MISSION:2 Awakening the White witch

第一章 神への反逆恐るるに足らず 1

 シャルロットの父、テオドリックを火葬してから数か月。既に季節は夏を過ぎ、湿気も温度も下がってきた頃。直属の上司である葬送庁長官、ルクスフィア・V・へーデルヴァーリからの勅命があるとのことで、シャルロットはタブレットを準備してオフィスのローテーブルに座っていた。武装を外した、ブラウスにコルセットベストとショートパンツの組み合わせである。足元は私物のパンプスだが、穿いたタイツだけは強化繊維で作った特別製である。


 用意したタブレットは一つ、内蔵カメラも一つ。二人が画角に入るには少々狭いが、仕方ない。


「……なんで共用なんだろうな」

「知りませんよ。でもおんなじ場所にいるのに別のタブレット使うのもなんか妙では?」

「それはそうだが」


 ドミニクが画面内に顔が収まるよう、顔の位置を調整しながらぼやいた。


 彼はシャルロットの魂の半身にして相棒だ。毛先に青いメッシュが入った黒髪と、目元のクマは相変わらず。一見した人間が震えあがりそうなほど目つきは悪い。


 まぁ、慣れたものだ。すっかり横にいることが日常になった男は、私物のジャケットを着ていた。普段オフィスではロングコートを脱ぎ、背中ノーガードのホルターネック型強化インナー一枚でいる。流石に人前に出れる出で立ちではない。


「狭いー! 押さないでくださいよそっちが狭いのも分かるけど~!」


 二人掛けのソファーに座ってはいるものの、二人の顔を画面に収めるために少々ぎゅうぎゅう詰めだ。肩は普通に引っ付いている。


 遠慮なくグイグイと押して来るので、今度はシャルロットの方が画面外に出そうになった。ソファーの上で踏ん張って上目遣いにドミニクを見ると、『すまん』の一言と共に彼は視線を逸らした。


 言葉は謝っているが、悪びれてはいないようだ。視線だけ逸らすのはドミニクが誤魔化すときの癖である。


「大体、俺に文句を言うならジオが先だろう」

「仕方ないじゃないか。三人は入れないよ」


 対面の一人掛けソファーに座って、悠々と足を組んでいるジオが言った。彼もまたテーブルにタブレットを立てているので、今回の通話の参加者である。既に回線を繋げており、シャルロットが覗き込んだタブレットの片隅に、ワイプとしてジオの顔が映し出されていた。


