、シャルロットはドミニクの背中を思いきり叩いた。
*
火口といっても丸い穴ができるわけではない。それはホットスポット直上にあるものだけで、今回閉ざされたのは地面に亀裂が走った形の火口だ。地中深くを巡る液化魔力が、地盤が弱い部分や裂け目から噴き出した場所である。
「うーん、見た感じは普通に見えますけど」
たどり着いた火口の縁から、深い亀裂の底を覗き込む。直ぐに光が届かなくなって真っ暗闇しか見えない。
「ここ、数か月前までは液化魔力噴いてたんだって。活動は消極状態になったけど、下の方に液化魔力が溜まってたみたいだよ」
「なら、暗いのはおかしいですね」
「まー、だからおかしいなーって分かったんだけどね」
仕事に支障のないようにしろとは言ったし、ミア側も私情を挟むつもりはないらしい。『こいつ嫌いだな』と思いながらも口に出さない雰囲気が張り詰めている。
が、それはシャルロットとしても同じだ。ミアは同僚であるジオの妹。だから身の安全くらいは、自分が保証しておかないといけないだけで。
「ほいこれ」
ミアが手持ちの端末で画像を見せてくる。数か月前、採石工たちが作業のために取った現場写真だ。
足元は高純度の赤い魔石に覆われ、亀裂の底は朱色に輝いている。これが本来の在り方なら、今はまさに休眠状態に見える。
「素人目には落ち着いただけに見えるよね」
「火口が閉じたって言ってましたよね。でも物理的に口が閉じてるわけじゃないから……」
シャルロットは足元を探して、手近なサイズの石ころを手に取った。出荷がままならない低純度の魔石を、そのまま亀裂に向けて放り投げる。
投げ込まれた石ころは、亀裂に吸い込まれることなく弾かれた。火口を覆うように展開した楕円状の魔法陣が壁になったのだ。
「閉じた、というより……蓋をした、って感じですかね」
「そうだねぇ……上から魔法をかぶせただけなら、解除簡単かも」
言って、ミアが背負っていたリュックを下ろし、封を開ける。中から緩衝材に包まれた魔導機器と、小型の端末が複数個出てきた。
「ごめんけどこれ、火口の周りに置いてきてもらえる? できれば魔紋の接点がいいんだけど……分かる?」
「一瞬だったから、正確な位置までは」
「おっけ。じゃ適当に、等間隔で配置してくれたらだいじょぶ」
ミアは魔導機器のセッティングを始めたので、シャルロットは受け取った小型端末を持って火口の縁を回る。
先端が尖った小型端末を魔石化した地面に突き立てると、地下からの魔力を吸い取って端末が起動した。順に設置していくたび、端末同士が魔力で繋がれていく。
全て設置し終えると、端末が円状に繋がり、魔法陣を形成した。
「これで解析した後はエルさんに任せるんでしたっけ」
シャルロットは問うた。あくまでこの魔導機器は仕掛けられた魔法の組成構造を解析するものだ。解除自体はできない。
「そそ。魔法陣だったからねー、描いてある魔紋の結束点壊しちゃえば無効化できるし」
土魔法とかで物理的に埋められてたらどうしようかと思ったけど。
ミアが端末を操作するたび、亀裂の上を魔法陣の光がなぞっていく。次第に隠蔽されていた火口を塞ぐ魔法陣が露わになり、魔導機器が解析完了のアラートを鳴らした。
「どうです?」
「……うーん、埋めてあった方がマシだったかも。これ、ただの蓋じゃないや」
ミアが魔導機器のディスプレイを差し示す。映っているのは、今しがた解析したばかりの火口内部の形状と、魔力の流れと濃度が示された複合データだ。
火口は深く、地下深くまで空洞が開いている。亀裂の下部、中ほどまでは高濃度の魔力反応があり、これが地下に眠っている液化魔力だ。
が、その上方。仕掛けられた魔法陣により、火口直下に向かって強力な魔力の流れができている。魔法によって圧力がかけられていて、力づくで噴火が起こらないようになっていた。
この火口は一時的に活動が弱まっているから特段影響はないが、これが活発化している火口に仕掛けられた、かもしれないとなると──
「とりま、みんな呼ぼう。ここは大丈夫っぽいし」
ミアの表情が若干固い。再び魔導機器に視線をもどし、更なる解析を始めたミアに変わって、シャルロットはエルと連絡を取った。
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