第42話 エルトスの想い

「……あ、れ?」


 全然痛みが来ない事にアルフィアスは疑問に思った。オーガの一撃が来なかったのだろうか、と不思議に思いつつ、恐る恐る目を開けるとエルトスの顔がある。額から大粒の汗を流して苦悶の表情を浮かべたエルトス。アルフィアスへ優しい声音でエルトスは言った。


「無事でよかった」


 エルトスの背後にいるオーガは兵士たちが必死に相手をしている。そんな兵士たちは悲痛な面持ちで戦っていた。

 なぜ、そんな顔をしているのか……理解できないアルフィアス。


「レイ! 王を連れて一度下がれ!」


 エルトスはアルフィアスの背後を見て言った。アルフィアスが危機に陥った時、動いていたのだ。呆然としているアルフィアスの腕を掴むレイ。


「……ほら」


 レイの表情も辛そうなものであった。どうしてそんな表情をするのか……アルフィアスは理解したくなった。


「あ……」


 アルフィアスがレイに連れられて離れていく。そうアルフィアスは理解したくなかった。理解したら……エルトスを失うとわかってしまうから。

 嘘であって欲しかった。

 エルトスがオーガを倒すために振り返る。その背には深い傷跡が残っていた。誰がどう見ても致命傷だとわかる。


「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁ! 父さん!」


 自分のせいだと思った。エルトスはオーガの首を刎ねた後に膝をつく。その光景が信じられなくて……アルフィアスは涙が溢れてくる。思わずレイの手を振り払ってエルトスの下へと走ってしまった。


「王よ! 今は戦場です。油断してはなりません。涙も不要です」


 エルトスが剣を杖に立ち上がってそう告げた。自分は大丈夫だと見せるために。涙が止まらないアルフィアスは首を横に振る。嫌だと、死なないでと何度も振った。


「王よ、私は大丈夫です。必ず立ち上がってください。王を守るために皆、戦っているのですから」


 エルトスの優しい表情が辺りを見回す。アルフィアスもつられて周囲をっか宇人下。そこにはアルフィアスの方へ魔物が行かないように奮戦している兵士たちの姿があった。


「絶対に行かせるな!」

「死んでも止めてやる!」

「王を……守る! 守ってみせる!」


 今、この時だけは民を守る戦いから王を守る戦いへと変わっていた。自分たちの変わりはいくらでもいる。だが、王の変わりはいないのだと。先ほどのエルトスの行動で理解させられたのだ。兵士たちはエルトスとアルフィアスの会話を魔物に邪魔されないために円陣を組んで戦う。1匹も通さないと言う意志が見て取れた。


「王よ、まだまだ戦いは続きます。戦いに集中してください。私は大丈夫ですから」


 エルトスが気丈に振る舞っている事がわかったアルフィアス。絶対に離したくないとエルトスの外套を掴んだ。アルフィアスの後ろでレイも涙を堪えていた。


「……レイ、王を連れて離れろ。この場にいるべきではない」


 もうアルフィアスが戦えないのだと思ったエルトスはレイへ頼んだ。娘である例も辛いはずなのに頷いてみせた。言葉は発せない。口を開いたら涙が止まらなくなる事がわかっていたから。

 レイに促されるアルフィアスだったが、外套から手を離さない。エルトスが笑みを浮かべながら、そっと手を離させる。離れた手を伸ばしながらレイに連れられて行ったアルフィアス。その姿を微笑みながら見続けた。


(私はあなた様が立派な王になる姿を見ていたかった。ですが、これも運命なのでしょう)


 意識が薄れていく。エルトスは自分の願いを言うつもりはなかった。アルフィアスへ言ってしまったら……立ち直れないとわかっていたから。


(これで私も……皆の下へ)


 膝をついているエルトス。その周りを守るように固める兵士たち。その兵士たちの隙間から――戦っているセツヤが見えた。

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