小話 その名は


 ドミニクの愛刀は鞘も柄も燃えてしまったので、このままでは使い物にならない。直ぐに拵えを新調する必要があった。


「しかしなんでまた正嗣さん自らこんなところに」

「少々気難しい人でな。俗にいう一見さんお断り、という奴だ」


 シャルロットが正嗣と訪れたのは、アウロラ郊外の山麓。ドミニクの刀の修復のために、製造した刀鍛冶を訪ねたところだった。

 意識を取り戻したドミニクと語らって次の日である。


「刀鍛冶さんかぁ。私には縁のない話ですね」


 車のトランクルームを開け、ドミニクの刀を収めた桐箱を持つ。重たいので正嗣に任せたいのだが、お前が扱うべきだろうと一蹴されたのだった。


「葬送庁お抱えの刀鍛冶でな。ドミニクの刀もそうだが、俺の打刀やへーデルヴァーリ長官のレイピアもここで作られた。製法が特殊なんだ」

「と、言いますと?」

「過度に魔力を込めた玉鋼を原料にする……いわば、妖刀だ」


 話しながら歩くと、目の前に見えてきたのは立派な日本式の家屋だ。その隣に大きな工場がある。年季の入った木造の建屋の中に遠慮なく入っていった正嗣に続いて、シャルロットも桐箱を大事に抱えて後へ続く。


「どうも。連絡はしていたが、翁はいるか」

「あ、今来たんすか木内の旦那。爺ちゃんしびれを切らしてたばこ吸いに行っちまいましたよ」


 出迎えたのはシャルロットよりも少し年上らしい青年だった。ツナギの上を脱いだタンクトップ姿で、困ったと言わんばかりに首の後ろを掻いている。話しぶりからして、件の職人は彼ではない。


「とりま、ホワイトフィールドの旦那の刀預かるっすわ……お?」


 正嗣の後ろからひょっこり顔を覗かせたシャルロットを、青年は目を丸くした。


「……どちらさんで?」

「俺の部下で、ドミニクの相棒だ」

「えっと、シャルロット・S・ソーンと申します」


 青年から少々強張った声が出てきたので、シャルロットは姿勢を低くして軽くお辞儀をした。頭からつま先まで念入りに見られて少々居心地が悪いが、確認されていたのが主に武装なのは視線の動きで分かった。


 彼も刀鍛冶なのだろうか。魔導機器と刀とでは作りが全く違うが、戦闘技術を持つことは理解してもらえるだろう。抱えていた桐箱を差し出すと、『どうもどうも』と受け取ってもらえた。


「ホワイトフィールドの旦那に相棒なんていたんすか?」

「今年の春からな。それでまぁ、あの件にも関わっているから、連れてきた」


 桐箱を受け取った青年に案内され、連れてこられたのは工場の中に造られた休憩室だった。高床式で畳張りだったので靴を脱いで上がらなければならないが、あいにくバトルブーツを履いてきている。履き直すのが面倒なので、シャルロットは部屋の入口に座ることにした。


「んじゃ、適当にしててくださいっす。爺ちゃん呼んでくるんで」


 急須からお茶を入れて差し出した青年は、そのままとんぼ返りして工場から出ていった。

 残されたのは正嗣とシャルロットだけ。出された緑茶を口にしながら、シャルロットは休憩室を見回した。


 殺風景だ。刀の製造所とはいっても、製作された刀剣の類は飾ってすらいない。ただ、部屋の一角には和風の作業場には似つかわしくない最新型の魔導機器がこれでもかと置かれている。

