第44話 レイの発破
エルトスが死に王も下げられた。誰もがこの魔物の氾濫を止める事ができないのではと絶望していた。そのため、前線が崩壊しかかっている。皆の顔も強張り、及び腰になっていた。
指揮を執る者がいない。
この事が戦場に立つ者たちに重くのしかかっている。この街で騎士をしている者でさえ、指揮を執る事はできない。この場を回していたのはエルトスで、誰もが認めたからこそ指示に従っていたのだ。それでも誰も逃げ出さないのは家族への想いや、王を守ると言う使命。それに加えてセツヤの奮闘があるから。そのセツヤも小さな傷が多くなってきていた。致命傷まではいかないが、傷が目立つ。ただ、ここでセツヤが倒れでもすれば……皆はわかっている。この状況を打破するには王が必要であると。
「……うん」
そんな戦場を見ていてレイは歯痒さを感じている。皆が王を求めている。ならば自分のすべきことは……1つ頷いてみせてレイは――。
「ねぇ、アルフィアス」
視線は戦場へ。だが目の前にいるアルフィアスへ声はかけた。アルフィアスからの反応はないが。
「このままでいいと思っている?」
意気消沈して膝を抱えたまま動かないアルフィアス。レイの言葉に耳を傾けているのかわからない。悲しみに暮れるアルフィアスにレイは心の中で怒っていた。皆の奮闘を見ていない。皆の意地を見ていない。皆の想いを見ていない。顔すら上げないアルフィアスへレイは胸倉を掴んで立たせた。
「何を……やっているのさ!」
レイの怒号が響く。アルフィアスの下へと魔物が行かないように固めている者たちも驚くほどである。少しだけ槍衾が動いてしまう。その隙を狙って魔物が来る事はなかったが。
自分の不甲斐なさでエルトスを殺してしまった。そう思っているアルフィアスは立ち上がれないでいた。今もレイに胸倉を掴まれて立たされているだけだ。足に力は入っていない。目に力はなく虚空を見つめて彷徨っていた。
そんなアルフィアスの気持ちもわかる近くで守っている者たち。大切な人を亡くす気持ちはわかっていた。だからこそアルフィアスが自ら立たねば意味がない。それに自分たちでは王を立ち上がらせる事はできないと理解している。ここで王の奮起を促して失敗すれば、アルフィアスが王として立ち上がる事はないと思っていた。
しかし、レイはそう思っておらず――。
「あれを見なよ」
レイは顎で指し示す。そちらにアルフィアスは弱々しく視線を向ける。そこには必死に戦う皆の姿があった。確かに前線は崩壊しかかっている。それでも守ろうと命をかけていた。皆の目はまだ……死んでいない。そう今のアルフィアスのようにはなっていなかった。
「あ……」
さらに目をやると最前線で戦うセツヤの背中が見えた。傷だらけでも止まる事なく戦う姿に誰もが力をもらっているようだ。あれこそアルフィアスの理想ではなかろうか。そんな気持ちすら芽生える。
「アルフィアス、君は父さんが死んだだけで諦めるのかい? 王になる覚悟はどこに行った? そんな簡単に君の意志は崩れるの?」
アルフィアスは反論しようとして……できなかった。レイもまた辛く、涙を堪えていたから。
父親を亡くした痛みはレイも一緒なのだ。
「……立てよ」
涙を流すまいとするレイは左手の指で示す。そこは戦場で、誰もがいtの地を散らしている場所。今まさに人が死んでいる。
「君はあそこで戦っている者たちを見殺しにするのかい? 無駄死にさせるのかい?」
レイの言葉がスッと心に入ってきた。アルフィアスの心に火が灯り出す。目に光が宿っていく。そうだ、と自分は王になるのだ。こんなに心が弱い王でも皆が命を張って戦っている。
さらに言えば、ここで負ければ死んでいった者たちは無駄死にだ。アルフィアスを守って戦っている者たちの死を無駄にはできない。
「君にしかできないんだ。私でもセツヤでも駄目なんだ……!」
ゆっくりとアルフィアスの足に力が戻ってくる。レイに支えられたままではなく、自らの足で立つ。そして戦場を見る目に鋭さが宿る。
今、立たないでいつ立つと言うのか。
「君の力が……必要なんだよ!」
ついに涙が一筋流れてしまうレイ。両手で掴みなおしたアルフィアスの胸倉を引き寄せて空高くレイは思いっきり叫ぶ。
「だから……早く、立ち直れぇぇぇ!」
アルフィアスはレイの発破に……全身を奮い立たせた。しっかりと地に足がついて、力が漲ってくる。悲しむのは後だ、とアルフィアスは思う。
「ありがとう、レイ」
アルフィアスの目に煌々と光が宿っている。レイから掴まれている胸倉にある手を優しく包むアルフィアス。その手は温かくレイはもう大丈夫だとわかった。だからレイは手を離してから自分の涙を袖で拭いて頷いた。
「もっと早く立ち直ってよ」
アルフィアスとレイは互いに笑ってから戦場へ向かう。その姿を見た皆が歓喜に満ち溢れた。ここから王と反撃に出るのだ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます