第四章 背負ったものと、置き去りにしたもの 3
エレベーターの中で緩く重力を受けながら、止まった階層で外に出る。場所はアウロラ大学医学部の一般病棟。作戦会議から更に数日後、やっとドミニクが目を覚ましたとの連絡があった。
「すいません、ドミニク・ホワイトフィールドの見舞いに来た者なんですけど、病室はどこでしょう?」
ドミニクは入院している階層しか教えてくれなかった。どうにも自己崩壊症の患者専用の階層のようで、セキュリティが厳しいらしい。ナースステーションで面会と人払いの手続きをして病室を聞き、教えられた個室へ。ドミニクが宛がわれた部屋はかなり重厚な造りだったので、彼の危険性は病院側も承知なのだろう。扉は開いていたのでそのまま中へ入ると、可動式のベッドを起こしてぼんやりしていたド
ミニクの姿があった。
暇そうだ。薄く目を開いてぱちくりさせている。
「……なんだ来たのか」
簡素な水色の病院着を着ているドミニクは、入ってきたシャルロットを見るなり言った。
「暇そうですね」
「ここから動けないんじゃな。寝るしかできん」
くあ、とドミニクが大きなあくびをした。
シャルロットは静かに扉を閉め、部屋にあったパイプ椅子を窓際に広げた。鞄を膝の上に置きながら座り、ドミニクの身体を一目みて変化に気づいた。
「……首、どうしたんです?」
いきなり聞くのはよくないだろうか、なんて思ったところで気にはなる。
背中にしかなかった悪性細胞が、首の左側面から下は鎖骨まで、上は左の顎あたりまで新しく増えていた。一度の発作で増えたにしては、範囲が広い。
「
「食われた?」
「あの鋼鉄の
ちゃんと逆鱗もあるぞ。何食わぬ顔でドミニクが言うものだから感覚が狂う。
首を食われたって。自己崩壊症の人間でももれなく即死するだろう怪我を負って生きていたのか。加えて全身の皮膚が流出し、意識が途切れるほどの重症を負って。
──色々聞きたいことはあるけど、生きててよかったです。そう言おうとシャルロットが口を開いて、けれどドミニクが言葉を続けたのが先だった。
「……首を折られて、三千度以上の熱で焼かれて──死に損なったよ」
ドミニクが穏やかに言った言葉に、シャルロットは絶句した。
「……は?」
「──っ、いや……なんでもない」
思わず語調が強くなる。失言だったと気づいたドミニクが取り繕っても、シャルロットの耳は確かにドミニクの言葉を捉えていた。
あそこで死んでおくべきだったと、言ったのか。
「今……今、死に損なったって」
「いや、あのな」
「死にたかったんですか?」
シャルロットは問うた。言葉は酷く平坦で、感情が乗らない無機質な声だった。
「ドミニクさん」
ドミニクは彼女の問いに答えないまま押し黙ったので、シャルロットは名前を呼んだ。
その真意を聞くまで他の事は話さない。じっとりとした目つきでドミニクを見つめると、わざとシャルロットから顔を背けていたドミニクが、観念して口を開いた。
「……皆から、聞いたか。俺の事を」
「聞きました」
「なら、俺が何をしたのか、知ってるだろう」
ドミニクの問いに、シャルロットは言葉だけ返した。
「パムリコ島の癌災害に一枚噛んでいると。ジオさんたちで大型の
シャルロットが言うと、ドミニクは少々引っかかったことがあるようで。彼女に顔だけ向けると、眉根を寄せながら言った。
「……やっぱり癌災害と説明したのか。違う。実際のところは、災害どころか事故だ」
ドミニクは苦々しく呟いて再び顔を伏せた。組んだ両手をぎゅっと握って、何かに耐えているような、そんな素振りを見せた後。彼は大きく息を吐いてから言った。
「あれはテラサルースのせいだ。発端はパムリコ島にあった実験施設内での被検体の暴走──状況で言えば、今回の鋼鉄の
ドミニクの返事にシャルロットは目を見開いた。同時にこれまで得た情報と状況証拠を整理して、一つの可能性に辿り着く。
自然発生した
その非情さに、思わず口が半開きになった。
在り得ていいのか、そんなこと。
「……察しがついたか」
「まさか……いや、まさか」
全く制御が効かない事だ。
「俺は鋼鉄の
「……癌兵器、なら、今生きてるのも」