 正嗣は慣れた様子でくつろいでいた。


「……さっきの男はここの息子だ。金平智明という」

「刀鍛冶さんです?」

「あいつは拵師だ。刀は大勢の職人で一つの物を作り上げるからな。皆己の役割に突出しているわけだ」

「へぇ」


 生返事を返して、シャルロットは置かれていた桐箱の蓋を開け、相棒の所有する抜き身の刀を眺めた。

 刃物は専門外だが、ドミニクの刀は一目見て特注品なのがよくわかる。


 そもそも拵えからしてかなり豪奢だ。鞘は螺鈿細工をふんだんに配し、柄は鮫革の上から藍染めの革を巻いている。柄の藍と煌めく螺鈿を、鍔や柄頭は黄金に輝いていた。

 刀身だって鋼とは思えないほど黒いのに、激しく波打った波紋には大小さまざまな星屑が多く浮かんでいる。


 大よそ、ドミニクの身長の三分の二はあろう大太刀だ。これを軽く居合抜きするドミニクの技量も末恐ろしいが、あの特殊な魔力に耐えられるこの刀も恐ろしい。

 果たして、この大業物は何百万──何千万の価値があるのだろう。ドミニクのように、不思議と人を魅了する刀のような気がする。


「木内の坊主! 随分と盛大にやったもんだな、星切の調子はどう──」


 ぼんやり刀を見やっていると、休憩室の戸が開いて大きな声が耳を突く。突然の大声に肩を跳ねさせて音の発生源を見ると、立派な白髪を撫でつけた老人がいた。


「……なんだ、あの小僧はいねぇのか」

「悪いが体調を崩してな。入院中だ」

「そいつぁ結構! んで、星切を見せな。拵えが燃えたって話じゃあねぇか」


 くい、と顎で示されて、シャルロットは畳の上に上がらないまま桐箱を老人に向けて押し出した。


「この人がドミニクの刀を打った刀鍛冶の、景光殿だ。」

「上がれよ嬢ちゃん、外様みたいな振る舞いしやがって」

「いえその、脱ぐのがちょっと面倒で」


 言って、座ったまま脚を上げてみる。魔導仕掛けのブーツを一蹴して、老人は『あァ』と唸った。


「ならいい。でェ? 坊主、一体全体このザマはなんだ?」

「ドミニクが全力で使ったらこうなった」


 説明は正嗣の仕事だ。彼の方が景光のことも刀のこともよく知っている。

 景光は桐箱の中から黒鋼の刀を取り出した。鋼鉄のキャンサーを火葬した超高熱の中でも何故か耐え切った刀は、シャルロットからしてみれば今までと変わりないように見える。あくまで刀身だけ見れば、だが。


「拵えは全部作り直しか……ハバキもだな、外れるか……? いや、いやしかし……」


 どっかりと胡坐をかき、景光は白い布を当てて掴んだ刀を角度を変えながら眺める。


「こいつ、随分魔力を吸ったな! 妖刀にまた一歩近づきやがった! 見ろよ坊主、このにえと匂いの深さを! 定期手入れで俺が触った時はここまで派手ではっきりとはしていやがらなかった! ただ高温に焼かれただけじゃねぇ、超高濃度の魔力に曝されなきゃあこうはならねぇぜ!」


 呵々と豪快に笑った景光は、肘で正嗣を小突いた。かなり機嫌がいいようで、大事そうに刀を持って立ち上がると、置かれていた魔導機器を立ち上げる。奥に大太刀を置き、ボタンを押すと自動で蓋が閉まった。横のディスプレイに光が灯って、いろいろと計測を始めたらしい。


「禍嵐も見せろ、せっかくだ」

「最近はあまり使っていない。望んだ結果は見られないだろうが」

「あァん? ったく、坊主今署長だったか? エライさんになると現場にも出ねぇか、つまらねぇな」


 景光は一転して口を尖らせた。不満げにしている彼に対して、正嗣が己の愛刀を抜く。こちらも波紋が激しく波打った造りだが、ドミニクの刀のように粒子の粒は見られない。


 シャルロットはドミニクの刀が計測にかけられ、同様に正嗣の得物が検分されているのを目を丸くして眺めていた。


 刀は剣士の魂だという。ドミニクが己の愛刀を手入れしているところは頻繁に見ていたが、詳細を教えてくれたことはない。


「説明が必要か? 嬢ちゃん。随分と物珍し気に見てるな」


 景光に問われ、シャルロットは目をぱちくりさせて答えた。


「いやその、妖刀と正嗣さんが言ってたのが気になって」


 普通の刀じゃないんですか?

 問うと、帰ってきたのは思いきり噴き出した笑い声だった。


「ハッハッハ、そこからか。まぁ、嬢ちゃんの得物は最先端の魔導銃だ、刀の事なんぞ気にもしなけりゃ知ることもねぇ」


 景光は正嗣の刀を返し、魔導機器に再び向かった。着々と分析は進んでいるらしい。


「俺が作るのは魔剣士のための妖刀だ。観賞用の刀じゃねぇ、実戦用の刀なのさ。持ち主の魔力に適合し、魔力を吸って成長する──人を殺すための刀だ」

「成長ってどんな感じに?」

「魔力伝導率に蓄積率、魔力への耐久性なんかだ。古来にも妖刀と言われた刀はある。いくら切っても切れ味が落ちない刀、持ち主の元を離れれば嵐を呼び起こす刀に、あらゆる病を打ち払う魔除けの刀。昔っから、優れた刀にゃ逸話が多い。そんな刀を作って見たくてなぁ、今風に試行錯誤してんのよ」


