第一章 神への反逆恐るるに足らず 2


 後日、アズテック諸島は本島、タイトロープ島。霊峰ネル・ブライアンがもたらす魔石資源と、孤島故の豊かな自然を生かした観光産業。この二つを柱として発展してきた、アトラシア大陸東方の諸島群だ。


 その市街地に建造されたタイトロープ警察署に、シャルロット達は赴いていた。現地調査を続けている捜査官──エルとジオの妹らしい──から、情報を共有してもらうためである。


 エルは先んじてタイトロープ島に移動したそうで、名指しで呼ばれたシャルロットを中心に、特別葬儀官の面々は裏口から警察署に入った。


 室内はなんだかぴりぴりしている。タイトロープ島でも一番警備が厳しくなる時期だからだろうか。


「待ってたぜ、ひとまず二階の会議室を借りた」


 警察官の武装と特別葬儀官の武装は物々しさが違う。やってきた葬儀官三人を物珍し気に観察する職員もしばしばだ。


 まぁ、仕方のないことだと思う。シャルロットは魔導兵装を三基、魔導銃二丁の重装備。


 ドミニクは襟を立てて口元を隠した大振りなコート姿で、不自然に持ち上がった裾の端から鞘が見えているし。


 極めつけは使う者も滅多にいなくなった実弾兵装で武装したジオである。


 こんな重装備、人間相手には使わない。制圧はスクトゥムと各種魔導銃で事足りるのだ。


 魔法士らしくローブ姿のエルの先導で会議室に入ると、一人退屈そうに座っていた女性が弾かれたように立ち上がる。


「エル兄!」


 あまりの勢いに、彼女が座っていた椅子が倒れて大きな音を立てた。


 が、そんなこともお構いなし。先に入ったエルに我先にと近寄って、小首を傾げて歓迎してみせる。


「来てくれるって思ってたよ―! 流石にあたし一人じゃ手に負えないからさぁ」


 肌は白く、切り揃えたオリーブグレーの髪が印象的だ。瞳は藤色で、ジオとエル、どちらとも似ていない。目つきは双子と逆のつり目だ。


 背丈はジオ達よりもやや低め。体格も普通。雰囲気も──無邪気に兄を出迎える様子は隙だらけだ。エルと比べて、そこまで凄腕という印象はない。得体が知れない、という不気味さもない。


「やっぱこういうヤバそうな相手だったら、エル兄にはいてほしいなーって……ん?」


 ようやく、エルの後ろからぞろぞろと入ってきた人間に気付いたらしい。


 完全に身内のノリだったのが恥ずかしいのか、はたまた兄妹の時間を邪魔されたと思ったのか。はじけるようだった笑顔は鳴りを潜め、エルの妹はすぐさま検分を始めたようだった。


