第五章 想いを天の階へ 1
数週間後、リハビリも終えたドミニクは対策課に復帰することとなった。
「ドミニクが帰ってくるの、待ち遠しいなぁ。な?」
「もー、みんなして言わないでくださいよそれ」
本日は全員が揃ってブリーフィングの予定だ。シャルロットは今まで空席だった隣の机を見ながら、帰ってくる相棒を今か今かと待っていた。多少そわそわしているのも皆にはバレているようで、お決まりとばかりにジェラルドにからかわれる。
流石にシャルロットも対策課に慣れた。既に気楽に会話を交わす仲である。
「シャルロットちゃんが来る当日のドミニクみたいだなぁって思ってたんだよ。ほんと所々の反応がそっくりだ」
ジェラルドが言うので、シャルロットは思わず聞き返した。
「そうだったんです?」
「おう。ずーっとソワソワして何を話そうって悩んでてなぁ、それで出動要請があったから、いの一番に俺が行くって言いだして。あれ絶対考え事したくないからって火葬業務で気晴らしがしたかったやつだぜ」
「気晴らし……」
そんなに動揺していたのだろうか。自分を殺せる人間が来るということで覚悟の一つでも決めていたのか──思い出すと腹が立ってきて、シャルロットは椅子の肘起きを使って頬杖をついた。今考えても人に殺してもらおうだなんて傲慢にもほどがある。事情が事情なため、ドミニクとしても待望の存在だったのだろう。
まぁ、もうそんなことは考えさせないし、させないが。連鎖的に自分も死ぬとなれば、ドミニクに尚更死んでもらう訳にはいかない。
「おはよう」
そうこうしているとオフィスのドアが開いて、ドミニクが現れた。ロングコートに袴型のボトムと装いは変わらないが、大きな襟を立てていて口元が見えなくなっている。顎の悪性細胞を隠すためだろう。とはいえ留めているのは襟だけだから、裾の部分は相変わらずゆったりと着こなしている。
「長く空けた。今日から復帰する」
ドミニクはそれだけ言って、オフィスを見回した後に襟を開けた。首の半面を覆う黒鱗は、初めからそこにあったのではないかと思うほど馴染んでいる。
「おかえりドミニク。さ、叱られる準備はいいかな?」
自分のデスクに向けて歩き出したドミニクの進路を、にゅっと出てきたジオが遮った。散々入院中に小言を言われたとドミニクが愚痴っていたが、ジオとしては皆の前でもくぎを刺しておかないと心配なのだろう。つくづく今回の件で信頼度は下がってしまったようだ。
「いきなり相談もせずに発作起こすなんて止めてよ、ほんとに生きた心地がしなかったんだよ? アウロラがパムリコ島みたいになったらどうするつもりだったんだい?」
ジオが問うた。返す言葉もないようで、ドミニクはさっと視線を逸らした。ここ最近でよく見る仕草だから、きっと気まずくて反応を返したくないのだろう。悪気はあるが間違ってはいない──そんなところか。
「シャルロットちゃんがいるとかいないとかそういう問題じゃないでしょ? 正規の方法飛ばして自己判断するなって言ってるの。もしもがあったら一瞬で壊滅するし、私を残してみんな死んでたんだ、その自覚はある? もう二度とあんなのは勘弁してよ」
妙なところで頑固な男だ。シャルロットは己のデスクから立ち上がると、そっとドミニクの横に立った。ジオの説教はまだ続いている。
「ほらドミニクさん、話してる人の方ちゃんと見るー」
ドミニクが視線を向けた方に立って、頬を平手で押して顔ごと視線を合わせようとする。当然抵抗はされるので、ドミニクが力を込めた首には筋が入っているし、シャルロットの方も片手で足りずに両手で押し込む。
「……お前当たり強くなってないか……⁉」
「このくらいしても大丈夫かなと思いまして」
「っぐ……お前ぇ……!」
ぎりぎりと押し問答を続けながら、ドミニクが顔を引きつらせて助けを求める様にジオを見た。
が、帰ってきたのは生温い視線と微笑みで、まるで諦めろと言っているよう。無理もない、全面的に責任があるのはドミニクなのだ。
「本当に。君は死ねたらよかったかもしれないけど、長官直属から殉職者が出たとなったら全体の士気にかかわる。君はそれだけ影響力も強い、もう自分一人の身体じゃないって思うことだね」
「……おいシャルロット、話したのか」
全力でドミニクがシャルロットの手を振りほどく。若干息が上がっているのは気にしないとして、シャルロットは彼の問いに軽く答えた。
「当然じゃないですか。長官にも報告してますから」
「……なんて言ってた」
「『あらあらまぁまぁ、あの子ったら』──って、すごい形相で」
「うわ……」
本当に重く、腹の底に響くような怒りと悲しみを纏った声だった。ドミニクも想像してしまったのか顔を歪めてドン引きしていた。それほど咎められる事であることを理解してほしい。
「……まぁ、今後はシャルロットちゃん。ドミニクの事、お願いね」
