小話 早撃ち勝負!
アトラスの武装組織で主武装として使われるのは魔導銃だ。形態はさまざまだが、魔力を凝縮して弾丸にし、発射する一連の流れを術式として組み込み、持ち運べるようにしたものだ。一般人の使用は制限されているものの、警察や特別葬儀官を始め、戦う者が一番最初に触れる武器である。
とはいえ、得手不得手は存在する。シャルロットも狙撃を始めとした精密射撃は得意でなかった。定期的に訓練する必要がある。
様々な銃種に対応するため、射撃訓練は専用のシミュレータを設置した部屋で行われる。現在もその真っただ中。シャルロットは最終射撃を終え、結果に一息つく。
「うーん、三発しか当たんないや」
射撃シミュレータに繋いだゴーグルを上げ、シャルロットは訓練用の魔導銃を置いた。
有効射程一〇〇〇メートル、弾丸は五.五六ミリ相当、五〇〇メートル先の標的を狙う。魔弾も魔法の一種ではあるので、スコープで覗いた対象にある程度の誘導が効く。大気中の魔力濃度や風向きなどもあるが、基本的に大きく外れることはない。
今回は五発中三発が当たった。まぁ、次第点ではある。
「ふむ。VRだと撃った気がしなくて満足しないね」
魔力誘導を外し、実弾に近い状態の設定で全弾命中させたジオが、同じように訓練用の銃を置く。シミュレーションに使う魔導機器の動力は外から持ってきているので、ジオ個人の魔力が必要ない。こうして共に訓練できている訳だ。
「射撃に満足も何もあるんです?」
「いやまぁ、手応えがね。魔導銃はリコイルも小さいし、私が使ってるのと違うから」
ジオの愛銃は対物ライフルだ。口径も大きく、火薬を使っているのでその分反動も大きい。試射してあまりの反動に肩が外れそうになったシャルロットを、ジオが腹を抱えて笑ってみていたのを覚えている。
「外れたのも微調整に失敗したからだね。影響したのは風向きかな? ゴーグルに数値が出るし、読めるようになった方がいい」
「私こんな距離から撃つ機会ないですよ……」
「技能は身に着けておいて損はないさ」
話しながら、まだ射撃体勢を解かないドミニクを二人で見下ろした。伏射して銃を構えたまま、しばらくこのまま。結果が出るモニタに目を移すと、まだ最終射撃を行っていないようだった。
「緊張しすぎなんだよ君は。あと時間かけすぎ。対象がずっと動かないなんてあり得ないんだよ?」
「……やかましい、集中してるから黙れ」
「言ってる間に撃ちなってば」
ジオに小言を言われたドミニクが、意を決して引き金を引く。
ばすん、と軽い音と共に、結果が射撃盤に映され──なかった。明後日の方向に着弾したようである。失敗した、と言わんばかりに、ドミニクは魔導銃を置いてから仰向けに転がった。酷く不満げである。
「……誘導付きでこれですか~? クラウィスでの射撃はできてるじゃないですか」
「やかましい。あれは完全に魔法で、ショットシェルしか使ってない。魔導機器の術式を通すと狂うんだ」
「にしても外れ過ぎだと思うけどね。魔導機器のせいにするのは良くないよ」
うぐ、とドミニクの喉から妙な音が漏れた。本人も自覚済みだし、狙撃はてんで才能がないらしい。
とはいえ、シャルロットも似たようなものだ。ここまで腕のいい人間がいるのだから、現場では彼に任せることになるだろうに。
「万が一もある。当たる当たらないはさておき、方法は知っておいてほしい。毎回私に丸投げされても困るしね」
ぐうの音も出ない正論である。アウロラの悪性新生物対策課は人が少ない。それぞれが突出した技術を持っているからやれているものの、どこかしらをカバーし合えた方がいい。
「それに、私の腕がいいのは狙撃の話だ」
言って、ジオがガンケースの中から魔導拳銃を取り出した。狙撃訓練は距離を必要とするためVRで行っているが、近距離を想定した訓練は威力を落とした実際の魔導銃で行える。
「早撃ち勝負でもしないかい? シャルロットちゃん。一回やってみたかったんだ」
ニヤリと笑って、ジオは魔導拳銃のシリンダーを振り出した。魔力を随時充填する自動拳銃タイプは使えないため、回転弾倉を使用するリボルバー型の魔導銃だ──訓練なので、実弾を使うことはできないから、である。
「ふふん、いいですよ受けて立ちましょう! 私、近接射撃の方が得意なんです!」
「それは知ってるけど……実際どのくらいの腕前なんだろうと思ってね」
「楽しそうだなお前ら……」
