第五章 想いを天の階へ 3

「いやぁ、派手にやってるねぇ」

「おっけーおっけー、大丈夫あとちょっとでコアの位置割り出せる……!」

「おいジオ、射程に入ったら教えろよ」


 一方その頃。ヘリコプターを降りてオフロード車に乗り換えたジオ達は、既に始まった戦闘の様子を遠くから眺めつつ現場へ急行していた。


 運転するジェラルドは運転座席。奏は計測器や各種機材を詰め込んでぎゅうぎゅう詰めの助手席に。ジオはシートを倒した後部座席の窓を開け、身を乗り出して単眼鏡でシャルロット達の様子を確認していた。


 仄暗い空気を斬り裂くような閃光と、焦点が合わなくなるような暗黒の霧がごちゃ混ぜになって大蛇の周りに展開している。ジオが使っている単眼鏡は魔力を可視化するレンズ加工がしてあるため、現状ははっきり見えていた。


『シャルロットォッ!』


 十分な射程距離まであと少し。オフロード車の中で揺られていたジオの耳を、ドミニクの叫び声がつんざいた。


『ジオ、追え! 抑えろ、逃げるぞ!』


 聞こえていたのはジェラルドと奏も同じ。何故ジオを名指しで指示したのかも直ぐに理解できた。


『シャルロットが食われた! 絶対に逃がすな!』

「こりゃマズいね」


 ドミニクがいるだろう最前線は、多数の大蛇の幻影に囲まれていた。見た目はほぼ同じで、あれではどれが本体でどれが幻影なのか分からない。


 故に、ジオは単眼鏡を外し、裸眼で眺めた。


 魔力が見えない、分からない、使えない。ジオの目には、相変わらず大蛇が一体だけ映っている。


「ジェラルド、反転させて。ここから撃つ」

「あぁん⁉ 距離は足りるのか!」

「あんな大きな獲物だ、私が外すとでも? 奏ちゃんはイヤーマフつけて、数を撃つから耳がダメになるよ」


 少々遠いが、足止めをする分には問題ない。ジェラルドがドリフトをかけてオフロード車を反転させ、ジオがいる後部座席から大蛇のキャンサーが真正面に見える位置に停車する。バックドアを開け放ったジオは、単眼鏡を納めて愛銃を手に取った。


 一四〇センチ近い対物狙撃銃は、車内では伏射するスペースが確保できない。膝立ちしたジオは、手早くコッキングレバーを引いて銃身に実包を装填した。


 スコープを調整しながら獲物を見る。打ちつける雨と風、大蛇の移動ルートも予測して、合わせたのはレティクルの十字から少し外れた場所──どちらにせよ、当たればいい。


『ジオ! どうだ⁉』

「大丈夫さ、視えてるよ……!」


 引き金を引く。強烈な反動を体全体で受け流し、撃ち放った徹甲炸裂焼夷弾は多くの幻影を通り過ぎて大蛇本体に着弾した。


 五十口径の弾丸は着弾した瞬間に炸裂し、内部の焼夷剤に着火。衝撃で残った弾丸も貫通力を増し、キャンサーの体内を突き進む。流石の巨体に貫通はしなかったが、衝撃を与えて足を止めることはできたようだ。


「当たったか⁉ あの位置、爆炎しか見えねぇけど⁉」

「ああ、本体は幻影で隠してるのか……当たったよ、このまま継続射撃する」


 軽く言って、二発、三発と素早く照準を合わせて銃弾を撃ち込む。できる限り集弾率を上げて、再生阻害を優先に。どうやらジオ以外には本体の場所が見えていないようだから、位置を分かりやすくするため曳光弾も必要か。


「ジェラルド、曳光弾詰めたマガジンちょうだい」

「あいよ! ちょっと待ちな」


 解析が終わり次第すぐに斬り込んだほうがいい。そもそもシャルロットが捕食されたのなら、まずは彼女を救出する必要がある。ドミニクのことだ、中に飛び込むのも躊躇しないだろう。


 ジオは再びスコープを覗き込み、引き金を引き絞った。一射放つごとに鍛え上げた身体が悲鳴を上げているが、今回ばかりは無茶を承知で撃ち込み続けるしかない。


 明日は筋肉痛で動けないかもしれない。そんなことを考えながら、トリガーを引いた。



 *



 視界の端で、シャルロットがキャンサーに食われた。


 大蛇のキャンサーを拘束していた魔鎖や杭は魔力にほどけ、多数の幻影がひしめき合って視界が塞がっている。


「邪魔、するなぁッ!」


 刀を納め、全力の魔力放出を伴った居合で幻影を斬り伏せる。放った光の斬撃は地面をはるか遠くまで抉り、射線上にいた大蛇のすべてを焼き払った。実体のない幻影はドミニクの魔力に触れると一瞬で塵に還るが、視野を潰すように展開した幻影の、数が多い。厄介なことにどれが肉をもった本物で、どれが魔力でできた幻影なのかが判別ができない。


