第39話 迎撃開始!

 セツヤは一目散に下へと降りる。その背後から弓兵たちの悲鳴が上がった。顔を青ざめてガタガタと身体を震わせる。弓兵たちの目の前には信じられない物が見えており……それは魔物の数が――。


「数は! 数はどのくらいだ!」


 下にいる誰かが弓兵たちに怒鳴った。全然答えない弓兵たちに早く言って欲しい。数さえわかれば戦い方があるのだ。いろんな選択肢があると下にいる者たちは思っている。

 下からは弓兵たちは見えない。そのため弓兵たちがどんな表情をしているのかわからないでいる。

 弓兵たちの表情、それは……絶望――。


「数は! 数はどうなんだ! 早く答えろ!」


 壁の上へもう一度、怒鳴った。誰かが上に行くべきでは、と言っている所に弓兵の1人が顔を出す。その顔は蒼白で涙を滲ませている。絶望感が色濃い弓兵を下で見ている者たちは喉を鳴らした。


「か、数……かじゅは……!」


 喉を震わせて噛みながらも答えようとする弓兵。喉がカラカラに渇いて上手く喋る事ができない。それにこの絶望を伝えていいのか、そんな考えすらも浮かんでいた。

 だが、言わねば皆が覚悟を持てないだろう。そう思って答えた。この場にいる全員が絶望を抱いてしまう事を。


「か、数えきれにゃい、ほどだ!」


 弓兵の言葉と同時に1人の兵士が家具などの障害物を置いた場所から登って顔を出す。信じたくなかったし、本当なのか疑問に思った上での行動であった。兵士が見た物は……。

 ゆっくりと下りてきたきた兵士は喉を鳴らして皆を眺める。その兵士の顔は真っ白になっており、強く拳を握った。その姿はとても悔しそうな印象を与える。


「確認した……数えきれない。あぁ……あれはまさしく魔物の氾濫だ」


 絶望的な事実にその場は混乱した。勝てるのか。いや、生き残って家族と会えるのか。確かに覚悟はしていた。どんな事になろうが愛する者たちを守る。そう思っていたのだ。それでも絶望感を抱くには十分で……。

 数えきれない魔物と戦う事ができるのか。勝つ道筋が完全に見えなくなってしまっていた。

 まだ傭兵たちは全員が来ていない。この場にいるのは民兵と騎士に兵士のみ。少数ながら傭兵が来てくれているが、きっと逃げた傭兵もいるだろう。

 自分たちも逃げればよかったのでは。そんな疑問が浮かんでくる。この時の傭兵ギルドは逐次投入する事しかできず、少しずつしか送り出せていなかった。それでも傭兵たちは街を守ろうと準備をして向かってくれていた。


「か、勝てるのか? 俺たち……」


 誰かが口に出してしまった。この言葉に悲壮感が漂いだす。誰もが思ってしまっていたのだ。勝てる訳がない、と。完全に萎縮してしまっている。士気もガタ落ちだ。


「狼型の魔物が来るぞ!」


 弓兵の1人が言うが……完全に戦意を失った者たちではどうする事もできない。弓兵も矢を放とうとするが、手に上手く力が入らず……射る事ができない。矢をまともに掴む事すらできない者もいた。

 下は下で戦意が著しく落ちた状態となっている。槍兵も手汗で上手く持てないでいた。家具の障害物でどうにか押し止めて槍で突く。その戦法すら取れない。このままでは戦えないと判断したアルフィアスは声を上げようとする。


(どうにか皆の勇気が出る言葉を……!)


 だが、何も浮かばない。焦るアルフィアスは必死に考える。口を開くが何も言葉が見つからないでいる。アルフィアスも戦意を落としている事に気づいていない。

 エルトスはアルフィアスが初陣なので仕方がないと思い、声をかけようとする。しかし、魔物は待ってくれない。


「障害物が!」


 狼型の魔物に障害物を突破された。隙間を抜けて襲いかかってくる。すぐに槍を構えて突き殺さねばならないが……槍兵たちは手が震えて何もできずにいた。槍を手から落とす者すらいる始末である。

 何もできずに蹂躙される。

 そう誰もが思った。これでは不味いとエルトスが口を開いて檄を飛ばそうとした瞬間だ。


「うおおおおおお!」


 セツヤが気合の入った雄叫びを発しながら剣を抜こうとした。しかし、剣は抜けない。拒絶の意思が流れ込んでくる。それでも頭痛がするほどでもなく、鞘に入ったまま狼型の魔物を殴った。

 首の骨を折られた狼型の魔物がギャンと鳴きながら絶命する。

 障害物の隙間から来る狼型の魔物。単発的に突破してくるためにセツヤ1人でも対処できた。

 左手に持った剣で中に1匹も入れないと言う強い意志が感じられる。狼型の魔物も畏怖したのか少し下がってしまう。

 その頼もしい背中を見てアルフィアスは深呼吸した。


「皆! 聞け! 彼1人に戦わせていいのか! 私たちはこのまま蹂躙されるのを見ているだけなのか!」


 アルフィアス自身にも言い聞かせるように……言葉を紡ぐ。


「戦え! 愛する者たちを守るためにも……戦うのだ! 私たちの背後にいる者たちを想い……戦う勇気を! 奮い立てろぉぉぉ!」

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