「お前が頼んだのは事態を解決できる人員だ。俺だけじゃ無理だと思ったから、応援を呼んだ」

「やぁミア。久しぶりだね」


 先日と同じように、ジオが軽く手を上げて妹──ミア・イリィ・ヴェルト──に言った。


「ジオ兄……」

「なんだい、兄さんへの反応とは大違いだ。ま、私がいてびっくりするのも分かるけどね」


 同じ双子の兄弟なのに、ミアの反応は正反対とも言えた。エルを歓迎していながら、ジオのことはどこか複雑に思っていそうな印象がある。


 ジオがミアに向けたのは、実兄に向けたのと同じ優し気な微笑だ。事態を飲み込むように小さく頷いたミアの顔から、困惑は直ぐに消えた。


「ジオ兄、なんでこっちに?」

「俺が呼んだ。お前がしたのは事態を打開するための応援要請で、人員方法共に問わず、だっただろ?」

「だからって葬儀官呼ばなくってもさ。エル兄だけで足りると思ったんだけど」

「馬鹿言え、相手がポントスの連中かもしれねぇって初っ端に伝えてきたのはお前だろ。念には念を入れただけだ」

「でもさぁ」


 相手がどんな人間なのか、検分していたのはシャルロットも同じ。ミアは不服そうに視線をシャルロットに移し、更に横のドミニクを眺めて、少しだけ目を見開いた。

 分かるか分からないか、表情の動きはギリギリだった。驚いたがぐっと堪えた、と言った方が正しいだろうか。


「なる……いやエル兄、これとんでもない人たち呼んできたね? だってあれでしょこの二人、アウロラの癌災害を未遂で止めたっていう……」

「そうだ。シャルロット・S・ソーンとドミニク・ホワイトフィールド。攻守ともに申し分ないだろ? 加えてへーデルヴァーリ葬送庁長官がジオもつけてくれたからな」


 どうも、とドミニクが小さく会釈をした。


「流石、顔が広いですね」

「一方的に知られてるだけだ。大体、もうお前も似たようなもんだろうが」


 ちなみにだが。先日のアウロラでの騒動は全国ニュースでも大きく取り上げられ、特別葬儀官として名前は出なかったものの、〝東部アウロラの葬儀監督署の特別葬儀官は桁外れの強さを誇る〟と認知されてしまったようだ。


 元々、葬送庁内部でも腕利きが集められた部署ではあり、課員がパムリコ島の惨劇を生き残ったこともあって、多方面から一目置かれていたようだ。鋼鉄のキャンサーもテオドリックも、規模で言えば災害と例えて等しい。被害が出なかっただけで、キャンサーの規模は過去最大級だった。


 それを、負傷はあったにしろ関係者は全員生還。インフラや建物への被害も、丸ごと消え去った地下駐車場一箇所のみ。アトラスにとって重要な資源であるラクナ・クリスタルに干渉されたにもかかわらず、市民生活への影響はなし。


 こんなにもほぼ完璧な対応をされたら、目玉が飛び出るほど驚くのも当然か。


「エル兄に葬送庁との伝手ってあったっけ?」

「貸しがあってな。今回の件を片付けるのにちょうどいいと思って、俺から打診したんだよ」

「貸し? え、聞いてないけど」

「そりゃあ言ってないからな。葬儀学校からの依頼で、シャルロットに魔力制御を教えてやってたんだ。まぁなんだ、こいつは俺の弟子みたいなもんだな。ものになるまで時間がかかったが、その後の活躍ぶりを見てると……ま、誇らしくはあるぜ」


 どことなくエルが満足げに言うので、何故かミアが露骨に嫌そうな顔をした。ドミニクに移っていた視線は再びシャルロットに戻って、つま先から頭まで、何故か舐め回すように観察される。


 居心地は悪い。実兄に女の知り合いがいたことがそんなに受け入れられないのか。


「こいつは魔力生成に癖がありすぎてな。それでろくに戦えそうになかったから、葬送庁が特注の専用武装を作ったタイミングで、なんとか使えるようにしてくれ、って基礎の基礎から叩き込んでやったわけだ。教えがいがあったぜホント」

「あの、勘違いされると困るんで言っときますけど、別に親しいわけではないですから。確かに師匠ではありますけど、それだけです」

「シャルロットの言う通りだからな? お前、昔から俺らの周りに女の気配がすると機嫌悪いよなぁ」

「ふうん……?」


 釘を刺すように先に伝えておくも、ミアはやはり不服そうだ。


 何か? この女ブラコンなのか?


 あまりに居心地が悪くてドミニクの背後に隠れたいくらいだが、あからさまな態度をとってそうなんだと思われても困る。


 ちらりとドミニクの顔を見上げる。俺は何も知らんとばかりにわざとらしく視線を逸らされた。


「まぁそんなんで、顔なじみだったってだけですから。深堀することはないんで」

「釣れねぇんだぜこいつ。あまりに仕事ができそうなんで捜査局にスカウトしたら『葬儀官になると決めているので』ってバッサリだ」

「……兄さん、今余計なこと言ってるって気づいてるかい?」

「あ? あー……そうだった」


 横から助け舟を出してくれたジオの言葉にやっと気づいたのか、エルは首の後ろを掻きながら苦笑した。


 女が側にいると機嫌が悪くなる、という話だったから、彼らが一緒に生活していた時にも起こっていたのだろう。案外、エルは人の感情の機敏に疎いのかもしれない。あるいは成長した弟子に出会えてテンションが上がっていたか、どちらかだろう。


