第36話 迎撃準備

「王の、御前……だと?」


 代官はエルトスの言っている意味がわからない。周囲の民を見て全員が敵意の宿った目で睨んでくる。何が起きているのか全く理解できない。


(これは、いったい……?)


 困惑している代官。それを見てエルトスはアルフィアスの手を指し示した。そこに何があると言うのだ、と言いたげな代官だったが――。


「これが見えぬ訳ではあるまい?」


 エルトスに言われ、代官の視線がアルフィアスの持っている剣へと向かう。顎が外れるかと言うくらいに驚いた。見覚えも何も代官も挑戦した剣だ。それと同時にそんな訳がない、こんな小娘が抜いたなど認めたくない。そんな思いが渦巻いた。だが、実際に目の前の剣を見紛うはずもなく……認めざるを得ない。あれは王の剣であると。


「まさか……! 抜いたと言うのか!」


 思わず漏れ出た言葉。代官にとってこの状況は非常に不味かった。あのエルレイスが抜かれていた事にも驚きだが、その抜いた王を前に不遜な態度をとってしまっていた。確かに知らなかったとは言え、許されることではない。さらに言えば、長年に渡りこのエルレイスの街を治めてきた代官だが、許可なくしゃべっていい相手ではない。今すぐに跪き許しを請うべき事態だ。そんな思いが浮かんでくる。

 だが、代官は民に恐れ戦く姿を見せまいと虚勢を張った。


「その剣を抜いたとしても……王になれるとは限らない!」


 この物言いにエルトスは淡々と返す。その姿は怒気を孕んでいたが……切羽詰まった代官は気づかないふりをした。ここで屈せば民に侮られる。それは代官の自尊心が許さなかった結果である。周囲の民が今の代官をどう思っているのか、考えたくなかったのだ。


「王が死ねば、この剣はこの街に戻って来る。そして全欧が抜いた後はこの街になかったはずだ。そして15年前に戻ってきている……それを知らないとは言わせぬぞ?」


 この街に住んでいた代官はその事をよく知っている。それでも認めてはならないと心の声が言っていた。今、認めてしまえば命はないのだ、と。

 視線をさまよわせて、代官は必死に何かを探す。王を糾弾しようと考えていたが……何も浮かばずに代官は舌打ちしながら背を向けた。


「ちっ! 行くぞ!」


 王への不遜な態度を改めさせようとエルトスが代官を捕まえようとする。だが、数人の騎士が止めた。


「申し訳ありませぬ! ですがあの方も代官として長年やってきた自負があるのです。どうか! どうかお怒りを静めて頂きたく……!」


 代官子飼いの騎士たちはいなくなったが、この街の騎士たちは必死に頭を下げている。この場に来た半数の騎士が残って謝っていた。


「我々の微力をお使いくだされ! それで代官様の非礼をなかった事に……!」

「そうまでして助けるほどの者か?」


 エルトスはあの代官を小物だと思っている。それでも騎士たちは残って弁明しようとしている。そんなに魅力的な者でもない。そう思っているエルトスだったが……。


「あの方は長年代官としてこの街を治めております。手腕をどうこう言うつもりはありませんが……騎士として共にあったのです」

「……そうか。それがお主たちの忠誠か」

「はい、ですがそれもこれまで。代官様とは袂を分かつ……その覚悟です」


 騎士たちの想いを聞いてアルフィアスが1つ頷いた。


「立派な忠誠心よでも――」


 アルフィアスが微笑む。その微笑みを見て誰もが見惚れた。言葉には表せないほど美しくも力強い笑みだ。


「これからは私に忠誠を誓って」

「「「はっ!」」」


 アルフィアスの言葉に跪く騎士たち。いや、この場にいる誰もが跪いていた。静まり返る広場にアルフィアスの声はよく通った。


「さぁ! 魔物の氾濫を……止めるわよ!」

「「「おおお!」」」


 人々は走った。魔物の氾濫が起きた事を全員に知らせるためだ。そしてアルフィアスたちはどうするかをその場で話し合う。


「籠城……しかありませんな」


 騎士の1人が渋い顔でそう言った。この場にいる誰もが理解していたが、兵力がどのくらい集まるのかわからない。さらに言えば……魔物の数もわからないし、戦えない民を逃がすことができるのかもわからない。何もかもがわからない、手探りの状態だった。


「女、子供に老人を逃がすために馬車を使いましょう。少しでも荷物は少なくして……命を優先させる」


 アルフィアスがそう言うと騎士たちが頷いて馬車の手配を開始した。そして戦える者たちは武器を持って西門へと向かう。

 道中で民も戦うと言い、兵の数だけは増えた。



 門兵は壁に上り、壁の連絡通路で遠くを見張っていた。緊張感から喉を鳴らして遠くを見ているが、一向に魔物の姿が見えない。

 どういう事なのか、と首を傾げている門兵。このまま魔物の氾濫が消えてなくならないかな、と思っていた。本当ではなくて嘘であってほしい。心の中で願望が漏れ出そうになる。弱気にもなってしまう。

 だが、森の先から黒い雲が出てきて段々とこちら側に来ている。今まで晴れていた空が雲に覆われだして……不気味さが際立ってきていた。

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