第43話 エルトスの死

「ちっ!」


 セツヤは舌打ちして折れた剣を手放す。そしてすぐに次の剣を探した。下がってもよかったが、戦線が崩壊する事を恐れてできなかった。視線を彷徨わせて……見てしまう。その視線の先に膝をついて今にも倒れそうなエルトスの姿を。


「え?」


 セツヤは思わず目を見開いて固まった。周囲の雑音さえ消えたような気がしてしまう。それほどに衝撃だった。エルトスほどの騎士が深手を負うとは考え難かったのだ。何があったのかわからないセツヤは急いでエルトスの下へ。戦いに集中していたセツヤは知らなかったのだ。さらに言えば最前線で戦っていたために後方で起きた事に気づけていない。アルフィアスを庇ってエルトスが致命傷を負った事を。


「エルトスさん!」


 周囲の兵士たちが絶対にエルトスへ魔物を近づけさせないように奮戦している。兵士たちの表情も見ていられないほどに悲痛な顔をしていた。それを横目で確認しながらセツヤはエルトスの近くへ。


「……セツヤか」


 エルトスの顔は血の気が失せて目の焦点も合っていない状態だった。さらに声に力もない。セツヤはエルトスの手を取って叫んだ。


「死ぬな! まだまだ俺たちにはエルトスさんの力が必要なんだ! だから……!」


 エルトスの焦点が合ってセツヤを見つめてきた。そしてエルトスはセツヤへ告げる。


「ふっ、お前はまだ騎士ではない」

「はぁ? 何を言って……?」


 唐突に意味がわからない事を言われてセツヤは困惑する。エルトスは口から血を流しながら言葉を続けた。


「叙勲がまだ済んでいない。お前はまだ騎士ではないのだ」


 なぜそんな事を今になって言うのか、意味がわからないセツヤ。だが、エルトスは嗤った。とてもやさしい顔で笑みを浮かべたのだ。


「ならこの戦いが終わった後に叙勲をしてもらう」


 セツヤの言葉にゆっくりとエルトスは首を横に振った。そしてセツヤの手を強く握り締める。


「王を、頼む。騎士ではないお前に頼むのだ……なぜかはわかるな?」

「まさか……!」


 セツヤはエルトスが何を言いたいのかわかった。わかってしまった。だが、それはセツヤにとって認められない事だ。


「……俺は王の騎士になて――」

「駄目だ。お前は王の友として戦え。叙勲の事も王に言うな」

「何だよ……それ」


 セツヤはエルトスがどう思っているのかがわかった。だからこそセツヤに騎士ではなく、王と対等な関係でいて欲しいと願っている。


「きっとこの先、王は思い悩む。それを横で支えられるのは……対等な者だけだ。騎士では駄目なのだ」


 セツヤは下唇を強く噛んだ血が流れるのもお構いなしに噛んだ。悔しさとエルトスの命の灯火が消えかかっている事を自分ではどうしようもないと感じたから。


「お前に頼むのは一生の不覚だとは思っているがな」


 エルトスが笑う。こんな時に冗談を言わなくてもいいのに……セツヤを想っての発言だった。


「セツヤ……頼んだぞ」


 エルトスは自分の剣をセツヤに渡す。必死に涙を流さないようにしているセツヤは頷いて戦場へ。自分の情けなさを魔物にぶつけるように剣を振るった。

 微かに見えたその後ろ姿が頼もしく思えると共に……エルトスは視界が真っ暗になっていくのを感じる。


(我が王よ、これでよかったでしょうか? あなた様に生かされ歩んだ人生……お役に立てたでしょうか?)


 目も見えない。息をしているのかもわからない。そんな中でエルトスは目を開けた。


「あぁ……! 王よ! 私もあなた様の下へ行けるのですね……!」


 エルトスの前には前王がいる。その顔には柔らかい笑みが浮かべてあって――。


「エルトス、余の騎士よ。大儀であった。後は――」


 前王ウルディアスが指を向けるとそこには戦場に立つセツヤの姿。獅子奮迅の活躍をしている。


「あの者に任せるとしよう」

「はっ! セツヤならば……きっと――」


 エルトスが笑みを浮かべながら頷いてみせるとウルディアスも笑いながら頷いた。


「エルトス団長!」

「お疲れ様です!」


 あの時に死んでいった部下たちも笑顔で迎え入れてくれる。エルトスが泣き笑いしながら仲間たちの輪の中へ。


「あなた……レイを立派に育て上げて、ありがとうございました」


 エルトスの奥さんもやって来て労ってくれる。涙が溢れながら頷くエルトスに奥さんは少しだけ怒ってみせる。


「食生活だけはどうにかして欲しかったですけど……お疲れ様でした」


 エルトスは仲間たちに囲まれながら天へと昇って行く。


「よく、頑張ったな」


 隣でウルディアスがエルトスの肩を叩いた。その言葉にエルトスは――。


「はい!」


 満面の笑みで応えたのであった。

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