「俺の開発コンセプトが、半人半癌を作る、だったからな。仮に街中で散発的にテロをする必要があった時、動くときは
言葉がない。彼にどんな言葉をかければいいのか分からない。
目の前の男が生体兵器だなんて──人間として扱われていなかったなんて、考えたくない。
「……質問は?」
ドミニクが問うた。彼としては粗方の説明は終えたつもりらしい。聞きたいことは一つ一つ潰していこう。シャルロットは疑問を整理しながら言った。
「……ドミニクさんって、
前提条件がこれだ。
「……今の医学で分類するなら、重度の自己崩壊症だ。
「……事件の事、どう思ってるんです?」
「──慌てふためいた連中を殺すのは、楽しかったよ」
でも。ドミニクは言って、不意に閉ざした窓の方を眺めた。病室から広がるのは、ところどころに雲が散った青空だ。彩度が高くやわらかな空気感の空に、これまたゆったりとオーロラが広がっている。
「でも……な」
ドミニクは大きく唾を飲みこんで、黙り込んでしまった。伏せた視線はふらふらと手元を彷徨っていて、落ち着きがないのが一目瞭然だ。そこから先、本音を語りたくないのも。
『市民の皆さんを、殺したことについては?』
喉を突いて飛び出そうになった言葉を、シャルロットは思いきり飲みこんだ。場にそぐう質問でないことくらい、流石に分かる。
鋼鉄の
それきりシャルロットも黙り込んでしまって、病室には静寂だけが満ちていた。
「……お前、俺に同情してないか」
おもむろにドミニクが問うた。
「別に、同情なんて」
「ならその不満そうな顔を何とかしろ。まだ欲しい答えが出てきてないんだろ」
「……そんな顔、してました?」
「何もかも思い通りにいかない、ふてくされた子供みたいな顔だ」
シャルロットは指摘されて己の顔をぺたぺたと触ってみるものの、自分では表情の変化は分かりにくいものだ。おかしかったかなぁ、と呟きながらうんうん唸っているシャルロットに、ドミニクは一つため息をついて答えた。
「……俺の昔の話が凄惨で、不用意に触れないと思ってるならそんなことはない。あんな無様な姿を見せた後だ、お前には知る権利がある」
──無様と言うより、痛々しかったが。彼としては、壊死した悪性細胞でどろどろになった姿は様にならないらしい。
自分からは話さないが、聞かれたら答える。ドミニクはそんなスタンスを取っているようで、一度確認を取ろうとシャルロットは口を開く。
「……答えたくないことでも、答えてくれますか」
「──それが俺の業であるなら」
言い方が気に入らない。シャルロットは眉根を寄せながら、しかしここはぐっと堪えて問いを投げかける。
「……どうして、死に損なったなんて言ったんですか」
本音はどこにあるんです。問うと、やはりドミニクにとっては答えにくい質問だったようだ。しばらく目を伏せたドミニクだったが、何回か口を小さく開いては閉じを繰り返した後、やっと言葉を紡いでくれた。
「…………パムリコ島の住民を全部殺したんだ。本当なら極刑が妥当だろう。でも俺は自己崩壊症で、首を刎ねれば即座に癌化する。処刑場がそのままパムリコ島の二の舞になる。だから生かされた。テラサルースの被害者だからではなく、殺せないから生かすしかなかった。誰も俺を止められないから、癌化しないよう──事情を知る長官付けの葬儀官にして、アウロラの対策課に置くしかなかった」
ドミニクは言って、力が抜けたようにふっと笑った。眉尻を下げた、困ったような笑みだった。
「俺の光と対極の魔力を持つ人間が見つかったと聞いて、それは嬉しかったさ。だからお前の魔導機器に組み込む脱皮片だって全部送ったし、鱗だって引き抜いて提供したんだ。お前には俺を殺してもらわなきゃならなかった」
「……この間、鱗は送ってないって」
「いや、送った。お前、あの場で生きた悪性細胞を剥離して送ったなんて言ったら、見ず知らずの人間にそこまでするかって怪しむだろう」
ドミニクが語りだした本音に、シャルロットは膝の上に置いた両手を握りしめた。心臓がぎゅっと縮こまって、動きを止めた気がした。
なんだそれは。赤の他人に殺しを頼もうとしていたのか?
