第一章 魂を手折る者 3

 大学病院に辿り着き、出迎えてくれた看護師を先導に霊安所への道を走る。


 出動中に新しく入手できた情報は以下の通り。通常の遺体と同じく冷却処理を施している途中、遺体が動き出した。急いで霊安所に運び込んだが、その道中に暴れだし、けが人が出ている。隔離には成功したが、その後霊安所の中でキャンサーがどうなっているかは分からない。


 本来、癌化は緩やかなものだ。それが数時間に満たないほどの速度で変異が進むなら、原因は一つしかない。


「生前、急な疼痛に襲われることはなかったんです?」

「分からないんです。死因は心筋梗塞ですが、あまり病院にかからない方のようで──ご遺族の方に話を聞いても、外見上異常はなく、痛みを感じている節もなかったと」

「軽度の自己崩壊症、加えて変異した部位が内臓だったか……? 分からんはずだ!」


 キャンサーの細胞は悪性細胞と呼ばれる魔力を内包するもの。基本的には死んだ細胞が魔力に曝され変異していくが、生きた細胞が悪性細胞になってしまうケースもままある。


 この現象をアトラシア大陸では〝自己崩壊症〟とよび、疾病の一つに数えている。研究も盛んに行われているが、完治させる方法は見つかっておらず、主な治療は対処療法が主。発症原因に関しても、知らぬ間に悪性細胞ができていたり、事故や他の疾病を起因とするパターンもあるなど様々だ。発作と呼ばれる破壊衝動を伴う魔力暴走の度に悪性細胞が広がり、症状が進めば正常な細胞がなくなり死に至る。


 対策課としては最も警戒するケースだ。もともと自己崩壊症を患っていた人間は、生命活動を終えた瞬間から癌化が始まるのである。今回は対象が自己崩壊症であることに気付かず、専用の冷却処置ができなかったことが原因だ。


「せめて癌化がどんな風に進行したのかくらいは聞きたいですけど」

「そんな余裕ないだろ、霊安所に連れていけただけ儲けものだ──避難を、後は我々に任せてください」


 霊安所は一般病棟と外来診療を行う診察棟とは離れた建物にあった。出入口まで来て、ドミニクが先導役を担っていた看護師を下げる。同行していた看護師は霊安所の結界を解除すると、一礼して離れていった。


 閉ざした扉の向こうから擦れるような物音が聞こえてくる。シャルロットはホルスターから二丁の魔導銃を引き抜き、霊安所の入り口付近の壁に身を張り付けた。


「私、一応近接戦闘もできるようにしてますけど、基本は中距離なので」

「了解した。俺が前に出るからサポートを頼む」


 ドミニクが言いながら抜刀する。露になった漆黒の刀身にはちらほらと星屑を落としたような刃紋が入っていて、溝どころか細穴が開いているのが特徴的だった。ぬらりと陽光を反射した刃は、彼の身体の一部の様に手に収まっている。


「突入する。即時交戦だ」

「分かりました」


 合図を送り合って、ドミニクが扉をこじ開けて霊安所に突入する。シャルロットは開いた扉の前から魔導銃を内部に向け、視界にキャンサーの姿を捉えた。

 医師たちは、とにかく霊安所に遺体を放り込むので精一杯だったのだろう。部屋の真ん中、既に人の形を失ったキャンサーが肉の花弁を広げていた。


 床に強く根を張った花のキャンサーが接近したドミニクに対して触手を振るうも、届く前に一瞬で切断された。床に落ちた触手は断面を燐火で燃やしながらびたびたと跳ねまわっていたが、そのうち完全に焼け焦げて沈黙する。


 青白い剣閃が照明の落ちた霊安所を照らしていた。ドミニクの身に纏った制服の裏地が、剣閃と同じ青い魔力を溜め込み輝いている。続けざま触手による足払いをかけられたドミニクは、刀を突き立てて触手を床に縫い付けると、逆手で持って斬り上げた。刀身の細穴に溜め込んでいた魔力を一気に吐き出して、青白い魔力が衝撃波となって天井近くまで湧き上がる。


