第34話 魔物の氾濫

 その日は人の往来が少なかった。のんびりとした空気の中、門兵も欠伸を噛み殺しながらいつもの業務を行っていた。槍を持って門を守っている。すると街道から土埃が見えた。街道と言っても踏み固めて草がないだけの道で、周りには足首くらいの草原が広がっているのだが……門兵は珍しいと思いつつも目を凝らして確認する。


「何だ? 猛烈な勢いで馬車が……駆けて来ている?」


 1台の馬車が草原に入らないようにしつつも、馬が潰れるのではないかと思うくらいの速度で迫っていた。同僚と顔を見合わせて槍を交差させる。そして大きな声で馬車へ警告した。


「止まれ! ここはエルレイスの街だ! ここで止まれ!」


 馬車は門の前で減速する。荷台に乗っていた傭兵たちが降りてきて門兵は目を丸くした。だが、その傭兵たちは顔を真っ青にして汗だくだ。

 何かあったのかと警戒する門兵。槍を向けようとすると傭兵たちはその槍を掴んだ。そして声を揃えて言う。それは門兵も驚くべき事だった。


「代官に話を持って行ってくれ! 魔物の氾濫だ! いろんな魔物がこちらにやって来るぞ!」


 傭兵たちの言葉に門兵は頷き合う。事は一刻を争う、そう感じたからだ。傭兵たちの相手をする者と報告に行く者で分かれて行動した。


「詳しく話してくれ。あいつが代官様に話を持って行っているから」

「あ、あぁ……オーガにオーク、ゴブリンなど様々な魔物が来ている」

「ウルフ系もいたな」


 息も絶え絶えに話す傭兵たち。どんな魔物がいたのかと話していると門兵が首を傾げながら聞いた。


「よく生きてここまで来れたな」


 門兵の言葉に傭兵たちはあの異様な光景を思い出しながら話した。


「1つだけおかしな事があって……」

「何だ? 何があったんだ?」


 門兵が食い気味に問うと傭兵たちは互いに見合って頷いた。顔を青褪めて傭兵たちは自らの身体の震えを止めるために腕で抱く。


「あぁ、俺たちが感じたのは……こちらを襲う気がなかったって事だ」

「は? どういう……?」

「ただ、笑っていやがった。まるで――」


 傭兵たちはそこで止める。喉を鳴らして一息ついてから語った。あの光景を見て感じた不安を思い出しながら門兵を見る。傭兵たちの視線にあるのは怯え……門兵も大きく喉を鳴らした。


「これから起こる惨劇を楽しみにしているようだった」



 もう1人の門兵は代官の仕事場である屋敷に来ていた。大慌てで来た門兵を怪しみながらも中へ通す執事。ため息を吐きながら屋敷内へ門兵を入れた。

 代官は仕事中ですぐには応対できないと執事は突き放すように言う。それでも早く知らせなければならず、門兵は執事に魔物の氾濫が起きているかもしれないと教えた。

 これには執事も驚いてただ事ではないとわかった。すぐに主である代官へ取次ぎを急いだ。代官は執事からの報告を聞いて入れと言った。そして――。


「……魔物の氾濫、だと?」


 代官は眉根を寄せて門兵を胡散臭そうにみている。門兵は一刻も早く対処しなければ蹂躙されると思っていた。。門兵にいはどのくらいの魔物が来ているのかわからない。戦うにしても準備がいる。門兵には傭兵たちの急ぎようから猶予があるとは思えなかった。


「はっ! 街道を急いできた傭兵たちがそう教えてくれました」


 代官は思案する。その時間が長く感じる門兵。事は一刻を争うのだ。どうしてそんなに考える事があるのか。すぐに発表して傭兵や兵士、騎士を総動員して準備に入らねばならないはずだ。さらに民を逃す事も考えないといけない。それなのに代官は何も答えない。その時間が門兵に歯痒い思いをさせていた。


「……民には知らせるな」

「はっ! は……?」


 まさかの言葉に門兵は固まる。聞き間違いかと間の抜けた声が出たのも仕方がないだろう。だが、代官は気にせず続けた。


「今、知らせてもみろ。民の暴動が起きる。収拾がつかなくなる。それに魔物の氾濫が本当だと言う訳でもあるまい? 傭兵など当てにできるはずがないだろう。ならば民に知らせずに魔物の氾濫を確認してからでも遅くはない」


 代官は椅子に背を預けながら門兵に言い聞かせる。だが、本当に魔物の氾濫だった場合は逃げる時間がなくなるのでは、と思う門兵は口を開こうとした。だが、それを手で制す代官。


「すぐに確認させる。絶対に民には知らせるな。下がっていいぞ」


 門兵の話は終わりだ、と代官はそのまま書類に目を通していた。この対応に門兵は肩を落として出て行く。どう傭兵たちに言えばいいのか、わからなかった。



「は? ふざけるな! 俺たちが嘘をついているとでも思っているのか!」


 戻ってきた門兵の言葉を聞いて傭兵たちは憤った。顔を真っ赤にして怒鳴っている。傭兵たちは顔を見合わせて頷いた。


「代官じゃ話にならねぇ! 俺たちだけで――」

「「「うおおおおおおおおおおお!」」」


 とそこへ大歓声が沸き起こった。傭兵たちも門兵2人もン愛が起こったのかわからない。だが、この歓声で大勢がそこにいる事はわかった。

 傭兵たちは頷き合って駆けていく。門兵は追う事はせず、門から魔物が来ないかとずっと見ていた。



「大変だ! 魔物の氾濫が起きたぞ!」


 集まっていた人々へ傭兵は声を張り上げながら告げる。暴動が起きたとしても、民をに画像と考えた傭兵たちの想いだったが……誰もが理解できずに呆けた顔で固まっていた。

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