第五章 想いを天の階へ 5


 宣言したはいいものの、テオドリックの姿は見えなくなってしまった。足を取られたままだったシャルロットは、ひとまずドミニクに頼んだ。


「この足の拘束、お願いします」

「分かった」


 シャルロットは片足を動かして示すと、ドミニクがしゃがみ込んでブーツを覆う悪性細胞に手を触れた。反射的に肉芽を伸ばすそれに構わず、ドミニクは制服に溜め込んでいた魔力を腕から悪性細胞に流し込み、組成を溶かして崩壊させていく。ひどくぬかるんだ床も、そこから伸びる悪性細胞もまとめて、ドミニクの光で焼かれていった。


 やっと自由になった。シャルロットは拘束されていた足首を回してストレッチしながら、ドミニクに言う。


コアがこの上にあるんですけど……あの膜が邪魔で行けないですね」

「なら破るか。造作もない」


 シャルロットが指さした天井を眺め、ドミニクは手にしていた刀ではなくクラウィスを抜いた。彼の愛銃は五つの弾倉を持った大型のリボルバーで、実包もショットシェルも発射できる特注品だ。ドミニクは慣れた手つきでシリンダーを振り出し、青いショットシェルを弾倉に詰める。撃鉄を起こして銃口を天井に向けると、再び大きな揺れが二人を襲った。


 ドミニクが咄嗟にシャルロットを支え、転倒を免れる。焼き尽くされた肉が次々と剥がれ落ち、新しい悪性細胞が生まれて盛り上がっていく。


『その子を連れて行くな──お前は一体何なんだ!』


 再び、姿の見えないテオドリックの声がする。ドミニクに視線をやるとどうやら彼にも聞こえていたらしく、答える様に声を張り上げた。


「シャルロットの相棒だよ!」

『この子をたぶらかしておいて、相棒だなんてふざけたことを!』

「たぶらかしてるのはどっちだ⁉ 亡霊に付き纏われるコイツの身にもなれ!」

『何を言ってる、僕は亡霊なんかじゃない! ここにいるだろう、キャンサーとして生き直してるだけだ!』

「ド阿呆が! 死人が生きていていい道理はない!」

『外野が首を突っ込まないでくれ! シャルだって余計なことに巻き込まれたくはないはずだ、周りに振り回されないために僕が親として守ろうとしてるんじゃないか!』


 ドミニクとテオドリックの口論が続く。ドミニクはシャルロットを庇うように前に立ち、己の魔力を周囲に展開することで全周をカバーしている。


『僕じゃなきゃ守れないんだ、親なんだぞ、僕は、僕がッ!』


 テオドリックが叫ぶ。再生した悪性細胞の壁が再び裂け、そこかしこから激しく液体が吹き出してくる。先ほどシャルロットを沈めようとした液体とは色が違い、肉の床からも粘液が激しく滲んでいるのを見るに、これはただの水ではなく酸だ。なりふり構わず殺してしまおうという算段か。


 確かに酸で溶かしてしまえば、身体はある程度残りはするだろう。身体が残れば──魂の宿るコアさえ溶けなければそれでいいなんて、おぞましいにもほどがある。そんな悲惨な死に方はしたくない。


「撃つぞ」


 ドミニクが鋭く言って、頭上の天膜に向けてクラウィスの引き金を引いた。装填したショットシェルは納棺に使用するものでなく、攻撃に特化した魔弾。銃口から吐き出された光球は長く尾を引きながら天井に着弾して大きく爆ぜ、焼け落ちた膜が垂れ下がり穴を開ける。


 そのままシャルロットはドミニクに担がれ、大きな跳躍で開いた穴の中へ。テオドリックのコアに近づいたものの、このまま落ちれば酸の海に真っ逆さまだ。壁にアンカーが撃ち込めればシャルロットが落ちることはないだろうが、ドミニクに対空能力はあまりない。いくら魔力を身に纏って防御できると言っても、討つべきコアとの距離も遠くなるため不便が過ぎる。


「ドミニクさん、一旦離して!」

「離せるか、落ちるぞ⁉」

「落ちないように足場作るんですよ!」


 言って、シャルロットのブーツが仄暗く輝いたことに気づいたドミニクが、思いきり彼女の身体を空中に振り投げた。素早く刀を抜いて壁面に突き刺し、宙ぶらりんの状態で体勢を保持した間に、空中に躍り出たシャルロットが両足の踵を打ちつける。増幅した魔力でもってコアの真下に膜の代わりの魔法障壁を作り出し、闇色の魔力でできた足場の上に降り立った。