 ドミニクの戦闘技能は圧倒的だった。反応速度も刀を扱う技量も、魔力量と制御力も。

 魔力の残滓が青白い塵となって軌跡を残す。制服が眩しいくらいに輝いていて、長時間視線を合わせていられない。さながら彼自身が恒星にでもなったように、辺り一面に燐光を迸らせている。


 これが多数の封印指定を火葬した男の力。最大戦力の名は伊達ではないようだ。


「つよ……って、見てる場合じゃない……!」


 ドミニクが刀を順手に持ち替えている間、細長い蔦が花のキャンサーをぐるりと包み込んでいく。守りが硬くなると厄介だと、シャルロットは引き金を引いて魔弾を速射した。雨の様に魔弾が降り注いで穴を開けていくが、破った側から蔦が再生して遅延にしかならない。


 弾幕を張ってもあまり効果がないなら。

 一歩霊安所に足を踏み入れて、左手を下支えに右手の魔導銃に魔力を充填した。


「左に寄って!」


 トリガーに指をかけた瞬間、射線にドミニクが割り込んで来たので鋭く呼びかけた。声に反応したドミニクは急停止して側方に飛び退いたので、引き絞っていた引き金を押し込む。


「──凍れ!」


 魔導銃に込めていた魔力の全てを吸い、波動砲が蜂の巣にした花のキャンサーに直撃する。長く尾を引いた魔力の波動が花のキャンサーの蔦と触手を巻き込み、照射が終わった後には射線上の悪性細胞は結晶化した魔力に覆われ、身動きが取れなくなっていた。


「──ッハ、とんでもないな……」


 あまりの威力にドミニクが苦笑いしていた。彼は足元に転がったキャンサーの成れの果てを蹴り飛ばして、愛刀を指で摘まみ撫でて魔力を充填する。刀身に開いた細穴は、軽量化もあるだろうが魔力を溜めこむ空間でもあるらしい。


「魔力の導線を潰してます。内部まで侵蝕できたので再生はできません」

「軽くえげつないことをやるなお前」

「……そうですね」


 それでも動きを止められたのは表面だけだ。花のキャンサーの方は、シャルロットに硬化された部位を切り離し、触手や蔦を再生させていた。床に落ちた悪性細胞は、内部を侵した紅紫の結晶を残して壊死し、溶けていく。


 再び駆け出したドミニクを援護すべく双銃を向ける。やることは簡単だ。キャンサーを火葬可能な状況に持ち込むために、四肢を斬り落とすか打ち砕いて再生できなくなるまで魔力を削る。


 悪性細胞は魔力の供給がある限り無尽蔵に増え続ける。ただ斬り、潰すだけでは意味がない。消滅させる唯一の方法は、魔力の供給源になっている個体固有の〝コア〟を破壊するか、あるいは一切合切を焼き尽くす事だけ。コアの特定が難しいため、基本的には魔法障壁で隔離してから内部で焼き付くす火葬の処置をとっている。


 キャンサーの触手はドミニクに届くことなく、鮮やかな剣舞で斬り刻まれては燃えていく。自立しそうな大きな触手片は、シャルロットが魔弾を撃ち込んで破砕する。ドミニクの動きは案外読みやすく合わせやすかった。シャルロットに向かってくる蔦やキャンサーが飛ばした種もドミニクが魔力放出で焼き消してくれるし、逆にドミニクの背後や死角をシャルロットがカバーすればいい。初対面とは思えないほど手に馴染む動きで、着々とキャンサーの再生力を殺いでいく。


「そろそろよくないですか」

「そうだな……納棺を、いや待て」


 再生しては削り取り、体液も使い果たしたのか花のキャンサーはしおれた肉の花弁を床にばら撒けていた。触手を生やす様子もなく、火葬に取り掛かれるだろうとドミニクに言うが、承諾しかけた彼は言葉を切って引き留めた。