うきうきで準備を進める二人を、過集中でもしていたのか疲れ切った様子のドミニクがげんなりとして眺めていた。彼は用意してあった椅子に歩を進めていたので、観戦に徹するつもりらしい。狙撃訓練で全弾外したことについては、既に開き直っているようだ。
シャルロットも訓練用の魔導銃を手に取り、肩から吊るしたホルスターへ。普段の定位置に魔導銃を収めたら、左半身を後ろに引いて左手を浮かせ、銃を握る右手は肩の高さへ。合図が来る前に銃を握ることがないよう、触っていないのを示すためだ。
「せっかくだし合図はドミニクさんに任せましょうか」
「いいね」
「いいのか、ためるぞ?」
「あんまり意地悪しないでくださいよ?」
「どうかな」
射撃準備は完了だ。ホルスター周りの空間を開け、いつでも抜けるようにしながら、銃との距離はとっておく。
ジオもレッグホルスターにリボルバーを収め、僅かに腰を落として左手は腰の高さへ。
ホルスターから抜いて、構えて撃つ。命中して初めて成功だ。ジオはリボルバーなのでハンマーを上げる時間が、シャルロットは魔力を充填する時間が必要だが、そこらへんは個々の事情なので流しておく。
「いつでもどうぞ」
「同じく」
ちらりとドミニクにアイコンタクトを送って、いつ合図が来ても反応できるよう集中する。しばらく待つ間も、視線はターゲットのど真ん中。横にいるジオからも張り詰めた気配を感じて、真剣勝負に何故だか体が熱を持つ。
深く、深呼吸を繰り返して。まだ押さないのかとドミニクを見たくなってもぐっと我慢。やっと開始のブザーが鳴った瞬間、グリップに手をかける。
魔導銃はグリップを握れば魔力が充填される。振り抜くように引き金を引いた。癖で左手が脇の下を掠り、本来グリップがある空を握る。
ジオの放った魔弾の着弾音も同時だ。二つのターゲットの胸部に、弾痕が刻まれていた。
「……シャルロットちゃんもしかして、逆さで撃った?」
手本にしたいほど見事な射撃姿勢をとったジオとは裏腹に、シャルロットの姿勢は崩れに崩れていた。撃った後で右手は天井を向いているし、左手は次弾のために右のホルスターを掠めている。けれどこれが最適化した結果だ。双銃を扱おうというなら、そもそも手本になる射撃姿勢がない──照準器を覗けないので、集弾率は大きく減るからだ。
「掌返すより速いので?」
「それであれか」
ジオがシャルロットが撃ったターゲットを眺める。一度に三つ放たれた魔弾は、人型を袈裟斬りするように穴を開けていた。
「お前あの動きで当てるのかよ」
「慣れです、慣れ! 見た場所に当たるよう練習しました!」
むふん、とドミニクにドヤ顔を返す。慣れでできるもんじゃないだろとドミニクがぼやいているが、実際やれるようにしたので真実だ。
「乱れ撃ちはあんまり当たらないとか言ってなかったか?」
「いえ、実戦だと外してもいいので、ブレを大きくするときもあります。今回はちゃんと当たるように撃ちましたけど」
返事にジオもドミニクも首を傾げたので、分からないことかなぁと疑問に思いながら説明する。
「全部ど真ん中に当たったら避けられちゃうでしょう? 相手が動いてても当たるように、逃げ道を塞ぐんですよ。二つあるんだから、片方で動きを止めて片方で仕留めた方が効率的ですし。まぁ、それ以上の速度で動かれたらどうしようもないですけど」
「──仮にそういう相手に出くわしたらどうするんだい?」
「銃撃よりも行動の阻害に勤めて、動きを止めてから蹴ります。力場を作って動きを遅くしたり、壁で囲って空間を狭めたりとか。まぁ大体、杭で縫い留めちゃいますけど」
こう、ふん! と。蹴りのモーションだけ見せるとドミニクが感心したように腕を組んだ。
「お前、意外と頭使ってたんだな」
「意外とはなんですか意外とは! 失礼じゃないですかー! 汎用魔法使えないなりに頑張った結果がこれなんですよ⁉」
ドミニクの煽りを大げさに買いながら、訓練に使った魔導銃を定位置に戻した。
ジオはシリンダーから魔力が空になったショットシェルを外しながら、じっと弾痕が残ったターゲットを眺めている。
「全く、いい人材が入ってきたねぇ」
掌帰して逆さ撃ちなんて、私でも当たらないよ。呟いたジオの言葉は、シャルロットとドミニクの会話にかき消されていった。
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