「これなら落ちないでしょう?」

「便利だな、どれだけ維持できる」

「どれだけでも!」


 ドミニクが足場の上に降り、再びシャルロットと並び立つ。間近に迫ったコアの様子がはっきりと見てとれて、シャルロットはあからさまに顔をしかめた。


 下から見た分ではただの瘤に見えたが、実際には悪性細胞によって背部が肥大化した人間の身体だったようだ。赤ピンク色の鮮やかな肉の表面に、かろうじて人間だったことが分かるテオドリックの身体が張り付いている。四肢は真っ二つに裂けて裏返り、瘤と同化してしまっていて動けない。


 地下駐車場から繋がる研究施設で見た映像では、テオドリックの死体はしばらく放置されていたようだが、やはり魔法か薬剤かなにかで調整を受けていたのだろう。長年を生きたキャンサーにしては、人間の原型が残りすぎている。肌の色までそのままだ。


 死因となった胸部への銃撃痕がまだ生々しく残っていて、体液が垂れ流しになっていた。


「どうして生前の形そのままの幻影を作れたのかと思ったが……こういうことか」


 ドミニクが唸った。己をキャンサーであると自負する割に、蛇の姿に加えて人間の形もとれたのは、こうして身体がコアと混ざりながらも残っていたからだ。大蛇のキャンサーが異様な大きさなのも、恐らく記憶を持つ人体を保持するため、外に向けて悪性細胞を成長させたから。


「──ひどすぎるでしょ……」


 シャルロットは思わず、魔導銃を握ったまま口元を抑えた。


 あまりにこの仕打ちは酷すぎる。仮にこのキャンサーがテオドリックでなかったとしても、このコアの有様には怒りを覚えるだろう。


 キャンサーだから火葬するとか、そんな次元の話にない。故意で引き起こされているのなら、すべからく命に対する冒涜だ。


『今目を離したら、お前がシャルを連れて行くんだろう⁉ 囲って、殺して、縛りでもしないと、その子は安心して生きていられないんだ!』


 コアに貼り付けになったテオドリックの体は動かない。が、どこからともなく聞こえていた父の声は、人体から発せられていたようだった。


「……何度だって言ってあげる。もういいよ、お父さん」


 シャルロットはテオドリックに聞こえるよう、静かに声を張り上げた。


 ただ単純に、父にこんな姿形になってまで守ってもらわなくてもいい。


 そこまで頑張らなくてもいい。ゆっくり休んでほしいと。そう思った。


 魔導銃の銃口を、父の心臓に向ける。ドミニクが呼応して刀の細穴に魔力を充填する。


「……私はお父さんと一緒にはいかない。絶対に。テラサルースにも捕まらない」


 そこで言葉を切り、ちらりとドミニクに視線をやる。小さく頷いたドミニクが刺突の構えをとったと同時に、シャルロットは下ろしていたもう片方の魔導銃もテオドリックへと向ける。


『……そんなに物覚えの悪い子に、育てた覚えはないけどな』

「親の言う事を聞くのが物覚えが良いってことなら、私は悪い子で構わないよ」

『──シャルロット』


 今、何をしようとしているのか、分かっているのかい?


 テオドリックが確認するように問うた。ドミニクは彼に刃を向けたまま、親子の会話に口を挟まなかった。


「今? 今ね、お父さんを殺そうとしてるの」


 シャルロットは眉尻を下げ、困ったように苦笑いを返した。


 人殺しは慣れている。例え現実でなくとも、幼い己すら何度も殺せたのだ。引き金を引くことに、最早躊躇いはない。


 それが、例え父であろうとも。シャルロットの非情な冷徹さと、テオドリックの娘としての愛情は、一見真逆の感情に思えながらも現時点で噛み合っている。


 彼の娘として、その最期を看取るために。自ら選んだ道として、キャンサーを葬るために。


「私は人間だったテオドリックの娘なの。キャンサーのテオドリックの、娘じゃないの!」


 宣言を契機に引き金を引き、両の魔導銃から魔弾を注ぐ。射線の合間を縫い、時に魔弾の直撃を魔力で相殺しながら動きに応じたドミニクが駆ける。強く足場を踏み込み跳躍と共に放たれた刺突が、しかしコアの直前で現れた水塊に阻まれた。


 強烈な魔力がぶつかり合い、激しく爆発を起こす。衝撃波を堪えていると、外壁がぱっくりと口を開け、圧縮された高圧水流が放たれていた。


 頭の横を水流が掠める。足場を抉る威力のソレが生身の身体に当たったら、穴が開くでは済まないだろう。


 シャルロットは至る所から吹き出す高圧水流を駆けまわって避け、足場に僅かな穴を開けて水が溜まらないように排出した。隙を見ながら銃撃を繰り返すものの、交戦しているドミニクがコアの近くにたどり着けていないようだった。