 ホルスターに納めたクラウィスを抜こうとしていた手を止める。ドミニクはコートを再び輝かせてしゃがみ込み、静かに床に手を当てた。


「──地下に逃げるか、これは」

「床貫通してですか? まさか」


 床を確認したドミニクに習い、シャルロットも眼下の地面を眺めた。何の変哲もない強化合板の床だが、継ぎ目でもない場所が脈打つようにうねっている。


 最早人には見えないが思考能力くらいは残っているようで、勝てない相手と分かって時間稼ぎをしていたようだ。ぐったりと倒れ伏す花のキャンサーの真下をよく見れば、床に接した箇所は盛り上がって合板がめくれ上がっている。


「……流石に床下は、私じゃちょっと」

「下がって衝撃に備えろ。根を焼き払う」


 納棺は一時中断だ。確認を終えてドミニクが立ち上がったので、言われるまま二歩三歩と後退する。


「焼くって──火災とか起こりませんよね?」

「床一枚剥がすだけだ、建屋壊したら修繕費が馬鹿にならんだろうが」


 シャルロットの問いに呆れながら答えたドミニクが、床に一閃振るって亀裂を入れ、力任せに合板を剥がす。床下には既にみっちりとキャンサーの根が張り巡らされていて、まるで大量のミミズがのたうち回っているようだ。


「やるぞ」


 短く言って、ドミニクが再びしゃがみ込み床の根に手を這わす。触れた途端、キャンサーの根が蠢いてドミニクの腕を這い上がり、袖の中にまで侵入していく。カサカサと音を立てて腕をよじ登る様子にシャルロットは眉根を寄せたが、下がっていろと言われた手前手を出す訳にもいかない。


 あのまま侵蝕され続けると苗床になるだけだが、ドミニクはある程度根が腕を覆うのを待っているようだった。掌と手首を覆うほどに根が群がってやっと、ドミニクが刀を逆手に持って支えとして床に突き立てる。


 ぐっと指に力を込めると、魔力を溜めこんで真っ青に輝いていたコートが一気に捲れ上がり、爆風を伴って魔力波が霊安所を駆け巡る。シャルロットは衝撃から身を庇いながら周囲を確認すると、飽和した魔力が陽炎の様に空間にひずみを入れていた。


 その中央、莫大な量の魔力を放つドミニクの背中が、コートの裏地と同じように青白く輝いている。眩い光で見えにくかったが、惜しげもなく晒された彼の背中は人肌と黒の二色だった。


 なるほど、人間離れした強さは、そういう。この男も化け物じゃないか。


 腕を這っていた根が焼かれていく。燐火は一瞬で床下の根の隅々にまで広がり、沈黙したはずのキャンサー本体にまで到達する。


 キャンサーにとって炎や熱は天敵だ。いかに魔力で強化しようと、加熱による組成変化には成す術がない。焼き焦がされた根に回していた魔力を一気に吸い取り、みずみずしさを取り戻した花のキャンサーがドミニクに向けて触手を振るった。


 最後の抵抗だろう。シャルロットは冷静に魔杭を撃ち込み、青く燃えたぎる触手を空中に縫い留めた。動きを止めるため何本か杭を追加し、内部から魔力を流し込んで硬化させる。


 ドミニクの燐火に焼かれ、シャルロットの魔杭にめった刺しにされ、ようやく花のキャンサーは沈黙した。


「……ふう。じゃあ納棺しますね」


 戦闘終了だ。シャルロットは一息入れると、魔導銃を収めて再度クラウィスを引き抜く。ドミニクの方は魔力生成を止めてゆっくり立ち上がっていたが、息一つ切らしていない。空気が揺れるほどの魔力を、ある程度の時間発動してケロッとしている。


