第37話 ラルフリット
街が慌ただしい事に気づいたのは宿のベッドで寝ていた時だった。青い髪を1つに結んでそれを肩に垂らしている少女、ラルフリットはいつものようにフード付きの外套を着て外へ。フードを目深に被っているために顔を見る事はできない。ラルフリットは他人に顔を見られないようにしていた。
外には誰もが足早に移動している。顔は青ざめており、何かがあったのだとラルフリットは感じた。
「緊急! 緊急! 準備が整った者は急いで西門へ行ってください!」
傭兵ギルドの受付嬢が必死に声を張り上げている。武器を確認した後に出て行く傭兵たちもいた。それらを見送ってラルフリットは受付嬢の下へ。
「何かあったのですか?」
「え?」
受付嬢は間の抜けた声が出てしまう。ラルフリットの質問に受付嬢は聞いていなかったのかと驚いていた。すぐに我に返った受付嬢は急いで現状を説明する。受付嬢はSランクであるラルフリットの力が必要であるとわかっていた。
「ラルフリット様、急いで準備をしてください。魔物の氾濫が起きてこの街へ向かっているとの情報です。今は王が兵を集めているそうです。一刻も早く西門へ行ってください!」
ラルフリットは受付嬢の言葉を聞いて目を見開いて驚く。少し思案してから頷いてみせる。
実はラルフリットも王の剣、エルレイスが抜かれる瞬間を見ていた。あのキラキラとした空間が、王が、眩しくてその場から逃げ出した。自分にはあの空間が場違いであると思っての行動で、逃げた先が宿であった。そのまま寝転んでいたら軽く眠ってしまっていたが。
青の後に魔物の氾濫が起きていると情報が入ったらしい。受付嬢の話を聞いてラルフリットは悔しい気持ちでいっぱいになる。もしもあの場で聞いていれば……。
「わたしも違っていたのかなぁ?」
傭兵ギルドを出てから呟いた。首を横に振って過ぎた事だと宿を目指す。愛剣であるライオレットを取って宿を出ると西門ではなく東門が騒がしい事に気づく。
「何かあったのかな?」
ラルフリットは西門ではなく東門へと向かった。そこでは代官と民たちの言い合いが起きていた。ラルフリットは唖然として急ぐ。
「何を言っている! 本当に魔物の氾濫が起きていたら……どうするつもりじゃ!」
1人の老人が声を張り上げると他の者も声を上げている。その内容は早くここから出せと言うもので……。
「黙れ! ここから出る事は許さん! 私が戻って来るまでここで待っていろ!」
代官の理不尽な言葉に民は怒っていた。代官は子飼いの騎士を数人残して門から出て行く。民は代官が馬に乗り駆けていく後ろ姿を呆然と眺める事しかできないでいた。もちろん騎士たちが邪魔をして出る事はできない。憤りを隠せない者や泣いている者もいて、どうするか迷っているようだった。
「何をしているのですか?」
ラルフリットは東門を守っている騎士たちに声をかけた。もちろん怒気が宿っているのだが、騎士たちは傭兵であるラルフリットを嘲笑う。
「あぁ? 傭兵風情が……騎士である俺たちに言いたい事があるのか? 俺たちはこの門を守れと言われているんだ。誰であろうと出すつもりはない!」
ラルフリットは騎士たちを睨んでいたが、今は時間を無駄にはできない。ラルフリットは声を張り上げて民に言った。
「わたしたち傭兵や兵士たちで守ってみせます! だから信じて家に帰ってください! このままここにいる方が危ないです」
民は顔を見合わせて……この場を移動する。騎士たちを睨みつけながら、だ。しかし、戦場は西門で、家があるのも西門に近い所である。どうするか考えた民は広場へ向かった。どうせ死ぬなら王の剣があった場所の方がいいと思ったからだ。ラルフリットは急いでいたために気づいていなかったが。
騎士たちはラルフリットを馬鹿にした。
「はっ! どうせお前らも死ぬんだ。民を守る事などできないさ」
その心ない言葉にラルフリットはあきれる。なぜならば……そこで門を守っている騎士たちも西門を抜けれれば死ぬ事になるのだから。つまり捨て駒だ。代官にとって自分が生き残ればいいと考えているのだ。街に愛着はある。だからこそ代官さえ生きれば再建できるそう思っていた。命あっての物種だ、と。
ラルフリットは口を開いて……止めた。どうせ言ったとしてもどうにもならないとわかっているから。この騎士たちに何を言っても無駄だと。
肩を竦めてから西門へ急ぐ。
「お姉ちゃん! 頑張って!」
道中で小さな子供が目に涙を溜めながら応援してくれた。広場を目指している民から声援が送られてくる。その声に応えるためにラルフリットは力強く頷いた。
「ええ、必ず……守ってみせます!」
声援を背に駆けるラルフリット。この後、ラルフリットの人生を大きく変える出来事が待っているなど……知る由もない。
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