 ピピピ、と魔導機器がアラートを鳴らす。自動的に開いた蓋の中から、景光がドミニクの刀を取り出した。


「今俺が満足いく妖刀に近いのはコイツだ。銘を星切景光。ホワイトフィールドの小僧の特殊な魔力に耐えられる、奴のための刀だ──いやぁ、最高だぜ。何よりも魔力への耐久力が格段に上がってやがる。強烈な魔力で焼き直したようなもんだな」


 さてどうする。刀の名前を教えてくれたっきり、景光は思案にふけってしまったようだ。魔導機器に表示された数値とにらめっこしつつ、時たま分厚い資料を引っ張り出しては読みふけっている。


「武器に名前、かぁ」


 星切景光。星を切れと名付けられた、妖刀の卵。そんなものを振るっていたとは、ドミニクも葬儀官としてまともに戦えるようになるまで大変だったんだなぁ、と何気なく思う。


 シャルロットは魔力生成を完全フォローする必要があった。ドミニクの場合は恐らく、放出する魔力に武器が耐えられなかったのだろう。だからこんな特別な品を使う羽目になった。


「俺の打刀は禍嵐景光という。俺の魔力が雷と風、水の三重属性でな。この組み合わせて思い浮かべるものはあるか?」

「……確かサグス湖畔のラクナ・クリスタルもその属性ですよね。でもってアウロラは天候が荒れることが多いから……嵐?」

「そうだ。俺に刀を振るわれる者にとって、この刀が嵐のような災禍であるように──ってな。そんな物騒な名前じゃなくて、もっとご利益がありそうな名前にしてくれって言ったんだが」

「ガハハハハ! 坊主に限ってそいつぁ無理な相談よ!」


 会話を小耳に挟んでいた景光に笑い飛ばされ、正嗣は所在なさげに顔をしかめた。親と子もありそうな年齢差なので、景光にとって正嗣はまだまだ子供のような存在なのだろう。


「……とまぁ、そんなわけで。できるだけ早急に星切を使えるようにしてほしい。ドミニクが復帰次第、大仕事が待っているからな」

「ほう! なんだ、封印指定でも殺しにいくのか?」


 シャルロットは景光の言葉に眉根を寄せた。

 刀匠である景光にとって、ヒトとは妖刀を育てる糧に過ぎない。殺しに行くのか、という問いは、刀に向き合った時の興奮と同系統の感情が乗っていて、心象が悪い。


「俺の友人を火葬しに行く」

「……なんだ、そういうことは先に言えよ」

「今の会話で推察するのは無理だろう。貴方の悪い癖だ」

「ついでに私の父です」


 シャルロットが機嫌の悪さを隠さずに言うと、景光は面食らった顔をして振り返った。


「弔いに行くんです。殺すだなんて言わないでください」


 ぎゅっと両手を握りしめる。シャルロットの感情に変化に気付いたのか、ぽりぽりと首の後ろを掻いた景光は、資料の精査に戻った。


「……悪かったな」


 しばらくそのまま時間が過ぎる。連れてきた当人である正嗣はこの場を離れようとしない。禍嵐は見せた後、星切はこのまま預けてしまうので、もうやることはないはずだが。


「……坊主の復帰時期は?」

「未定だ。本人は動けると言っているが、まだ安静にする必要がある」

「分かった。ひとまず最優先で仕上げてやらぁ」


 景光の返事を聞いて、正嗣はようやく立ち上がった。ご馳走様と言い残して、置いていた革靴に足を通す。帰り支度を始めた正嗣に応じてシャルロットも立ち上がったが、後ろから景光の声が引き留めた。