 あんなに自由に魔力が使えるの、羨ましいな。シャルロットは思った。


「いや、ちょっと待て」


 ドミニクに再び制止された。もう邪魔になることなどないと肩を落としながら大振りで銃口を下ろし、シャルロットは問うた。


「──なんです。また何か?」

「お前、クラウィス無しで納棺できると聞いたが」

「……できますけど」

「確認しておきたい。固有魔法で納棺してくれ」


 さっさと火葬してしまいたいのに。口に出した言葉は苛立ちを隠さないものだったが、ドミニクは特段気にすることなく頼んできた。


「クラウィス使った方が楽なんですけど。結構時間もかかりますし」

「それでもだ」


 随分粘る。眉尻を下げながらドミニクの様子を伺うと、軽く顔だけ向けて『頼む』と再度乞われた。


「あの、魔導機器は何も使わずに?」

「そうだ」

「…………仕方ないなぁ。じゃ、持っててください。クラウィス握ってるんじゃ証拠にならないですし」


 かなり疲労してしまうが、見たいと言うなら渋る理由もないので、シャルロットはクラウィスのグリップをドミニクに向けて差し出した。手ぶらに近い状態でないと、固有魔法で納棺したと信じてもらえないだろう。


 ドミニクがクラウィスを受け取ったので、空いた右手でかんざしを引き抜く。かんざしにつけた魔石は、父の魔力が凝縮されたもの──葬儀官として現場に出る際、願掛けのお守りにしようと思って形見の品をはめ込んだ。


 父のように、立派な人になれるよう。父と違い、ちゃんと帰ってこれるよう。


「納棺、始めますね」


 頭を振り、解けた髪を落ち着かせて、シャルロットはかんざしを指先で弄んだ後にキャンサーに向けた。深呼吸をしてから全神経を体内に集中させる。ほんの僅かにじみ出た魔力を逃さないよう、全てをかんざしに流し込む。


 制御が効くギリギリの出力に抑えながら、地道に魔力を絞り出していく。カタカタと揺れだしたかんざしを両手で握り、薄く目を開けて照準を定めると、額からこぼれた汗が瞼に落ちた。唐突に起こった胸の圧迫感と動悸も、魔力生成で体が悲鳴を上げている証拠だ。両肩がずっしりと重くなり、次第に呼吸も荒くなる。


 産まれつき、シャルロットは魔力制御が壊滅的に下手だった。魔力量自体はかなり多く、質もいい。だがあまりに量が多すぎて暴走してしまうのだ。一度そうなれば周りへの被害が甚大でなく、子供の頃は魔力を使うなときつく言い聞かせられていた──それでも喧嘩やカッとなってしまった時、暴走させてしまったが。


 ガントレットを始めとした魔導機器のサポートがなければ、シャルロットは安全に戦うことができない。対策課への進路を決めた時、死に物狂いで魔力生成を訓練してこのザマだ。


「……まだか?」


 あれだけ頼み込んできたドミニクが痺れを切らして聞いてきたので、舌打ちしてから答えた。


「言ったでしょ時間かかるって……!」


 これでも上手になった方なのに、面倒させたのはどこのどいつだ、とぼやきたくもなる。


 気を取り直し、やっと必要量の魔力を生成できたので固有魔法の構築にかかる。魔石の色が変わるほどの魔力を手繰り、撚り上げていく。シャルロットが放った魔力が鎖に変わってキャンサーを縛り上げ、帯で取り囲むようにして霧状の魔力が強靭な魔法障壁を構成した。


「〝コールサック〟」


 固有魔法を解き放ち、黒い障壁でできた棺はキャンサーを飲み込んで動きを止めた。幾層もの幾何学模様が泳ぐ丸い棺が正常に機能しているのを確かめて、シャルロットはほっと息を吐く。


「っ────はぁぁ……」


 つもりが、盛大なため息が出てしまった。かんざしを掲げたまま汗ばんで首筋に引っ付いた髪を払い、後ろで眺めていたドミニクに声をかけようとして──


「……そうか……」


 止めた。話しかけようとして口を半開きにしたまま、シャルロットは驚愕に目を見開くドミニクがゆっくりと棺に向かうのを黙って見送る。


「これは……確かに、これなら……」


 自分から言い出したのに何を驚いているんだか。ドミニクはひたりと黒い棺に手を当てて、魔力や強度の確認をしているようだった。維持するのも大変なので早く火葬を済ませてほしい。