 どちらにせよ、私語はここまで。今は勤務中だ。


「ミア、そろそろ仕事の話をしよう」

「……まぁ、いいや。うん。あたしはタイトロープ警察署のミア・イリィ・ヴェルト巡査。アズテック諸島で起こる魔法犯罪に対応してる」


 ミアはぎゅっと目を瞑った後、感情を切り替えるようにして真顔になった。名乗る言葉に、若干苛立ちが籠っている気がする。


「ま、座って座って。今分かってること共有しとくね」


 押し殺すような声色だった。促され、適当な椅子に座る。


 席は多くあるのにドミニクが真横に座ってきて、心細いんだか素なんだか、無自覚なんだか。別に気にしないし、男ならドミニクがいるとミアに分かってもらうにも必要であるが。


「事の発端は、タイトロープ警察署にネル・ブライアン山麓から緊急通報があったことでね。調査中に魔法で襲われたって話だったから、魔法犯罪に対応できる人員で救助にいったの。元々ネル・ブライアンからの魔力供給が不安定になってて、それの調査に行ってること自体は知ってたから動けるようにはしてたんだけど、まさか魔法で攻撃されるとは思ってなくてねぇ。現場もてんやわんやで」

「で、警察庁の俺のとこまで応援要請が来た、ってわけだ」

「あれからネル・ブライアンへは入山規制がされてて、魔石の採掘業者でも中に入れてない。だから分かってることは、学者先生たちが調べてくれた火口の異変だけ。詳細を調べて、ネル・ブライアンからの魔力流入量を正常化させるのがまず一つ目の目的」

「もう一つの目的が──学者先生方を襲った犯人の特定と逮捕、って訳だ。作業量も多いし、訓練受けてるとは言え普通の警官にゃ荷が重い。それで、俺が人を集めてきた」


 少し時間がかかって悪かったな、ミア。


 エルが言うと、彼女はずっと能面のようだった真顔を少しだけ崩した。


「で、方法だけど……エル兄が人を集めてこっち来る間に魔導機器を準備しといてね。火口が魔法的に閉じてることだけは分かってたから、どうしてなのかを分析して、解除する。あたしはあんまり魔法得意じゃないから、エル兄の手が必要だったってワケ」

「んでもって、仮に火口が開けたとしても、閉じてたもんを開けるんだからどんなイレギュラーが起こってもおかしくねぇ。ネル・ブライアンは活発な活火山だ、開けた瞬間に噴火が起こることも考えられる。それで、魔法障壁を即座に貼れる人間としてシャルロットを引っ張ってきて──」

「オマケで私とドミニクが来た訳だねぇ」


 実際はオマケなんかではない。ジオが視た予知夢に対処するためであるが、そこは伏せておくのか。


 ミアはジオの予知夢の事を知らないのか、知っていたエル以外の警察庁の人間には明かさない予定なのか。どちらにせよ、ここで言及することではない。


「葬送庁の最強クラスにギフテッドだ。これだけのメンツを揃えりゃ、相手が魔法犯罪犯であろうがポントスの連中だろうが対応はできる」

「戦力過多なきもするけど……ま、いっか。けが人が出ないのが一番だしね」


 ミアは深く追求することはなかった。


 詳細を纏めた書類があるそうなので、詳しい段取りはそちらで確認することにして、ひとまず顔合わせは終了だ。


「あ、それでさぁ、エル兄」

「なんだ?」

「一つ仕事増やしてもいい? 魔犯捜査局には伝えてあるんだけど」

「デモ警備の話だろ? それまでに本題が終わってたらな」


 話が終わったかと思えば、ミアとエルの会話には思い当たる節がない。なんだろうとドミニクと二人顔を見合わせると、『あぁ、悪い』とエルが一言告げた。


「タイミングが良かったもんで、俺らにもデモの警備に入ってほしいって要請があってな。デモ会場と慰霊式典が行われる慰霊公園は場所が離れてるから、警察の人員を二つに分けなきゃならねぇそうだ」

「だから毎年人手が少なくてさー。それでこのネル・ブライアンの騒ぎじゃん? こっちもピリピリしててねー」

「式典までにネル・ブライアンの騒ぎが解決できてたらってことで、了承したんだ。よかったよな?」


 理屈としては分かるが。警備は警察の仕事では。


「それ、こっちの上にも伝えてる?」


 大体実弾武装の私に何を守れって言うんだい? カウンタースナイプでもやる?