 相変わらず真っ白な髪と真っ赤な瞳。ウインドブレーカーを脱いでいて、こちらも軽装である。


 ひとまず、オフィスにシャルロット達以外の人間はいない。聞かれるのも何だと、気を利かせて他の面々は離席してくれたのだ。


 しばらく待っていると、タブレットの画面が細分される。シャルロットを合わせて五人、映ったのは上司のルクスフィアと、久しぶりに顔を見る男だった。


「あれ、エルさんだ。どうもー、お元気ですー?」

「いやあのな、勤務中だろうが……その言葉遣いはなんなんだ」


 軽く手を振って挨拶すると、画面越しに映る焦げた肌の男が呆れた。見知らぬ男と親し気にしているので、ドミニクがじっとりとした視線を投げてくるが、これは無視。


「ま、しっかりやれてるようで何よりだが」

「大丈夫ですって。一応エルさんがオッケー出してくれたから卒業できたんですよ?」


 男の名を、エル・セラス・ヴェルト。シャルロットにとっては学生時代、魔力制御の訓練で世話になった師匠である。


 所属は葬送庁ではなく、警察庁魔法犯罪捜査局。魔法を用いた犯罪の捜査と取り締まりを行う、立場的にはシャルロット達特別葬儀官と似た立場の男だ。

 対処するのが生者か、死者か。それだけの違いで、実力行使も辞さないのは変わりない。


 エルは警察庁内部でも指折りの実力を持つ、アトラスでも最上位の魔法士。そんな男が出てくる事案など、ろくでもないに決まっている。


 ましてや官庁の垣根を越えた人選だ、一体何をしようというのか。


「やぁ兄さん、久しぶりだね」

「──肝が冷えたぞ、お前がパムリコ島の癌災害で魔力酔いで熱中症にかかったって聞いて。ギフテッドのお前がだぞ?」


 久しぶりの再会に屈託ない微笑を浮かべたジオに、エルは深く息をつきながら言った。


 心配と、安心と。飄々と感情が読みにくいジオにしては、かなり分かりやすい声色だ。


 しかし、ジオとエルが知人だとは初めて知ったが。ここまで考えて、ふと思った。エルの苗字だ。


 ジオ・クヴェル・セラスとエル・セラス・ヴェルト。ジオのファミリーネームとエルのミドルネームが合致する。それに兄さんという呼び方はつまり──


「えっとー……知り合いです? 二人とも」


 画面上のエルと目の前にいるジオを交互に二度見したシャルロットに対して、ジオが苦笑して言った。


「ん? あぁ、エルは双子の兄だよ。一卵性双生児なんだけど……お互いに何かしらバグっちゃって、片方が強力なギフテッドになって魔力が使えなくて、片方が魂の質量が約二倍になったってワケ」

「確かに顔立ちはそっくりかも……? 色は違いますけど。なるほどなぁ」


 ジオは銀髪灼眼、エルは金髪碧眼。特徴的なたれ目もそっくりで、違いと言えば髪型と見た目の色くらいだ。


「双子の癖に見分けがつきやすくて助かるって昔から言われてたよな」

「そうだねぇ」

「さて、シャルロット。ドミニクも、あれから健在ですか?」


 話を戻すようにルクスフィアが問うた。


「ひとまず変わりはないですねー。アウロラもあれから落ち着いてますし」


 元々癌キャンサーの出没数がアトラス領内でも突出して低い場所がアウロラ周辺だ。たった二か月の間に大型のキャンサーが現れた事自体が異例であった。


 だから、キャンサーを火葬してしまえば、基本的にやることは遺体管理と管轄地域のパトロールになる。警察署からの応援要請に応じて借り出されることはあるが、遺体の検分が主で、癌化が進んだ個体は少ない。


「ま、やっと通常通りってところかな。あれから街中もピリピリしてたけど、何件か孤独死の現場を処理しただけだよ」


 孤独死の現場を処理──することが、落ち着いていると言えるのかはさておいて。


 近況を聞いたルクスフィアが、ディスプレイの向こうで姿勢を正して座り直した。


「では、本題を。シャルロット・S・ソーン特別葬儀官とドミニク・ホワイトフィールド特別葬儀官の両名に、魔法犯罪捜査局からの応援要請が来ています」


 タブレットから視線を外し、対面に座るジオを見た。

 呼ばれなかったけど私もだよ、と言いたげな微笑が浮かべられている。


「場所はアズテック諸島、タイトロープ島の最高峰ネル・ブライアン。ラクナ・クリスタルを座する霊峰だが、直近で市街地方面への魔力供給量が減っている」

「大問題じゃないです? それ」

「そうだよ、大問題だ。だから政府が学者連中を向かわせたんだが──その調査中に、不審人物たちから攻撃を受けてな。全員重症で、生きも絶え絶えにタイトロープ市街地に戻って来たそうだ。移動に使った車両も破壊されていたらしい。今は市内の病院に入院しているそうだ」


 なんでまた。シャルロットが首を傾げると、頭がゴツンとドミニクの頭に激突した。


「──学者たちは無事だったのか?」


 頭を擦りながら、ドミニクが問う。


「一応は無事だ。ただ怪我や負傷の度合いを見るに、攻撃に使われたのが魔法でな。魔性熱傷に裂傷、凍傷や打撲。魔法犯罪によく使われる魔導銃や魔導兵装じゃなかったのが引っかかる」

「私達は訓練したので固有魔法とか使えますけど……一般の人って、軽い魔力放出くらいしかできませんもんね」

「それこそ魔導銃が使える程度の、な」


 いくら魂が魔力を生み出す機関であったとしても、何もしなければ炉心は動かない。意識して魔力を使う練習をしなければ、魂は必要最小限の魔力しか作らないアイドリング状態のままだ。


 そんな状態でも、魔導機器に組み込んだ核たる魔石に魔力を反応させてしまえば動きはする。魔力をうまく使えない人間のため生み出されたのが魔導工学で、つまるところ、電力というエネルギー源を失った人間が、それまでと変わらない生活をするための技術だった。