ドミニクの話はまだ終わっていなかったようだから、眉間にきつく皺をよせ、喉に力を込めて引きつらせながら口を挟みたい衝動を堪える。
「話が逸れたが……予定通りお前が来た。固有魔法を確認しても問題はなさそうだった。だが面と向かって俺を殺してくれとは言えないだろう。ちょうどよかったんだ」
出会った時にわざわざ固有魔法の性能を確かめた理由がそれか。アウロラに来てから相棒として横に立っている間も、ずっと殺してもらう事を願っていたというのか。
「鋼鉄の
結果、俺の悪性細胞があまりに強固で、死ねなかったんだが。話している間、ドミニクはずっと苦笑いを浮かべていた。本当に、うまくいかなかった。そんな言葉が聞こえるようだった。
死ななければならない命だが、自死はできないから。己を殺せる誰かに殺してもらうほかなかった、と。
あんまりだ。人が死んで何が起こるか、まるで考えていない。ただ自分の事だけを考えた独りよがりな計画に、シャルロットは憤怒に駆られて立ち上がった。鞄がぼとりと床に落ちて、金具が立てた音が嫌に大きく響いていた。
「どうした」
ドミニクがベッドの上から、きょとんとしながら見上げてくる。顔色に一切の悪気は感じなくて、それが尚更癪に障る。
私がどれだけ心配したと思って。どれだけ嫌だったと思って。
どれだけ。生きた心地がしなかったと思って。
「──ふざけないでくださいよ!」
シャルロットの腕が自然とドミニクの病院着に伸びて、もう片手でドミニクの横っ面を引っ叩いた。
バチン、と乾いた音が静かな病室に響き渡った。平手で引っ叩かれて、ドミニクは赤くなった頬を抑えて目を丸くしている。
「なんですかそれ……なんですか……一緒に焼いてもらおうって……!」
病院着の襟を掴んだまま、二度三度とベッドに強く押し付ける。伏せた顔は降りた前髪で見えにくくなって、ドミニクからは表情が見えなくなっているだろう。
「私に! 子供の頃にお父さん亡くしてる私に、それ言います⁉」
彼は会う前から死ぬことだけを願っていた。生きて帰ってきてくれと聞いた時、返事が『分かった』でも『当然だ』でもなく『善処する』だったのは、彼にとっての最善が鋼鉄の
「人殺しをした自分が死ねないから、殺せる人間に殺してもらえれば満足なんです⁉ 私がどう思うか考えたことあります? 置いて行かれた人がどう思うか分かってるんです⁉」
父が居なくなった後の苦痛を、今再び味わいたくはなかった。
信じることは辛いから。望んで叶わなければ傷つくから、初めから望まず、諦める──だってそうしなければ、いつまでたっても傷つき続けるだけだから。
「お父さんの時だけで十分なんですよそんなの! いきなりいなくなって、帰ってこなくて! 大人はさっさと諦めて死亡手続きとか墓の準備しだすし、探してるのは死体だって言い出すし! 聞いても帰ってくるって嘘ばっかり言ってごまかしてるのが丸分かりで! 私が子供だからって受け入れられないだろうって最初っから決めつけて、向き合わせてもくれなかった癖に!」
矢継ぎ早に語り始めたシャルロットを、ドミニクは襟を押さえつけられたまま唖然と見やっている。彼は自分が発作で意識がない間、地上で何が起こっていたのか知らないはずだ。唐突に死んだ父親の話になって全く要領を得なかっただろうが、一度滑った口は止まらない。
「ちゃんと説明してよ、ほんとの事言ってよ! 大切な人が死ぬの、こんなに苦しい事なのに! お父さんの事諦めて、思い出さないようにしてやっと普通に生きられたのに! また前みたいな思いさせないで!」
叫ぶ。病室の外に響くほどの怒号で、シャルロットは噛みつくようにドミニクに言う。
目の前で父が殺される瞬間を見て。ドミニクが死にかけた姿を見て。
子供の頃の感情が蘇ってきて、もう一度怖くなって。それでも死なないでくれと少しは思えたのに、ドミニク自身にその気がなかった。
彼を揺さぶり、再度ベッドに押し付けて、縋るように頭をドミニクの胸にぶつけた。
「せっかく生きてるのに、死にたいだなんて言わないで……」
地下駐車場の跡地で抱きしめた時よりずっと、ドミニクの身体は温かかった。
きつく閉じた瞳から、一粒雫が落ちた。それを契機として次々涙が溢れだして、顔を上げられないまま目元を拭えもしなかった。
「生きててよかったって、言わせてよ……!」
ドミニクの身体から手を離したくなかった。彼は両手をベッドに投げ出したまま、シャルロットの抱き着くような仕草をどう受け止めればいいのか迷っているようだった。