 ジオが少しだけ揶揄するように答えた。実弾は魔法ほど威力調整ができない。制圧に使うことは即ち、被害者が出ることを意味する。


「伝えてるよ。そもそもそんなに早く事が終わるとも思ってねぇし……ついでだついで」

「肝心なところで雑だねぇ相変わらず……まぁ、何事もないのが一番さ」


 ね、とジオがドミニクに投げかける。


「……警備は班分けすることになるのか」


 応じて、ドミニクが問うた。慰霊式典には出たくないのだろう。


 なにせ犯人だ。どの面下げて出向けというのか。


「そうだけど、班分けはまだ決めてないよ」

「特別な理由がなければデモの警備につかせてくれ」

「いいけど」


 ドミニクがほっと息を吐いた。横目で見ながら、じゃあ自分が代わりに式典会場に行こうか、などと考える。


 パムリコ島の惨劇をドミニクが忌諱するのは、本人が望まない犯行だったからだ。

 弔いたい気持ちはあるだろう。祈りを捧げたい気持ちはあるだろう。けれど被害者達を殺した張本人が、そんな言葉を吐いていいものか。


 生真面目で正義感のあるドミニクのことだから、そう思っているに違いない。


 であるならば代わりに祈ろう。そのくらいは、許されるはずだ。


「んじゃ情報共有はここまでにしといて、明日から動こう。まずは火口を魔導機器で調べて、開けられそうだったら逐一開けていくからね──あー、あと。これは伝言なんだけど」


 ひとまず会議は終わりだ。明日の準備をした後で、今日は解散。各々立ち上がったシャルロット達に、慌ててミアが言った。


「ジオ兄達は準備いいから、市役所に行って。会いたい人がいるんだって」


 市役所。はて、タイトロープ島に知り合いはいなかったはずだが。それかアウロラの一件を聞いて話をしてみたかった人物がいるとか。


 それにしたって場所が場所だ。葬儀監督署でもないし、一体誰だろう。


「市役所? 名前を出せば分かるかい?」

「うん。受付でジオ兄の名前出せば分かるようにしてあるって」

「分かった。じゃあ準備は兄さんたちに任せるね」


 穏やかに返したジオに、ミアがほんの少しだけ目を細めていた。さっきからなんなのだこの女の反応は。


 目的の人物はジオらしいが、ミアが『ジオ兄達』と言っていたのでシャルロット達も一緒にだろう。それに関しては何も問題がないが──


「じゃ、さっそく行こうか」

「……気乗りせんが」


 ジオがドミニクを引き連れて会議室を出る。エルは椅子から立って伸びをしながら、ローブの裾を整えて背を向ける。


 途端にミアの視線がシャルロットを向く。冷ややかな、若干の敵意にも似た──メタンハイドレートの様な、冷たくも燃え盛る熱。


「なんです? 私にまだ何か」


 初対面の人間に対してこの視線は異常だ。問い詰めておく必要はあるだろう。


「エル兄の弟子なの、ほんと?」

「実際に魔法を習ったわけじゃないですよ、魔力制御の基礎を習っただけです。汎用魔法は使えませんし」

「魔力制御なら葬儀学校の教官でも教えられそうなもんじゃん。特別葬儀官を目指すためのカリキュラムあるんでしょ? その為に教官もいるだろうし」


 なるほど、ミアは本当にシャルロットがエルに師事していたのか疑問に思っているようだ。


 その疑いも納得で、確かに彼女の言う通りではある。葬儀学校には対癌戦闘を学んだ教官がいるし、魔力制御から魔導銃の使用方法、さらには自分の特性を生かした武器の選択など、各方面に対して手厚いサポートを受けられる。