「そもそも、固有魔法や汎用魔法を使うにもライセンスが必要だ。媒体が必要だとは言え、素手で人殺しができるんだからな。厳重に管理しなくちゃならねぇが──」

「生憎と、魔力制御を学ぶ方法に関しては、裏で流れてしまっているからね。蔓延したなら、もうどうしようもないのさ」


 魔法犯罪捜査局が警察庁に作られた理由。


 汎用魔法が裏社会やアンダーグラウンドに流出し、魔導銃よりも隠密性が高い魔法で犯罪を犯す者が多くなったからだ。それでもそうした魔法犯罪者は、決して魔力制御のプロではない。エルやドミニクはおろか、シャルロットよりも劣るだろう。故に彼らの魔法は暴発しやすく、尚の事危険なのだが。


 しかし、仮に魔法犯罪だったとして。魔力に満ちたネル・ブライアン山麓で、人間に対して正確に撃ち込めるものだろうか。


「学者たちはみな魔法の一撃で沈められたと言っていた。本当に殺す気で撃ってきて、噴火対策の障壁装置がなければ撤退ができなかった、ってな。そんな威力の汎用魔法を、ただの犯罪者が使えるわけがねぇ。ただ──例外があることに気付いた。もっと厄介になるがな」


 エルが姿勢を正す。


「可能性があるとすればポントス民族だ。古来から魔法と共に生活してきた奴らなら、技術形態だけなら俺達の使う汎用魔法よりも上だ」


 聞くだに面倒くさそうな事案だが、同時に疑問も多い。


「でもなんでポントスの人たちがわざわざネル・ブライアンで調査員を攻撃する必要があるんです?」

「一応、調査自体は半分くらい済んでてな。割れ目火口が魔法で閉じられてたのが、市街地へ流入する魔力量の減退に影響してたらしい。あくまで仮説ではあるが──ポントスの連中がやったと考えれば、魔法で閉ざされた火口にも、学者連中が受けた大火力の魔法にも説明はつく」

「まぁ……アズテック諸島はいろいろとな……」


 ドミニクが言葉を濁して俯いた。


 何も彼が犯してしまった罪科の話ではない。それ以前、アトラシア大陸に人類が入植してきた時からの因縁がある。


「時期も時期だ。そろそろパムリコ島の癌災害が起こった日時で、慰霊式典があるだろ? 毎回、それに合わせて親ポントス派の連中がデモとかやっててな。今年もデモ申請がタイトロープ警察署に出てたはずだ。非武装なら拒否もできねぇ。乗じてどんな連中が、どんなことをしでかすか分かったもんじゃねぇんだ」


 なるほど、とシャルロットは腕を組む。


 犯人は、タイトロープ島の親ポントス派か。はたまたポントス人自体か。


 前者の場合、魔力量が減ってしまえば自分たちの生活にも影響が出るだろうに。よく分からないことをするものだ。


「とにかく、このままネル・ブライアンからの供給魔力が減ると都市機能に影響を与えかねねぇ。早急に割れ目火口をもう一度開く必要があるが、また妨害を受けねぇ可能性もない。こっちも万全の状態で挑まなきゃ返り討ちだ」

「それで、白羽の矢が立ったのがなんで私達なんです?」

「ポントス人の魔法は俺達よりも群を抜く。俺並みの連中がそこら中にいるようなもんだ。魔導銃や魔導兵装、練度の低い魔法に慣れてる捜査局の人間より、常日頃癌キャンサーと交戦して大規模で高威力の魔法に対応してる特別葬儀官の方が適任だと思ってな。加えて作業内容が内容だ。火口を開けている途中で噴火が起こったら、並みの魔法障壁じゃ耐えられねぇ。お前の固有魔法による障壁を用意しときたかったんだ」


 エルの意見も一理ある。彼自身も優れた魔法士だが、上位クラスの魔法士が扱う汎用魔法はキャンサーの扱う固有魔法に匹敵する威力を持つ。出力が違うので流石に威力は劣るが、シャルロットとて特別葬儀官として数多のキャンサーを相手にしてきた。


 魔法障壁の件も頷ける。魔法障壁の構造や形態も、固有魔法なので思うがまま。張っている間に強度調整も可能だ。プログラミングされた一定の魔法障壁しか発生させられない魔導機器よりは、アクシデントにも対応できるだろう。