「──んなの、知るか……!」
ドミニクが絞り出した声で叫び、その剣幕にシャルロットは愕然とした。
ぶるぶると震えたドミニクの腕は、己の胸倉を掴む彼女の手首を握りしめて突き飛ばす。己に縋りついた腕を拒絶したドミニクは、逃げるようにベッドに背中をこすりつけた。
乱暴に、遠慮も無しに引き剥がされ、一歩二歩と後退したシャルロットが見たのは、歯を食いしばり顔をしわくちゃにしているドミニクの姿だった。
「こっちが知るか、そんなの!」
ドミニクが叫び返す。今まで見たことがないような形相で、感情をむき出しにして。
「ぼんやりだけど覚えてるんだ、あっという間に脱水して意識を失う人も、一瞬で血が蒸発して頭が破裂した死体も、怯えてるのに立ち向かう葬儀官も……! あれだけの地獄を作ったのにどうして咎めも裁かれもしないんだ、おかしいだろう⁉」
ものの数分で、島一つが熱線に焼かれて死滅した。彼が直接手を下したのは葬儀官くらいだろう。魔力に対する防御方法を持たない一般人は、もしかしたら巨竜の
「俺は殺戮者で犯罪者なんだぞ⁉ 始末できる手段がお前しかいないのに、どうして殺してくれなかった! あれが最後のチャンスだったかもしれないのに、どうして棒に振ったんだ!」
重い罪の意識か、パムリコ島にいて生き残った後ろめたさか。確かなのは、彼が己の犯した殺しを正しく悪事であると認識して、責任を負わねばならないと感じていることだ。
──ドミニクだって。そもそもテラサルースに実験体になどされなければ、こんな殺戮を行わずに済んだのに。
シャルロットは涙で汚れた目元を拭い、キッとドミニクを睨みつけて詰め寄ると、彼の頬を両手で挟み込んだ。
「こっちだって知らないですよそんなの! ドミニクさんが何考えてるか何抱えてるかなんて分かりっこない! 誰からも全部伏せられてたのに、人が思い通りに動くなんて思わないでくださいよ、ましてや人の命を懸けてるのに⁉」
むに、とドミニクの顔を平手で押し潰し、苦虫を噛み潰したような形相で尚も睨む。眉間にしわを寄せてシャルロットを睨んでいたドミニクが、耐え切れなくなったのか視線を逸らし、手首を握って払いのけようとする。聞きたくない、とでも言いたげだが、一喝してやらねばまた殺してほしいと言いかねない。
「……私、死にたい人間を殺してあげるほど優しくないんです。まさかドミニクさん、自分が死にたいからって私に手伝わせることが自殺ほう助にならないなんて思ってないですよね? 私を犯罪者にしてまで死にたいんです?」
表向き彼に罪はないのだから、乞われて殺害したのならこちらが殺人罪に問われる。例え職務中の殉職扱いになったとしても、ドミニクが死ぬための棺を用意したのはシャルロットだ。誰も知り得ぬ罪科を、今度はシャルロットが負うことになる。
それが己の立場を押し付けることになると、何故気づかない。
「死にたがりを殺したって罰になんてなりませんよ、ドミニクさんみたいに喜ぶだけじゃないですか。死刑が罰になるのは殺してくれるなって叫ぶ犯罪者だけです。虐殺を起こした責任をとりたいなら、生きて償えばいいでしょう。それだけの力があるなら、殺した分だけ救えばいい」
「…………長官と、同じことを、言うんだな」
ドミニクがもの言いたげにもごもごと口を動かしたので、顔を挟みこんでいた両手を少しだけ緩めた。
「殺してくれと言ったら、生きて救って償えと言われた。
「それはそうでは? 当時は私いなかったですし、死ねる手段がなかったんでしょう?」
あっても殺しませんけど。あっけらかんと言うと、ドミニクが不満げに口を尖らせた。
「訳が分からん。罪人が咎を受けない理由がどこにある」
「元々不本意だったんでしょう? ドミニクさんも被害者だからに決まってます。殺したのは確かだけれど、ちゃんと罪の意識があるじゃないですか。償わなきゃいけないって思ってる。それだけでマシな方でしょう。情状酌量の余地はあるかと」
あと言っときますけど、ドミニクさん以外のみんな、あなたを生かすつもりしかないですからね。追い打ちの様に言って、こっちを見ろとばかりに再び両手に力を込めた。
貴方の願いは叶わない。命を握った私が拒むから。言外に伝えると、ドミニクが尚の事表情を険しくした。
「……こっち見てくださいよ。ちゃんと私と向き合ってくださいよ」
「嫌だ──お前の目は見たくない」
「どうして」
