第五章 想いを天の階へ 6
棺によって魔力の供給源が断たれ、巨大な大蛇の
カツン、とヒールを打ち鳴らす。錠前にクラウィスを刺したまま火葬を待っていると、魔力波が通るようになったらしく、状況をモニタリングしていたアンドレイから通信が届いた。
『……
「ああ、終わった。俺もシャルロットも無事だ」
『よかった……お疲れさま! 一時はどうなることかと思ったよー!』
「悪性細胞が落ちてきてるので、しばらく障壁は展開したままにします。全部地面に落ちたら教えてください」
流石に悪性細胞を被ることは避けたい。
シャルロットもドミニクも、無言で作業を進めていた。炉内を蠢く青白い光が、今まさに父の身を焼き滅ぼしていると考えると、どうにも喋る気にならなかったのだ。
そうして、火葬が終わったのは悪性細胞が地面に落ち切る前のこと。棺の内部から質量がほぼ失われたので、シャルロットはドミニクに目配せして解錠した。
光を遮る暗幕の中、テオドリックを火葬した棺が床を残して消失する。
「……残ってる……?」
クラウィスをゆっくりと下ろしながら、シャルロットは床の上に小さく残った物体を見つけて、思わず一歩踏み出した。
闇色の床の上に、白い欠片が落ちていた。完全に燃え尽きた、テオドリックの遺骨だった。
「骨か? これだけ時間が経って残ったのか?」
「……身体は半分くらい残ってましたし、それでしょうね」
「──驚異的だな。人間の自我と記憶を引き継いで、
骨だけでも帰って来てほしいと願いはしたが、本当に戻ってくるとは思わなかった。ひとまず残った遺骨を回収しようと思っても、取り出すための箸やスコップ、納めるための骨壺もない。残った遺灰を回収するための小瓶くらいは持ってきたが、遺骨が残るのは想定外だった。
どうしよう、と悩んでいると、ドミニクが握ったままの刀を収め、おもむろに上着を脱ぎ始めた。
「袋がないだろう。これ、使え」
背中が丸出しになった強化インナー一枚の姿で、ドミニクがコートを差し出してくる。確かに運搬するにはこれしか方法がない。ドミニク自身が骨を収めようとしなかったのも、とてもありがたかった。
父の遺骨くらい、娘の自分が納めたい。
『
ドミニクのジャケットを受け取って、ジオから連絡が来たので半球状に展開させた足場を元に戻す。シャルロットは棺の床の上に上がって、コートを広げて掬い上げるように遺骨を回収した。白骨化した骨と崩れた遺灰が白い裏地の上に収まって、シャルロットは分厚い生地で父の遺骨を包み込む。
『ラクナ・クリスタルとの接続を解除する──よくやった、二人とも』
『おーうお疲れさん。今迎えに行くからなー』
『ご苦労であった。人的被害も物的被害も無し、上々よな』
遠方に鎮座するラクナ・クリスタルの周囲に張り巡らされていた魔法がほどかれ、暗い魔力が空に消えていく。輝きを失っていたラクナ・クリスタルも元の機能を取り戻し、徐々に光を湛えて湖面を照らし出した。
雨は止み、曇天の隙間から陽光が差し込んでくる。
シャルロットは棺の床に座り込んで、コートで包み込んだ父の遺骨を柔らかく抱き留めた。これでよかった。やっと過去のしがらみから逃れて、自由になれたはずだ──きっとテオドリックも、シャルロット自身も。
ドミニクはそんなシャルロットの様子を見ながら、己のポーチから薬たばこを一本取り出した。掌に魔力を集めて火をつけると、呼吸を落ち着けるように深く煙を吸い込み、吐き出す。
「……薬だったんですっけ、それ」
「今はいらんのだがな。線香の代わりだ」
「……そうですか」
ドミニクなりの弔いだろう。ありがとうございます、と小さく呟いて、シャルロットは立ち上がった。床から降りてクラウィスを停止させ、棺を完全に消滅させる。
横に立ったドミニクがもった薬たばこから、青白い煙が立ち昇っている。徐々に増えていく雲間の光に曝されて、濡れた足場がきらきらと輝いていた。
「……おかえり、お父さん」
よかったな、とドミニクの言葉が降ってくる。
願わくば、父の魂が無事に天に還りますよう。シャルロットは祈りながら、ドミニクのコートをぎゅっと抱きしめた。
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