「なるほど。私は構いませんけど──」


 言って、シャルロットはちらりとドミニクを見た。


 腕組をして、目尻に皺ができるほどきつく目を瞑っている。


 シャルロットが選ばれた理由は分かった。が、コンビを組んでいるからと言って、ドミニクも一緒の理由はなんだろう。単純に親ポントス派の魔法を警戒しているのであれば、エルの魔法でも対応できそうなものだが。


 今回くらいは、別に一人でも行くけれど。表ざたにできないだけで、彼には拒否できる理由がある。


「何故俺──私もなんですか。聞いた限り、必要とされているのは魔法障壁の方だ。私には扱えません」


 少々感情的になっていたのか、一人称を直してからドミニクが問うた。


 パムリコ島の惨劇を弔う慰霊式典が近いタイトロープ島に、行きたくはないのだろう。


 近くにあるだけ思い出す。ドミニクにとってどうしようもなかった、償う方法のない罪科の在り処だ。


「理由は三つほどあります。一つは貴方がシャルロットの相棒だから。既に戦果を挙げているとはいえ、彼女は正式採用されて間もない特別葬儀官。遠方への出張に関しては不慣れです。それに、直属の葬儀官は必ず二人で職務に当たるよう取り決めていますからね」


 ドミニクの疑問に答えたのは、同席していたルクスフィアだった。


「貴方は出張経験が多いでしょう? 各地の封印指定を火葬させましたから」

「それはそうですが、しかし」

「まぁ、捜査局に応援要請を出されたシャルロットの相棒だから──という理由だけでもないのよ。葬送庁というか、私としても捨て置けない事案があって。ジオ」


 なおも渋って理由を問いただすドミニクに、ルクスフィアが話を振ったのはジオだった。


「実はねぇ、私、たまに予知夢を視るんだよ」


 あまりに唐突だ。タブレットのカメラではなく、対面に座るシャルロットとドミニクに視線を向けたジオの言葉に、彼女は口を半開きにして呆気にとられた。

 予知夢。いくらジオがギフテッドだからって、そんなことができるとは聞いていない。


 それに、ジオが予知夢で未来のことを予見できるのなら──もしかしたら、父や鋼鉄のキャンサーについても事前に知っていた可能性がある。教えてくれなかったのは何故だ?


「聞きたいことは山ほどあるだろうけど、まぁ、そう言う事ができるって認識で話を進めさせて?」

「……分かりました?」


 シャルロットが不服さを隠さないほど困惑した声色で言うと、ジオは一つ頷いてから説明を続けた。


「よろしい。私が視る予知夢には何個かの特徴があってね。一つは、私が介入したことで起こる事柄を変えられること。もう一つは、私が関与できない事象については観測できないこと。つまり、正確に言えば予知夢じゃなくて、私が動かなかった場合に起こる最悪の事象なんだ」

「それは予知夢と言わないのでは……?」

「まぁ、変えられるからね。決まりきった未来を視て、どう頑張っても抗えずに視たままの事件が起こるわけじゃない。ただの予知夢よりは気楽なものだよ、私の動きで被害は最小限に防げる。パムリコ島の件も数週間前に視ていたし。事前に完璧に対処できたなら、起こらない場合もあるんだけど。まぁ稀だよね」


 そうだったのか、とドミニクが小さく呟いた。ジオ達アウロラの特別葬儀官たちが間に合っていなければ、ドミニクの魔力放出への対策が十全でなければ、もっと被害が出たのだろう。