「任せてください! 何かあったら力づくで止めますよ」
「待て、俺がお守りをされる側か?」
「代わりと言っちゃなんですけど、私の事も……何かあったら、ちゃんと止めてくださいね?」
まぁ、そういうことで。ジオがシャルロットに目配せしてから一歩下がったので、空いたスペースに割り込んでドミニクに向かい合う。
顔を見上げると、相変わらず星を湛えた蒼玉が見下ろしてくる。キラキラしていて眩しいと感じるのは、初対面の時から変わらない。
──その光に焦がれるのも、やはり己が半身故に手に入らないものだからだ。
ただ、足りないものを補う事はできる。だから、こうして相棒として側にいる。
「またよろしくお願いしますね、ドミニクさん」
言って、シャルロットは手を差し出した。
「……お前の手は相変わらず冷たいな。冷え性か?」
手を握り返したドミニクが言う。冷え性は余計だと笑顔を張り付けた顔でぐっと握り込むと、暖かな手で振り払われた。痛かったらしい。
「ドミニクさん一言余計ですね」
「──やかましい」
ドミニクが目を逸らした。どうやら照れ隠しなようだ。かわいい奴め。
「……また。よろしく頼む」
突き出された拳に拳を合わせて、二人して満足げに手を下ろした。
「よし、挨拶はそこまでにして、さっそくブリーフィングを始めるぞ。正嗣を呼んでくる」
己のデスクでやり取りを静観していたリシャが立ち上がり、何事もなかったかのようにシャルロットとドミニクの横を素通りする。リシャとしては、言いたいことはジオが言ってくれたので自分から話す理由がない、と言ったところか。淡泊な対応をしたリシャだったが、通りすがりにドミニクの尻を平手打ちして──しかも義手の右手で──鈍い音がバチンと鳴った。
「いっ、つ……!」
「ワタシからはこれで勘弁してやる、たわけめが!」
去り際にそれだけ言い残して、リシャはオフィスを出ていった。
*
数分後、全員揃ったのでオフィスの一角にあるテーブルに集まりブリーフィングが始まった。大きなテーブルはホログラムの投影機で、大掛かりな作戦を立てるときに使用するものだ──最初の仕事は、この投影機の埃を掃うことだった。
「さて、揃ったな。これよりサグス湖畔地下に存在する超弩級の
少し明かりを落としたオフィスで、リシャが投影機を操作する。使用するデータはタブレットに入っており、操作もそちらで行うようだ。
幾ばくかリシャが操作をすると、投影機からホログラムが投射される。浮き上がったのはサグス湖畔一帯の立体地形図だ。
「知っての通り、サグス湖畔は超大型の馬蹄形カルデラだ。広大な火口原の中に更にカルデラ湖があり、それがサグス湖。中央にラクナ・クリスタルがある」
ブン、と電子音を立ててホログラムが新しい画像を追加した。サグス湖畔地下に広がる巨大な球体状の物体は、それこそ地下深くの一面にある。
「カルデラである以上、その地下にはホットスポット──魔力溜まりが存在する。多量の魔力が溜まり続けているものの、その分を魔力変換所とラクナ・クリスタルで吸い上げている。変化量はイーブン、つまり変わらず、魔力溜まりは安定して休眠状態に等しい状態となっている、が──」
リシャが再びタブレットを操作すると、立体図面の数か所にピンが刺された。中央がラクナ・クリスタル、南東部にあるのが魔力変換所。ラクナ・クリスタル地下から放出される魔力を引き込み、都市部に動力源として送っている国営の供給施設だ。サグス湖畔への入り口に最も近い場所に、魔力溜まりから細いパイプラインが引かれている。線の細さで魔力の供給量を示しているのだろう。ラクナ・クリスタルへ繋がる線は倍以上太い。
「シャルロットの父──端末が蛇だったことから大蛇の
立体図面に計測地点が浮かび上がる。その中で目立っていたのは北東部で、一か所だけ魔力溜まりのような球体の反応がある。
シャルロットは立体図面を真横から見た。サグス湖畔地下深くの魔力溜まりと違い、この小さな魔力溜まりは地表付近にある。それも、地面を押し上げて盛り上がっている形で。中央の魔力溜まりから伸びるパイプラインの太さは、魔力変換所に繋がっているものと同じくらいだ。
「この魔力溜まりの大きさは縦横七〇メートル、高さが三〇メートルの歪な円錐型。これが仮に蛇がとぐろを巻いている状態で埋まっている姿だと考えると」
言って、リシャが一度息を吐いて深呼吸する。告げられる言葉は皆予想がついていて、オフィス内の温度が数度下がった気がした。
「対象の全長はおよそ二二〇メートル以上と推定される。これほどの
あくまで外周を計算してそれだ。告げられた数字よりはるかに巨大なことは誰もが知っている。仮に半分程度が頭を上げたとしても、見上げて頭が見えないくらいの高さになる。
「──デカすぎる。俺を待った理由がそれか」