「ッチ、器用な真似を──!」


 水塊の爆発で弾かれたドミニクが、刀を収めた後に魔力を込めて抜刀する。接近して放った居合も、水塊と接した側から一気に水蒸気に変わり、湿った熱風がドミニクの体を吹き飛ばす。


 物は試しで、続いて魔力を纏わない斬撃を繰り出したドミニクだったが、今度は水塊に切っ先が食い込むだけで押し込められない。


「厄介だな……俺は相性が悪いか!」


 さっと状況を確認するに、テオドリックが固有魔法で扱う水は自然に存在している水とは異なり、水銀のように密度が高く、重たくて硬い。魔力を込めた斬撃では爆発の衝撃が激しく吹き飛ばされるが、かと言って魔力を使わないとなると威力が削がれる。


 その水塊が、コアを取り囲むように覆っているのだから、手をこまねくはずだ。


 とはいえ、ここまでの戦闘でテオドリックの手の内は把握している。体内にいる限り、巨躯を使った物理攻撃は使えない。できることは幻影や分体を生み出す事と、水を操ること。組み合わせれば脅威だが、極端な威力を持たず搦め手で追い込むタイプの戦法だ。事実、水塊に切っ先を取られたドミニクに、シャルロットに向けられていた何発かの高圧水流の狙いが移っている。


「カバーお願いします!」


 ならばこの環境ごと、一時的に魔力を不活性化させてしまえばいい。魔法を使用不可にすれば、水塊による防御は崩せる。


「任せろ!」


 増幅装置をフル稼働させた魔導銃が輝く。シャルロットの考えを察したのか、ドミニクは素早くコアから距離を取り、壁から彼女に向けて放たれた高圧水流を己の刃で斬り払う。射線を逸らされた高圧水流が足場を抉って細かな結晶を飛び散らせ、続けざまにクラウィスを抜いて反対方向から襲う水塊を魔弾で相殺した。


 四方八方からの魔力衝突による衝撃に曝されながら、シャルロットは左手を支えに右の魔導銃を構えた。


「大人しくしてて──ッ!」


 脚を開き、反動に備える。増幅された魔力が滲む魔導銃の引き金を引き、テオドリックのコア目掛けて波動砲を撃ち放った。照射された魔力の奔流は口径よりも遥かに太く、真っ黒な闇が光源となっているコアを飲み込んだ。


 波動砲の反動をいなしつつ、続けて片方の魔導銃で追加の魔弾をコアに撃ち込み、照射した魔力を炸裂させて全周にばら撒く。魔力の硬化作用を全域に散布すれば、あらゆる魔力が不活性化する──術者であり同等の魔力を持つシャルロットと、正反対の光で効果を打ち消せるドミニク以外は。


 元から暗かったテオドリックの体内から灯りが消え失せ、黒ずんだ魔力の霧に覆われる。まともな光源はシャルロットの魔導機器と、ドミニクの魔力を充填した制服くらいだ。同様に絶え間なく放たれていた高圧水流も発生していないから、シャルロットの魔力がうまく働いたのだろう。結晶化はしなかったものの、高密度の水塊も消え失せているはず。


「今のうちに火葬しましょう」

「そうだな」


 魔力でお互いの位置を確認する。ほんの僅かに光を放っている若草色の結晶を目印に足を進めるが、魔導銃を一丁クラウィスと持ち替えて足を進めていたシャルロットの腹部が急に締め付けられ、足が宙に浮いた。


「シャルロット⁉」


 体内からの圧力ではなく、身体を直接締め上げられるような痛みだ。腹部を締め付けた何かに咄嗟に手をやると、感覚は艶やかな鱗に近い。ドミニクに視線をやると、彼もまた壁から飛び出てきた蛇に身体を取られたようだった。薄目で確認できただけ、纏う魔力の光がほぼ見えなくなっているから、取り付いた蛇の数はシャルロットの何倍もいるだろう。


