第31話 王に忠誠を

「ふざけるな! それは俺様の物だ!」


 怒鳴り声が歓声を引き裂く。声を上げたのは挑戦していた男だ。顔を真っ赤にして怒っている。立ち上がってアルフィアスに詰め寄ろうとした。


「俺様が途中まで抜いていたんだ! だからその剣は俺様の物だ!」


 訳がわからない主張をする男。周囲は呆けた顔で男を見ていた。全員がそれはないだろうと思っていたからだ。男の行動に非難の声すら上げられなかった。剣を奪おうとアルフィアスの腕を掴もうとする。アルフィアス自身も動けないでいた。しかし、それを阻む者が。


「そこまでにしてもらおうか」


 アルフィアスと男の間に素早く身体を割り込ませて守るエルトス。まさかの登場にアルフィアスは固まった。どうしてここにいるのか、と問いたかった。男に邪魔されて何も言えない。


「うるせえ! それは俺様の――っ!」


 男はそれでも詰め寄ろうとしたが、エルトスが剣を抜いて男の首筋に突きつける。一瞬の事で誰もが目を丸くして驚いていた。動作が見えなかったのだ。男自身も急に突きつけられたために動揺を隠せない。


「お前如きが王を侮辱するのは……許さん」


 殺気を込めた目で睨むエルトスに男は後ろに下がった。それは無意識で下がっているのだが、男は気づかない。そのまま尻餅をついた男は歯がカチカチと鳴って震えていた。突然の行動にこの場にいる者たちは驚きのあまり立ち竦む。あれは誰なのか、と小声で話し出す者もいるが答えは出ない。だが、エルトスの本気に近い殺気を見て固唾を飲んだ。男がどうなるのか、誰にもわからない。

 男は尻餅をついたまま這って後ろへ行っている。男の戦意が喪失したとわかったエルトスはスッと殺気を霧散させる。その瞬間に男は悲鳴を上げながら逃げ出した。


「父さん……?」


 エルトスは呟くアルフィアスへ悲しげな顔を見せた。それも一瞬の事で、エルトスはアルフィアスの前で跪く。頭を垂れてエルトスは騎士として言葉を紡いだ。エルトスにも葛藤はあったが……言わねばならないと思った。


「私はあなた様の本当の父親ではありません」


 衝撃の言葉にアルフィアスは固まった。さらに他人行儀な物言いをするエルトスに何を聞けばいいのかわからないでいる。


「あなた様は前王の子なのです……!」


 エルトスの言っている事はすんなりと入ってくる。先ほどの優しい王が父親なのだと、理解したからだ。

 頭を垂れているエルトスから涙が零れて地面を濡らす。いつかこんな日が来るとわかっていたエルトス。今までアルフィアスを育てて感慨深い物がこみ上げてきたのだ。


「私は養父として前王に頼まれました。あなた様を守れ、と」


 アルフィアスはエルトスの言葉が本当であると理解している。理解はしたが、認められるかと言うと違った。複雑な感情が渦巻いて……アルフィアスは何を言えばいいのかわからない。


「アルフィアス様! 我らが王よ! 私はあなた様に絶対の忠誠を誓いましょう! どうか騎士として今一度アルフィアス様を守らせてはいただけないでしょうか!」


 乙t全の事に思考が上手く回らないアルフィアス。だが、アルフィアスは1つ頷いてみせて――。


「わかりました。私自身、どうすればいいのかと困惑していますが……あなたを騎士として認めましょう。それが私の父……いえ、騎士エルトスの望みであるならば。忠誠を受け取りましょう」

「ありがたき幸せ……!」


 アルフィアスは持っているエルレイスでエルトスの肩へ優しく置いた。それは王が騎士に任命する行為で――エルトスにだけ聞こえるよう小さな声で感謝を伝える。


「父さん……これまで守ってくれてありがとう」


 アルフィアスの言葉にエルトスは顔を上げる。アルフィアスの背後に前王が微笑んでいるように見えた。エルトスは顔をくしゃくしゃにしながら涙を流して――。


「御意!」


 もう一度、頭を下げた。満足そうにアルフィアスは頷いている。


(前王様! 必ず! 守ってみせます!)


 エルトスは心の中で決意を新たにしたのであった。

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