第6話 れっつぷりずんぶれいく!
前回のあらすじ:確保ぉ!!!
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妹が返ってくるまでの数十分、それで僕は状況を少しでも進展させなきゃいけない。
「でも、こ~んな手錠でガッチリ腕をホールドされたら、普通は逃げられないんだよねぇ……」
妹の余計な周到さによって、さっそく『詰み』になったかもしれない――
――普通に監禁された人なら、きっと大慌ての状況だ。
しかし、昔から異世界転生に憧れて修行してきた僕にとって、手錠を外すことくらい造作もないのだよ。
異世界転生に憧れた僕が最初に手を出したのは、筋トレと格闘技だ。
最初は慣れなかったが、筋力は増加し、大体の格闘技はそれなりにマスターできた。
現時点で高校生の中でもピカイチの筋力を持つ僕なら、出来る。
だから、腕に力を加える。
すると……
『ズズズズズズズズ』
手錠と繋がっていたベッドが、僕の方に引き寄せられた。
違う。違うねん。そうじゃないねん。
本当は手錠を壊したかったんや。
ワイの筋力ならいけるかなって思ってたんや。
こうさ、『バキッ』ってな。
でもワイの力の加え方のせいでベッドが引きずられるとは思わんやん……。
しかも、まだまだ苦難は続くらしい。
「お兄?今のは何の音かなぁ?」
そりゃ、ベッドを引きずればデカい音が出る。
それを妹が聞きつけたら、こっちに来て確認するのは道理なわけで……。
クソッ、こんなところでチャンスを失うわけにはいかない。
この機会は貴重だ。怒り狂った妹が、僕にとって不利益な行動をとる可能性もある。食べ物くれないとか、風呂に入れないとか。
だからこそ、ここで見つかるわけにはいかない!
急いでベッドを元の場所に戻す。
ベッドの位置が変化していたのを見て、脱出しようとしたことを悟られるかもしれないからだ。
そうして、妹が部屋に顔をのぞかせる。
「……さっきの音は何?」
「さあ?お前の幻聴じゃないか?」
「本当かなぁ?……いやでも、特に変わったところは無いしね」
「そうだよそうだよ」
「じゃあ、今回のは私の聞き間違いってことにしといてあげる」
そういって妹は部屋から去る。
安心した僕は、胸をなでおろした。
ただ、きっと妹は僕が脱出しようとしていることに勘づいている。
やはり、ここからは慎重に行動するしかないようだ。
最優先事項は部屋からの脱出、そのために手錠を外してしまいたい。
思考を巡らせて、打開策を探す。
手錠を外す……壊せないなら、妹が僕の手錠を外すしかない。
じゃあどうやって外させる?
どうやってそういう状況をつくる?
……やべぇ、尿意を感じてきた。
トイレに行けない状況を自覚してから、トイレに行きたくなるなんて皮肉すぎる。
日常生活でもたまにあるけど、マジでキツいんだからな!
しかし、トイレに行けないことを嘆いていても仕方ないだろう。
少し逡巡しながらも、僕は妹を呼ぶことにした。
「愛しのマイシスター!妹ちゃーん!お兄ちゃん、お花が摘みたくなっちゃった!だから助けてくれないかなー!」
「……ほんっとうにお兄ちゃんはお兄ちゃんだね」
「それどういう意味?」
妹が意味の分からないことを宣う。
ワイはワイ以外の何者でもないんやで!
「……はい、これでよし。じゃあ早くトイレ行ってきて。……決して、脱走とか、馬鹿なことは考えないでね?」
「ありがとぉぉぉぉ!」
膀胱のダムが決壊しそうだった僕は、妹に感謝の言葉を叫びながら、トイレに駆け込んだ。
ふう、危ない危ない。
高校生にして漏らすところだった。
異世界転生する僕が、こんなところで漏らしていたら面目が立たない。
そんなこんなでトイレの危機を免れた僕は、次の作戦を考えることにした。
「取り敢えず手錠は外してもらえた。ここからどうしようか……ん?これって、後は家の外に逃げてしまえば、僕の勝ちは確定しているのでは?」
自分で声に出して、気づく。
そうだ、家の外まで出て隠れてしまえば、妹が僕を捕まえたりする術はほとんどなくなる!