「ドミニクさん、火入れ、お願いします」


 息を荒くしてシャルロットが促すと、ドミニクが小さく肩を震わせて振り向いた。


「……分かった。反動は来るぞ」


 ドミニクは気を取り直したように言って、刀を撫でて魔力を充填する。棺と正反対の青白い魔力を纏った刃が、なめらかに突き立てられていく。


 棺の中にキャンサー以外の異物が混入した瞬間、ドンと震えるような衝撃が走った。反動は握ったかんざしが跳ねあがるほどで、シャルロットは慌てて両手で握り直して魔力を込めた。


「──っぅ、そでしょ……!」


 ドミニクの魔力が棺の中で暴れまわる。光の塵が内側を跳ね回り、キャンサーの肉体を焼き焦がしているようだ。刀一本に収まるだけの量とは思えないほどの質量に、棺が悲鳴を上げて戦慄いている。球体状の棺のため結合の弱い箇所はないが、一瞬でも気を抜くと刀を差し込んだ亀裂から魔力が溢れかねない。


 ドミニクがゆっくり刀を引き抜くと、輝いていた刀身は黒色に戻っていた。そのまま納刀して棺に手を当てて、魔法障壁越しに注いだ魔力を操作し始めてしばらく。


 早く終わってくれ、と思っている間に、パッと棺にかかっていた負荷が消えた。


「終わったぞ、開けてくれ」


 体力と集中力を多分に使ったシャルロットの前で、あっけなく火葬は終わった。もう終わりかと首を傾げても棺の中は火葬直後の軽い感触で、喉の奥が掠れるほど大きな呼吸を繰り返して、シャルロットはかんざしを下ろした。


 黒い棺が、帯をほどくようにばらけて消えていく。霊安所に残ったのはキャンサーが居ついていた床の穴と、そこにばら撒かれた細かな骨だけ。癌化の進行は早かったが、骨はまだ正常な細胞のまま残っていた。


「……おい、大丈夫か」

「大丈夫じゃ、ないです、多分」

「お前、だからあんな増幅器使ってるのか」

「そうですよ……! 増幅器通さないとまともに魔法使えないんです……!」


 ドミニクが異常に疲弊しているシャルロットを訝しく思ったのか、傍に寄って背中に手を回そうとしたが、一瞬逡巡すると止めたのか手を下ろした。


 あなたの要望だったのに労いもしないのか。そう愚痴を言う気力すらなく、シャルロットは中腰になって俯いた。傾いた顔から大粒の汗が滴り落ちて、耳につけたインカムがじっとり湿って不愉快だった。


「すいません、納骨は任せてもいいですか……」

「…………分かった。すまん」


 しばしの沈黙の後、ドミニクが申し訳なさげに小さく言った。自分が使わせた固有魔法で疲れているのは分かっているのだろう。流石に悪気を覚えたのか、彼はシャルロットの背中に腕を回して支え、一旦霊安所の外へ出た。


「病院と署に連絡と説明を頼めるか」

「そのくらいなら……」


 一度ドミニクと別れて、シャルロットは案内してくれた看護師が待機していた病院ホールの待合室に向かう。疲労困憊なシャルロットが入るなり看護師は顔を真っ青にしていたが、説明すると合点がいったように差し入れをくれた。


 手近な椅子に座って、火葬が終わった旨と遺骨の引き取り先について話す。もらった栄養ドリンクを開けながら外を見れば、ドミニクが骨壺を抱えて霊安所に戻っているところだった。


「あー疲れた……勘弁してよ……」


 結露で濡れた瓶を煽って、耳にかけていたかんざしをテーブルに置いた。ドミニクが戻って来るまでしばらく休んでいようと、行儀は悪いがテーブルに突っ伏して腕を垂らす。疲れ切った身体が重力に負けて額を打ったが、鈍い音に反応も返せなかった。


 固有魔法一発で疲れ切ったシャルロットにドミニクは随分驚いていた。しかし背中が人のものでなかったから彼も自己崩壊症の患者だ。背中の広範囲が癌化していたから、かなり重症のはず。


 シャルロットは恨めしそうにドミニクの背中を見送りながら、栄養ドリンクの瓶を再び手に取った。

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