『そうか、僕はもう、シャルの父では、ない、と』


 身体を締め上げている蛇の口からテオドリックの声が響いて、ぐんと身体を引っ張られる。壁から生えた蛇に力任せに振り回され、シャルロットの身体が肉壁に激突した。


「──ッ、ぐ……!」


 背中が激しく痛む。二重三重に巻き付いた蛇は太く、指をかけてもびくともしなかった。


『やっぱり同じ存在になってくれないと、昔の様には戻れないか』

「──っ当たり前でしょ! 私はまだ、死ぬ気はない! 昔に戻る気だって!」

『駄目だ、死んでくれ。キャンサーになってくれ。僕だってもう、シャルを独りで待ち続けるのは疲れたんだ』


 ぬるりと身体を締め上げられ、骨が折れるんじゃないかと思うほどの激痛に見舞われる。


 けれどテオドリックの悲痛な声色に、シャルロットは歯を食いしばりながら悟った。


 正嗣の読み通りだ。サグス湖畔に独り取り残されて、眠れないまま心残りだった娘の無事を見守り案じ続けて、正常な精神状態を保てる訳がない。


 孤独は人を狂わせる──その事実より、そう思わせる心が心を蝕んでいく。


 テオドリックも例外ではなかった。キャンサーと定義しなければ己を見失ってしまうほどに。シャルロットを見つけた時点で、既に限界だったに違いない。


「じゃあ帰ってきてよ、骨だけでもいいから──独りが寂しいなら、うちに、帰ってきて!」


 咄嗟に口から出てきた言葉は本心だった。


 だって。どうしてシャルロットは総務など一般職の道を蹴って対策課に入り、キャンサーの火葬を志したと思う? 答えは簡単だ。


 彷徨う人を、生きて帰れなかった人を。化け物でなく人として、家に帰してやるためだ。


 テオドリックは家に帰って来れなかった。それが悲しいことだと知っていた。肉親の死に向かい合う機会すら奪われることが、残酷だと知っていたからだ。


 遺骨を、故人を待つ人へ、還してやりたかった。それができなければ、ゆっくり眠らせてやりたかった。


「──この程度で、抑えられると思ったかァッ!」


 ドミニクが吼え猛ると、キャンサーの体内、暗がりの向こうで激しい燐光が迸った。彼は一度の魔力放出で多数の分体を焼き払い、魔力を込めた愛刀を投げる。真っ直ぐに投擲された太刀はシャルロットのすぐ側に、刃を下にして突き刺さった。


 蛇の体に刺さりはしなかったが、少し動かせば切断できるだろう。胴体にはほとんど蛇が巻き付いていたが、幸いにも腕は動かせた。


「シャルロット、俺の刀を使え!」


 こちらの方が早いし確実だ。光を湛えたドミニクの刀に、シャルロットは迷わず手を伸ばす。


 柄をしっかりと握り、もう片手で峰を押して、力任せに蛇を輪切りにした。切断面からドミニクの魔力が流し込まれ、シャルロットに巻き付いていた蛇はあっという間に燐火に包み込まれる。彼女も魔力の熱さは感じたが、身を焼かれるほど苛烈な光に感じなかった。


 分体の悪性細胞があっという間に灰になり、支えを無くしたシャルロットは刀を握ったまま足場の上に転げ落ちた。急いで身を起こして周囲を確認すると、刀の代わりにクラウィスを握っているドミニクのそばに、己の魔導銃とクラウィスが落ちていることに気づく。


「ドミニクさん、足元! セレクターを上から二番目に合わせて撃って!」

「お前ほど精密な操作はできんぞ⁉」

「制御はやります!」


 シャルロットは言いながら、ドミニクの刀を手に駆け出した。軽々と扱う姿を見慣れていたが、ドミニクの刀は予想以上に重たく、切っ先を引きずって動きたくなるほどだ。


 けれど不思議と持ち上げられた。まだ残っていたドミニクの魔力が力を貸してくれているような、そんな気がした。


「分かった、いくぞ!」


 魔力を充填したままだった魔導銃をドミニクが構え、指示通りに術式を起動して引き金を引く。発射された魔杭はコアの中心から外れた場所に深く突き刺さり、僅かな魔力の流れを頼りに魔杭を遠隔操作。キャンサーの体内に埋め込まれた杭の先端から、更に魔力の棘を生み出してコアを串刺しにする。


 大きな肉の瘤を、内側から多数の棘が貫いた。


「はあああぁぁぁぁっ!」


 黒い刃を両手に駆け、叫ぶ。太刀を逆手に持ち直し、走りながら切っ先を振り下ろした。重たい刀はなんとか持ち上がって、棘に貫かれないよう調整したテオドリックの胸に刃が吸い込まれる。


 斜め上から乱雑に突き入れられた刃が、確かにテオドリックの体を貫いた。魔力がぶつかる衝撃で吹き飛ばされないよう力強く立ち、爆風が収まった後にシャルロットは顔を上げた。


