第35話 王の御前

 王の誕生に熱狂していた民は静まり返った。顔を合わせて何が起こっているのか、理解できずにいる。それを見て傭兵たちは焦燥に駆られて言葉を発した。


「早く! 逃げる準備か籠城の準備か決めるんだ!」


 傭兵たちの必死な顔に民は魔物の氾濫が本当であるとわかる。1人、また1品と理解が及び、そして――。


「まずい! まずい!」

「は、早く……逃げよう!」

「逃げても同じだろ!」

「じゃあどうするんだよ!」

「戦うんだよ!」


 様々な意見が怒鳴り声となって駆け巡った。収拾がつかない。このままでは話しているだけで何も決まらない。そう感じた傭兵たちは1つ頷いて声を上げようとした。一刻を争うのに時間を無駄にする訳にはいかない。そう思っての行動だが――。


「お――」

「皆! 落ち着け!」


 傭兵たちの声を遮ってアルフィアスが声を出す。大きくも澄んだ声に誰もがアルフィアスへ注目した。アルフィアスは頷いてみせてゆっくりとどうするべきか話す。その声を聴くと安堵した。皆の焦燥を鎮めるのに成功する。


「戦える者は先頭の準備を! 戦えないものたちを逃がす!」


 民たちが頷いて行動を起こそうとすると、そこへ代官がやって来る。エルレイスを抜いた騒ぎを聞いてここまで来たのだが、人だかりをかき分けて傭兵たちの前へ来た。代官は不機嫌そうにあたりを見回して、騒ぎの中心がこの傭兵たちにあると勘違いをする。


「何をしている?」


 傭兵たちは今すぐに準備しなければ手遅れになると説明した。代官は眉をピクリと動かすと衝撃の言葉を放つ。それは傭兵たちを驚かせるのに十分だった。


「この者たちを捕まえろ。魔物の氾濫など、起きていない」


 代官の後ろにいた騎士たちが傭兵を捕まえようとする。何を言っているのかわからない傭兵たちは必死に訴えた。だが、代官には届かない。むしろ汚物を見るかのような冷たい目で睨んでいた。


「この目で見たんだ!」

「本当に魔物の大群が!」

「ふん、黙れ。早く捕らえよ!」


 聞く耳を持たない代官は鼻で笑いながら、騎士に命じるだけ命じてその場を離れようとした。騎士たちの半数が困惑顔で傭兵たちを捕まえようとする。この半数の騎士はこの地を代々守ってきた騎士たちである。傭兵が本当の事を言っていたらと思うと行動に移せない。残りの半数は代官子飼いの騎士である。金さえ貰えればいいと思っている騎士たちだ。


「俺たちは本当の事を言っているのに……!」


 悔しそうにする傭兵たちはガックリと肩を落としていた。このまま何もできずに捕まり、言いがかりをつけられて処罰されるのだろう。その傭兵たちを捕まえるために近づいている。それを見て動く者がいた。


「待ちなさい!」


 そう、騎士たちを止めたのはアルフィアスだ。威厳ある声に騎士たちは固まった。思わず膝をついて忠誠を誓いたくなるほどである。アルフィアスはゆっくりと傭兵たちの前へ。民たちは両端に寄って道を開けた。


「この者たちが嘘を吐いている可能性もあるわ」


 アルフィアスの言葉に傭兵たちはさらに肩を落とす。絶望に叩き落された気分だ。だが、続きがあった。


「逆も然り、よ」


 傭兵たちがアルフィアスへ視線を送る。その目は恐る恐るといった具合で、本当に助けてくれるのか、と疑問を抱いていた。それを感じながらもアルフィアスは口を開くと同時に傭兵と騎士の間に入る。


「この者たちが本当の事を言っている可能性もある。代官ならば両方の可能性を考えて行動するべきではないのかしら?」


 アルフィアスの真剣な表情に代官は怯む。こんな小娘に言われて畏怖した事が恥ずかしいと感じる代官。それでも机上に振る舞う代官は――。


「こいつも捕まえろ! この私に無礼な振る舞い……許さん!」


 顔を真っ赤にして怒った。だが、騎士たちはアルフィアスの言っていることが正しいと感じていた。だが、半数の……代官子飼いの騎士たちはそう思っていないようで、嬉々としてアルフィアスを捕まえようとする。見目麗しいアルフィアスを捕まえて奴隷商に高値で売ろうと考えていた。


「ひぃ!」


 嬉々として捕まえようとしていた騎士たちの中から小さな悲鳴が上がる。何事だと騎士たちが思ていると代官子飼いの騎士の1人が上げた悲鳴だった。エルトスが剣を抜いて首に突きつけていた。今までエルトスを認識できなかった騎士たち。いつの間にそこにいたのかわからないほどの早業だった。

 さらにエルトスは低く威圧感たっぷりの声で事実を告げる。


「お前たちこそわかっているのか? ここにおられるのは……王であるぞ!」

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