「嬢ちゃんの得物は何て名前なんだ」

「私のですか? ……ありません。特注品なので製造番号もないですし、出回っている魔導銃みたいに名前は」

「つけときな。そっちのほうが愛着がわく」


 言われて、同じ質問を奏にもされていたのを思い出す。彼女が使用しているデータベース上での識別名が欲しいとかで聞かれたが、名前がないと答えると心底驚いていた。


 そんなに大事なのだろうか。ただの魔導機器に名前など。


「そんじょそこらの人間に扱えねぇ銃を讃える名前がねぇなんて、悲しいもんだぜ」


 なぁ、と景光は正嗣に同意を求めた。既に公用車に向かっていた正嗣は、後ろから差すような言葉に振り返る。


「ペットには名前を付けるだろう、種の名前と別に。それと似たようなものだ」


 それだけ言って、正嗣は車の鍵を開けたので、急いで駆け寄る。

 確かに奏も識別名がなくて不便そうだし、魔導銃の話をするたびにどう読んでいいか迷っている様子だった。


 とはいえ、いきなり名前を考えろと言われても思いつかない。こんな時は──



 *



「で、なんで俺に丸投げするんだお前は」

「えー、だって思いつかないんですもん。ドミニクさんこういうの得意そうだし」

「勝手に決めるな、というかリハビリ中に他の事をさせるな」

「やることなくて暇では?」


 ドミニクのリハビリを見学するついでに、魔導銃とバトルブーツの名づけを頼んだのだった。


 リハビリとはいっても、ドミニクの身体機能に衰えは来ていない。ただ落ちた筋力と体力を戻すために、主にやることは筋力トレーニングやランニングだ。今はランニングマシンで走り続けるドミニクを、自販機で買ったコーヒー片手に眺めている。


 ズズッとコーヒーを啜る。苦みが強い上に甘みが強く、シャルロットはロメオが淹れてくれたコーヒーを思い出した。また飲みたかったな、と思っても無理な話である。


「病人に暇とか言うな、体調を万全に戻すのが仕事なんだが?」

「だってー。それは肉体労働であって頭脳労働じゃないですよね?」

「そういう問題か? あのな、自分の大事な得物の命名権を他人に丸投げするな」

「分かった上で言ってますけど」


 自分で名前を付けるよりドミニクにつけてもらった方が、彼の存在を思い出せていい気がする。形見の魔石をはめたかんざしが、シャルロットに葬儀官であることを思い返させるように、だ。


 要はストッパーの一つとして──抑制装置の一つとして欲しかったのだ。彼からの名前が。


「ドミニクさんのクラウィスも特注品でしょう? 名前あるんです? 誰が決めたんです?」

「クラウィスの名前はミーティアだ、流星からとった。刀は星切景光という」

「うわ、めちゃくちゃかっこいいし。絶対ネーミングセンス私よりあるし」

「俺の名前も俺がつけたからな、苗字も」

「余計適任じゃないですか」


 ぶすっと頬を膨らませて抗議をしてみる。リハビリ室にいる何人かの療法士と患者は、二人の会話を小耳に挟みながら作業を続けているようだ。時たま生温い視線が投げられている。男女の若者二人のやり取りだ、いやでもそういう風に見てしまうのだろうか。


「なんでそこまで固執する?」

「ドミニクさんこそなんでそんなに嫌なのか分かりませんけど」

「なんで俺に任せたいんだ」

「……命懸ける仕事ですよ、支えくらい欲しいでしょう」


 いつまでたっても頼まれてくれないドミニクにしびれを切らすが、けれど他の人間がいる前で話すのも少々気恥ずかしい。ぼそぼそと小さく呟いた言葉はしっかりドミニクの耳に届いていたようで、彼はランニングマシンを止めた後で視線を空に向けた。


 手を口に当て、人差し指で顎の鱗を撫でている。手持無沙汰なのかなんなのか、しばらくそうして思案したドミニクがシャルロットを指さした。


「ヒューネラルサルートはどうだ」


 ドミニクの提案に、シャルロットは頷きを返した。


〝funeral salute〟。つまり弔砲である。人の弔いに際し放たれる空砲の事。銃と大砲とで違いはあるが、キャンサーを火葬する葬儀官が持つ魔導銃としてはバッチリのネーミングだ。


「いいですね、それでいきましょう! で、もう一つバトルブーツの方も」

「そっちは、お前が、決めろ」


 もう一方の魔導機器、バトルブーツの方も名づけを頼むと、流石にがめつき過ぎだと怒られた。どうせだしガントレットのネーミングも頼もうと思っていたが、今頼むのは控えようと思う。


 あとでメールでお願いしておこう。そう心に決めて、シャルロットは相棒が付けた名前を噛み締めていた。


 誰かを送ってやるために引く引き金だ。そのための力で、それだけの力。

 名前を思い返せば、いざという時に正気に戻してくれるだろうか。

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