「ここまで巨大とは思わなんだが。ドミニク、オマエこれを一閃できるか」
「やれると思う。幸い魔力の最大出力は上がってるしな」
ドミニクが左首を小突いた。悪性細胞の面積が増えたことで魔力の生成量も増えているらしい──そうでなくともやれそうだが、と言いかけたが黙っておく。
「どちらにせよ、魔力溜まりと勘違いするほどの魔力量だ。人力で再生力を削るなど不可能に近い。サグス湖畔地下の魔力溜まりと繋がっている以上、こちらが削ぎ落すよりも補給する量の方が多かろう」
「有効打は
「そもそもこの図体だ、急所を狙って一撃で始末した方がいいだろうね」
「……どうやって
「はいはいそれならお任せ~」
シャルロットの質問に、奏が机に置いていた魔導機器を手にして応じた。小型の細長く尖ったものと、手提げのついた独立型の魔導機器だ。
「大きさが分かった時から作っときました~。これ、センサを突き刺したモノや相手の魔力の流れを読み取る解析装置、の端末。本体で解析して、魔力の集積地点を見つけるってワケ」
奏が細長い魔導機器の頭頂部の先端を押すと、細長かった先端が三つ又に開いて爪の様に曲がる。三つの爪に囲まれた中央部には、魔石を搭載した杭のような部品がついていた。
「とりあえず交戦して最初にやることは、これを
いやー、我ながらいい仕事したわ~。なんてわざとらしく額を拭いながら奏が言うので、シャルロットはチラリとドミニクの様子を見た。彼も視線だけシャルロットに投げていて、思っていることは恐らく一緒だろう。
──目玉に突き刺すより身体を斬り裂いて埋め込んだ方が早い。
まぁ、奏は戦闘員ではないので、発想に現実性が無いのは当然だろう。今回は状況を打破する装置を作ってくれただけ、成した仕事としては十分だ。
「貸してくれないか、それ」
「んあ、いいよー。使うのドミニク君だろうし。頭のとこのボタン押すと展開するから、思いっきりめり込ませちゃって? 爪の部分は多少動くから、爪が邪魔でセンサが刺さらないなんてことはないと思う」
「ふむ……」
端末を開いては閉じを繰り返し、ドミニクはそれを奏に返却した。
「移動はどうすんだ」
「喜べジェラルド、ヘリで行く」
「おっ! いいねぇ久しぶりだ。任せな、どんな悪天候だってきっちり運んでやるぜ」
「本来なら迫撃砲や榴弾砲を使う大きさなんだけど、流石にドミニク達がいるのに撃てないからねぇ。最近使わなくて余ってるし、この際だから徹甲炸裂焼夷弾(一番いいの)を惜しげもなく撃ち込もう。いいねリシャ」
「好きにやれ。誤射だけはせぬようにな」
誰もが何かしらの技術に特化している。分担はサクサク決まった。
「そもそも人員が足りねぇよそんなん。あれ何人いると思ってんだ、装弾手も観測手もまるで足りねぇ」
「分かってるさ。だから私が個人運用できる対戦車ライフルなんて使ってるんだろう」
腕が鳴るね、とジオはどこか嬉しそうに笑った。
この人トリガーハッピーなのかな、なんて疑問が湧いたが、流石に聞けるはずもない。普段はポーカーフェイスの男が表情を崩す瞬間が、銃撃の瞬間だとは知らなくてよかった情報だった気がする。見なかったことにしよう。
「正嗣は手筈通りラクナ・クリスタルの制御に専念せよ。ドゥーシャはここに残って魔力変換所との連絡を頼む。奏は……どうする」
「あ、あたしも着いてっていいー? 計測したデータにノイズ入るとよくないし、できるだけ近くで解析したくって──あとあたしが整備した武器で戦う生のみんなを見たいだけ……とか?」
リシャの問いに答えた奏が恐る恐る手を上げて、大きなため息をついたのはアンドレイだ。
「……全く理解できませんね、まぁいいですけど」
「なにをー! いっつもここに籠ってるんだから見たくもなるじゃん!」
「分かりました分かりました、そうですね現地で得る情報も多いでしょうしね」
「返事がめっちゃ投げやりなんだけどぉ⁉」
「僕の方も了解です、きっちりサポートしますよ」
「俺がラクナ・クリスタルの制御をするが、既にテオドリックと魔力溜まりとのパスが繋がっているなら抵抗が激しいかもしれない。魔力変換所からでも観測はできるだろうから、リアルタイムで監視して異常があったら直ぐ伝えてくれ」
「分かりました」
「ワタシは正嗣を送り届けた後に交戦に入る。オマエ達二人は──分かっておるな?」
リシャが問う。現状アウロラの悪性新生物対策課で随一の強さを誇るシャルロットとドミニクだ。やることなど言われずとも決まっている。
「交戦から火葬までやる主戦力だろう。分かってる」
「大丈夫です……迎えに行って、あげなくちゃ」
ずっとサグス湖畔で一人きりだった父に引導を渡せるのが自分で、心底よかったと思う。
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