「つまり、今回も何かしらの予知夢を視た、ってことです?」

「そうだ。何もしなければ──タイトロープ島がね、粉々に砕けて海に沈むよ」



 ──なんと全滅だ。



 何事もないかのように軽く出てきた言葉に、シャルロットは思わずジオを凝視した。


 隣のドミニクの方が、動揺が大きかったかもしれない。彼は半分腰を浮かし、今にもジオに掴みかからんとしていた。


 シャルロットは慌ててドミニクのジャケットを引っ張り、座るように促す。


 驚きはしたが、ドミニクの様子に冷静にならざるを得なかった。


「パムリコ島の二の舞になるぞ⁉ どういうことだ──!」

「まぁ落ち着いてよ。でも本当だ。私が視たものは必ず起こる。でも止められる、だからこうして話をしてる」

「俺でさえ──」

「ドミニクさん!」



 俺でさえ──更地にできても破壊することはできなかったんだぞ。



 ドミニクが言おうとしたことなど分かり切っていたから、シャルロットは慌ててドミニクの口を塞いでソファーの上に引きずり戻した。


 部外者であるエルがいる。本人であるとて公言はできない。


 口走りかけた内容にやっと気づいたのか、ドミニクは歯を食いしばった。落ち着けるようにわざとらしくソファーに座って、シャルロットの体がぼすんと反動で体が揺れる。


 二人の様子に首を傾げたエルだったが、こちらは冷静にジオに問いかけていた。


「──被害状況は?」

「状況と言ってもねぇ。時刻は夜だ。空は真っ暗で、星すら見えなかった。街の灯りは全て消えていて、圧力で圧し潰されたような壊れ方をしていてね。建物どころか地面が砕けるほどの圧力だ、人間なんて呼吸ができなくて全員死ぬだろう」

「場所は? タイトロープ島全域が沈むのか? ネル・ブライアンも?」

「さてね、そこまでは分からない。見えた範囲は市街地だけだ、遠方のネル・ブライアンまで把握はできなかった。でも地盤が粉々になってたんだ、他の地域も無事じゃ済まないだろう」


 以上が予知夢の内容だよ。ジオが姿勢を崩して脚を組み直し、悪性新生物対策課のオフィスが静寂に包まれる。


 パムリコ島という島を失ったアズテック諸島から、もう一つの主要な島が砕けて消える。


 実際に起こってしまえば、現地の混乱は免れない。それよりも。


「そんなこと一体誰が──」


 パムリコ島を焼き払った元凶であるドミニクが、許せるはずもないだろう。


 彼は真面目な男だ。倫理も道徳も弁えて、善悪を区別している。少なからず、命に対して真摯に向き合う男だ。


 何者か知らないが、何が原因か分からないが、無辜の命が奪われることを良しとはしまい。


「……つまり、私にドミニクさんをくっつけて二人で行かせるのって、ジオさんが視た予知夢への対策です?」


 これまでの情報を元に、シャルロットは結論を出した。


 アズテック諸島を罪の在り処として忌諱するドミニクであるが、再びかの地で大災害が起こるともなれば嫌とも言えないはずだ。


 彼は償いを求めている。場所が違えど、予知夢で視た現象を止めるためなら現地に赴くだろう。


「そう。今回、ヴェルト捜査官が打診した応援要請の他、こちらから人員を増やして出すのは、ジオが視た予知夢に先手を打つためです」

「とはいえ、現状全く糸口が掴めない。タイトロープ島の親ポントス派だってポントス人だって、タイトロープ島の主権を自分たちに移したいだけだ。まさか島一つ消し飛ばそうなんてしないだろうし、そんな方法もない。いつ起こるかも分からないから、現地調査が主な目的にはなるね」

「俺としても、コイツが夢で見たなら捨て置けねぇ。起こると分かってるなら人員は多い方がいい。調査は俺達も協力する」


 エルは既に把握済みのようだ。産まれた時からの付き合いだから、昔から何度か起こっていたのだろう。


 シャルロットも異論はない。承諾を取り付けるべき人間は、あと一人。


 どっかりとソファーにもたれ掛かっているドミニクに、全員の視線が移っていた。


「…………了解した。アズテック諸島で惨事が起こるというのなら、俺としても捨て置けん」


 長い沈黙の後、ドミニクが答える。


 彼ならそう言うだろうとは思ったが、精神的な負担を取り払うためのフォローは必須だ。


 また罪悪感に苛まれて殺してくれだなんて言って来たら、今度は往復ビンタしてしまうかもしれない。


「ま、基本的には私が動きますから。ドミニクさんはフォローだけで大丈夫です」

「……頼んだ」


 アズテック諸島にいる間、有事がなければ控えていていい。小声でドミニクに言うと、彼は素直に頷いた。こちらの気配りだと気づいている様子だ。


「ん? 俺達ってことは、他に誰か来るの?」


 エルの言葉に思うところがあったのか、ジオが問うた。


 すると、エルは考え事をするように目を反らし、どこかに思いを馳せるように片眉を潜めた。


「初動対応に当たった魔法犯罪捜査局の捜査員が同行する……ん、だが」


 エルは言葉を切って、面倒だとでも言いたげな態度で肩を落とし。


「俺の妹なんだよなぁ」


 心底嫌そうに言ったエルに、ジオが一瞬で血走った眼を向けた。

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