「……底がないくらい深くて、飲みこまれそうになって……人間辞めてしまうんじゃないかと、怖くなる」
──また、狂いたくないのは、本当なんだ。シャルロットの手首に引っ掛けていた彼の手がベッドの上に滑り落ちた。シャルロットもゆっくりと手を離し、パイプ椅子に座り直す。
「お前は最早人間ではないと、言われているようで……なら、死ななきゃいけないって、早く殺してくれって、頼みそうになるから」
お前の目は怖いのだと、言われたのは初めてだった。エメラルドグリーンの瞳はとても鮮やかで、自分でもチャーミングポイントだと思っていた。とても綺麗な目だと褒められたことも、穴が開くほど見つめられたこともある。
それが、怖いと。けれど何となく、シャルロットがドミニクの瞳に感じたことと似ている気がして、ルクスフィアの話も外れではないのかもと感じた。
青くて眩しい星みたいな瞳。見惚れるほど綺麗で──いつの間にか、光に掻き消えていなくなってしまいそうで。何故だか自分とは全然違うなと、羨ましくなってしまって。
「長官が言ってたんですけど。私とドミニクさんの魂、元々一つだったらしいですよ」
「……なんだそれは」
ドミニクがやっと、躊躇いがちに視線を向けた。瞼に填まった蒼玉は今にも泣きだしそうなほどに揺れていて、瞬きの回数も多い。
「元々一つだった……? いや、性質は真逆で──いや、真逆だからこそ、か?」
なんだ、それは? ドミニクが言う。大事なことなので二回言ったな?
「俺が長官から伝えられたのは、お前が闇属性の魂を持ってることと、特定の状況下で極端にメンタルがやばくなるからフォローしてやってくれ、ってだけだったぞ? 魂が一つだなんて一度も……眉唾物の都市伝説じゃあるまいし」
「残念ですけど、その都市伝説、本当らしいです。私が闇でドミニクさんが光。地上で唯一無二の力を持った英雄だとかなんとか。ちなみに意図としては、ドミニクさんに万が一が起こった時に止めるためだって。何も伝えなかったのに無茶言いますよ、もう」
「いや、それに関しては無茶振りじゃない。俺もお前なら止めてくれると漠然とした確信があったし……だから遠慮なく腹を切れたんだがな」
ドミニクは気が抜けたように脱力して、ベッドに背中を預けた。なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、話が逸れそうなので置いておく。
「ああ、あと。なんか片方が死んだら連鎖的にもう片方も死ぬそうですよ。そういえば……パムリコ島の事件の後、流行り病にかかって入院したことがあるんですよね。今回もお父さんに首絞められましたし」
「……俺は、お前に死んでほしいわけじゃない。でもこれじゃ」
ドミニクがぼやいた。
「ならもう、殺してくれなんて、言えないじゃないか」
俺が死んで、お前も死ぬのなら。潰した喉から絞り出した声は、心細そうに震えていた。
「言わなくていいんですよ。私だって、もう大事な人がいなくなるのは嫌です」
「どうしろっていうんだ……俺の、罪は……どこで清算すればいい……」
弱弱しく呟くドミニクは、ベッドの上でギュッと体を丸めた。苛烈な光を持って絶対的な力を振るう彼が、今は迷うだけの弱者に見える。
ドミニクは優しい人なんだな、なんてシャルロットは思った。
自分の罪を自覚して、傷つけてしまったことを心の底から後悔できて。贖罪の方法を求めて彷徨って、けれど自分が死んだらまた同じ過ちを繰り返すから、藁にもすがる思いで
結局、彼は怖いのだ。誰かを傷つけることが。誰かの平穏を、奪ってしまうことが。
「……いいですね。人を傷つけるの、怖がれるの」
「なに……?」
「私、他人と自分を分けることに慣れちゃって。やり過ぎちゃったのか、ほとんどの事が他人事に感じてしまって……ドミニクさんみたいに、きっと自分が悪いとは……思えないから」
「俺だって分かってるんだ……テラサルースに改造されたのも、暴走して沢山の人を殺してしまったことも……俺だけが悪いわけじゃないって割り切れたら、どれだけ楽か」
ない物ねだりをしていたのはお互い様のようだ。それも、互いが求めているものをピンポイントで。
「ほんと、真っ二つに分かれちゃいましたね、極端に」
「バランスくらい考えてほしいもんだな」
思わず苦笑すると、顔を上げたドミニクも仕方なさそうに笑った。
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