「……お父さん」


 荒れた息を整える。両手で柄を握り、深く抉るように押し込む。テオドリックを串刺しにしたまま、シャルロットは今一度、父の惨状を目に焼き付ける様に観察した。


 四肢が瘤と融合し、胴体だけに近しい。それでも肌も髪も瞳も、昔の形を保っている。頭だって半分近くくっついていて、張り付いたままの表情は、死に際の苦痛に満ちた顔だった。


「……もう眠っていいよ。疲れたでしょ? みんな待ってるよ、私も」


 言って、シャルロットはテオドリックの体に手を当てた。


 胸は上下しない。黒刃に貫かれた肌の傷口から、生温い体液が流れ出ている。


『──本当は、戦う力なんて、持ってほしくなかった、のに。魔力を使わなくていい、安全な、生活を、送ってほしかった、のに……まさかこんなに、立派に戦えるように、なるなんて』


 これは、欲しがる、わけだ。


 一度、空咳をしたテオドリックが言った。


「ごめんね、親不孝だったかな。でも多分、私がいるから守れるものも、あるから」


 シャルロットがテオドリックに致命傷を与えたのを見届けて、ドミニクが魔導銃を片手に歩み寄ってくる。


「側にいてくれる片割れも見つかったしね。大丈夫」

『…………片、割れ?』


 ドミニクが無言で魔導銃を掲げたので、受け取って肩から吊るしたホルスターに納める。続けて渡されたクラウィスは右手に残したままだ。増幅器から魔力をクラウィスに移し、納棺の準備を進めていると、おもむろにドミニクが言い出した。


「ご息女の身の安全が心配なら、それは俺が請け負いましょう」


 珍しく言葉を正しているから、今はキャンサーではなく相棒の父として対応しているらしい。


 テオドリックにも最早戦意はなさそうだ。元葬儀官で意識がはっきりしている分、これから行われる事も分かっているだろう。その上で緊張や憂いをほぐす目的で言ったのだろうが、あんな前科持ちのドミニクに言われたって説得力がない。


「本当ですかー? 自殺紛いの事してたのにー?」

「おい、今不安がらせるようなこと言ってどうする」


 勝手に死のうとしたのに、と茶化してみると、至極真っ当に怒られた。


『……君が』


 テオドリックの意識がドミニクに向いた。動かない眼球でシャルロットの横に立つドミニクを観察して、最後に己の胸に突き刺さった刀に視線を向けたようだった。


 まだ青白く輝く刀身は、シャルロットの放つ闇と真逆の輝きだ。


「任せられる以上は名乗るのが礼儀か……ドミニク・ホワイトフィールドと申します。一応、彼女の魂の片割れ、ツインレイ、とかいう話で」


 ドミニクが踵を引き、己の胸に手を当て、テオドリックに対して一礼する。


『あの話、本当で──なら、いいかな……』


 どこか満足そうに呟いて、それきりテオドリックは喋らなくなった。


 静かだった。キャンサーの体内を脈打っていた体液は動きを止め、コアから放たれる魔力はか細く小さくなっている。負けを認めて、諦めたのだろう。あるいは本当に、ドミニクとの数回の会話で何かを察したのか。


 ひとまず、これで戦闘は終了、火葬に移れそうだ。コアを切り離すか、このままコアとの接地面丸ごと棺で覆ってしまうか。大きな肉の瘤であることから重量も考えて、シャルロットは後者を選ぶことにした。


 頃合いとみたドミニクがテオドリックの胸から愛刀を引き抜き、指で摘まみ撫でて魔力を流し込む。


 シャルロットは魔力を充填し終わったクラウィスをコアに──父の亡骸に向けた。


「ごめんお父さん、一個言い忘れてた」


 シャルロットは言った。


『…………なんだい』


 長い沈黙の後にテオドリックが答えた。火葬するなら早くしてほしいのだろうが、これだけは言っておかなければならないことがあった。


「守ってくれてありがとう、お父さん」


 シャルロットは静かに微笑んだ。


『……あぁ、無事で……本当に、良かった』

「……じゃあ、おやすみなさい、お父さん。いい夢見てね」


 再会してから一番穏やかな父の最期の言葉を聞いて、シャルロットはクラウィスの引き金を引き、大きなコアを棺に閉じ込める。がっちりと棺が施錠され、ドミニクが刀を突き刺して火入れする。


 後は何度かやった共同作業だ。ドミニクが棺に手を当ててコアを焼き焦がし、シャルロットは完全に燃えきるまで待っている。


 不思議と、涙は出なかった。

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