 幸い、急いで始めたらしいジオの援護射撃である程度の位置は把握しているが。既に距離を離され、たどり着こうにも再生した幻影に阻まれて行くに行けない状況だ。


『ドミニクくん! コア、膨らんだお腹の上の方にある! 魔力の流れ的に口からお腹まで直通だから、シャルロットちゃんもそこにいるかも!』


「チッ、今分かってもな……!」


 奏に解析結果を伝えられても、単独ではそもそも届かない。腹部を斬り裂いてシャルロットが巻き込まれる可能性があるので、無茶な攻撃もできない。


「数だけ揃えて鬱陶しいな、クソ共がァッ!」


 大きな幻影を切り伏せ続けるが、数が全く減らない。早くシャルロットの救出に向かわなければと焦燥感だけが増えていく中、不意にドミニクの頭上を影が覆った。


『ドミニク、飛び乗れ!』


 リシャの声に空を見上げると、空中から身体を大きく膨らませたクジラの使い魔が落下してきていた。瞬く間に体積を広げていくクジラの影の下から慌てて脱出すると、入れ替わるようにクジラの使い魔が幻影の一体を圧し潰す。衝撃に地面が揺れ、ぼよんと跳ねた使い魔がその場で回転し始めたので、急いでクジラのヒレに飛びついた。


『薙ぎ払え!』


 リシャの号令に、うぉん、と鈍く嘶いたクジラが火を吐いた。回転しながら放たれた火炎放射が幻影を焼き、全周囲の壁をあっという間に消し飛ばす。魔力を吐き出し切って元の大きさに戻ったクジラの使い魔は、仕事を終えたらしく魔力に還っていった。


「乗れ! いちいち相手にするんじゃ埒が開かんぞ!」


 降り立ったリシャが言って、屈強な天馬を呼び出す。すぐさま納刀して走りこんできた使い魔が速度を落とさないように飛び乗り、ドミニクは即座に再生した大蛇の幻影の足元を縫って加速した。進路を塞ぐために振り下ろされる尾を両断し、地面を振り払う頭の一撃は跳躍で飛び越える。目的地は、ドミニクにはいまだに見えない燃え続ける徹甲炸裂焼夷弾の着弾地点。


 片手で手綱を短く握る。雨粒を裂き、使い魔の浅黄色の魔力と己の魔力の尾を引いて一直線に駆け抜ける。


『曳光弾いくよ! 上狙って斬り落として!』

「駆けよっ! 〝エニフ〟!」


 ジオの宣言と共に、遠方から赤い曳光弾の軌跡が浮かび上がる。虚空に撃ち込まれた明るい導を合図に、魔法によってつくられた加速路をリシャの使い魔が駆けあがる。最接近してからドミニクも天馬の背から跳躍して、燃える虚空を睨みつけた。


 魔法で姿を消しているから、確かに周辺と曳光弾の着弾点の景色に差異がある。遠くからでは分からない空間のゆがみは、しかしそこにキャンサーがいることを明確に示していた。


 刀と鞘に魔力を込める。鯉口を切り、ジオが放った曳光弾の軌跡に狙いをつける。


「返してもらおうか──ッ!」


 抜刀と同時に鞘から魔力が吹き出す。蒼光に染まった刀身の切っ先が確かに手ごたえを感じ、キャンサーの魔法が溶けてベージュの蛇体が露になった。食い込んだのは端の一本。熱と魔力の振動で蛇の首を切断すると、残りの七つの首がぎょろりとドミニクを見た。


 知るか。どれだけ足掻こうが、鉄さえ溶かす極光に耐えられるはずもなかろう。


 大蛇の首一本を斬り落とし、居合の勢いで回転しながら柄を両手で持つ。斬撃の勢いも載せた返す刃の二撃目が、長大な魔力の刃を伴って残りの七つの頭をことごとく切断した。


 大蛇のキャンサーの頭がぼとぼとと地面に落ちていく。激しく体液を吐き出す首の切断面をざっと見やり、ドミニクは全身を魔力で覆いながらその食道に身を滑り込ませた。

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