そうと決まれば、早速行動を開始するほかない。
善と便は急げとは、よく言ったものである。
「いやっほぉぉぉぉい!僕は自由だぁぁぁぁぁ!」
僕は全力ダッシュで玄関へ向かい、まさしく光の如き速さで靴を履いて外に出た。
気分はさながら、鳥籠から解放された鳥の気分である。
監禁されたときはどうなることかと思ったが、こんなに楽に脱出できるなんて思わなかった。
今日は久樹に泊めてもらうか。
妹に脱走したことバレてるだろうし、ひとまずは家に帰らないほうが良さそうだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
――トイレに行かせたっきり、お兄が帰ってこない。
私はお兄をトイレに行かせてから、かれこれ三十分は経った。
こんなに時間が経っても帰ってこないってことは、十中八九脱走してしまったのだろう。
「ふふふ……でもね、甘すぎるよお兄」
今頃ウキウキで自由になった気でいるお兄のことを考えて、思わず笑みが洩れる。
なんて浅慮なんだろうか。
あまりの愚かしさに、あまりの蒙昧に、笑うしかない――
――でも、そういうところもお兄の可愛いトコロだよ?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その日、その魔女の部屋からは、ずっと不気味な笑い声が響いていた。
誰もが見惚れてしまうであろう笑みを湛えた美しい魔女、しかし笑い声からは、隠し切れない狂気が滲んでいる。
「お兄……超可愛いよぉ……♡」
魔女の愛する人物の写った写真を見ながら、喘ぐような浅い呼吸を繰り返している。
しばらくすると落ち着いたのか、魔女はスマートフォンを取り出し、位置情報アプリを開いた。
位置情報アプリの地図上に、赤い点が表記されている。
魔女は、酷く陰惨に笑った。
「どこへ行っても筒抜けだよ?お兄は絶対に私からは逃げられないんだから」
夢見心地に呟く魔女、その紅潮した頬や、浮かんでいる汗も相まって、非常に艶めかしかった。
魔女は考える。最愛の人を捕まえる方法、今度こそ絶対に逃げられないようにする魔法を。
魔女は
どんな対価を支払ってでも、魔女は最愛の人と添い遂げることを望む。
そんなありえない妄想をする魔女は、皮肉なことに、それを想う表情だけは恋する少女相応のものであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
自由を手にした僕は、高揚した気分のまま、久樹に電話を掛ける。
しばらく待つと、久樹は電話に出てきてくれた。
「もしも~し?」
『もしもし……ってなんだ、一郎か』
久樹と連絡を取ることに成功した僕は、久樹の家に泊まりたいという
旨を伝える。
「頼みたいことがあってな。一週間ほど、お前の家に泊まることは出来るか?」
『どうしたんだよいきなり、お前にしては珍しいじゃないか』
「えっと、大分緊急の要件なんだ。ついでに僕の着替えとかも用意してくれると助かる。今家に取りに戻ることは出来ないから」
『そうか……まあ家族となんかあったのかは知らんけど、俺んちでよければいくらでも泊めてやるよ』
「ほんとか!助かる……」
『珍しく友達が頼ってきたら、断れねぇよ』
持つべきものはやはり友である。
こいつのイケメン指数がここまで高いとは……いやはや、彼女が出来るのも納得であった。
それにしても、妹は今、どうしているのだろうか。
流石に僕を探し始めたりしているかもしれない。
一抹の不安を抱えながらも、僕は久樹の家へ向かうのだった。
ラブコメの神様、否、ラブコメの悪魔!僕の邪魔を絶対するなよ!
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