 徹底してやらないとキャンサーに殺されるので、教官たちの指導技術も高いのだ。


 そんな教官たちを差し置いて、現役の捜査官であるエルが指導役に呼ばれた理由は。


「たとえ話になりますけど」


 一言前置きして、シャルロットは言葉を選ぶ。


「水道の蛇口があるじゃないですか。こう、きゅきゅっと捻ると水が出ますよね」


 手で蛇口のハンドルを捻る動作をしてみせると、ミアは眉間に皺を作ったまま小首を傾げた。


「普通の人は蛇口が制御弁になってて、開けたり閉めたりできるんですよ。でもなんか、私の魂って蛇口の先になっがいホースがついてるらしくて。シャワーヘッドの接続口がついてるらしいんです。でもヘッドがなくって、蓋してあって」

「は?」

「出口がなかったんですよ。そのまま蛇口を捻り続けたら圧力で蓋が吹っ飛んじゃいますよね。だからエルさんにシャワーヘッドのつけ方と使い方を教えてもらったというか……?」


 一般的に魔力の生成と制御は一括して行うものだが、シャルロットはそうではなかったらしい。


 エルの分析だと、魔力生成と魔力制御を別ベクトルで行っているため、互換性が取れていなかったのだという。つまり、幼少期によく魔力を暴走させていたのは、魔力を生成するだけ生成して制御しようとしていなかったから。


 まだ、自分の魂が星外のモノだと知らなかった時期の話。いくらやってもうまくいかない様子に違和感を覚えた教官たちがアトラスでも有数の魔法士であるエルを頼ったのは、自分たちの制御方法がシャルロットには適応されなかったからだ。


 エルの魂質量は一般人の約二倍。出力が大きければ、制御方法も違うのではないか。そして期待通り、やってきたエルはシャルロットの特異性を見破ったのだった。


「まぁ、結局少しの量を垂れ流しにするのが一番安定するのが分かったので、その状態で安定するように反復練習して、実戦も付き合ってもらってました。半分はエルさんの興味でしたけど」


 シャルロットが複数の魔導機器を同時使用できるのも、この生成と制御を分割して行っているからである。長いホースの道中にそれぞれトリガー付きのシャワーヘッドがついているようなものだ。


 それでも、魔力生成量がずば抜けて高く、魔力の導線たる命脈に負荷がかかり過ぎてしまう。体に負担がかからないよう、ごく少量の魔力を常に生成し、魔導機器で増幅させた魔力をフィードバックさせて改めて制御する。こんなやり方になったのである。


 少量とはいえ、アイドリング状態から少しエンジンを噴かせるだけだ。ほぼ起動していないに等しいが、それが限界だった。


 まどろっこしいことこの上ないが、常人には扱えない方法なのも確か。そしてシャルロットの強みとなったのも確かだ。


 ──魔力というものは、人体には毒だ。唯一の例外が、己が魂から生み出した魔力だけ。


 そして一度体外に放出してしまえば、大気中の魔力と混ざる。異物の混ざった魔力を再度取り込むなど、正気の沙汰ではない。


「……ワケ分かんないんだけど」


 ミアの声がワントーン下がった。


「えっとつまり、質や量の違いはあるけど、私とエルさんの魔力制御の方法が似てたってだけです」

「教官が無理だって匙投げて、それで終わりにならなかったんだ。なに、特別扱いでもされてたの?」


 苛立ちを隠そうとしないミアに、シャルロットは返事をしなかった。


 沈黙は即ち肯定である。葬送庁の長であるルクスフィアとして、シャルロットは必ずドミニクの隣に置けるよう戦えなければならなかった。特別扱いという言葉も、嘘ではない。葬儀学校の同期からも、お気に入りが過ぎると言われたことはある。


 しょうがない、真実だ。シャルロットは僅かに目を細め、ミアを見つめた。


 しばらく睨み合いが続き、埒が開かないと判断したシャルロットは、おもむろに目を閉じて踵を返した。


 何故かミアに、初対面の段階で好かれていない。それだけで十分だった。


「私が嫌いなのは分かりましたけど、仕事には支障のないようにお願いしますね」


 ──見殺しにされたらたまったもんじゃないので。


 振り向きざまに瞳を開く。吐き捨てた言葉にミアが片眉を吊り上げたのが見えたが、二人ともこの後やることがある。後ろから槍の様に突き刺さる視線を無視して、シャルロットは会議室を出た。

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