第30話 静寂からの歓声

 ゆっくりとアルフィアスの手が剣へと向かう。誰もが抜けるはずがない、そう思っていた。まだ若く成人したばかりだと思われる少女なんかに剣が応えるとは思えない。どうせ無駄だろうと見ている野次馬たち。挑戦していた男もジッとアルフィアスを見ていた。お前なんかに抜ける訳がない。抜くのは俺だと言わんばかりの眼差しである。

 アルフィアスの手が柄に触れた。緊張からか不安が押し寄せてくる。そんな自分が情けないと感じて気合いを入れ直す。剣の柄に触れたままピクリと眉が跳ねたアルフィアスだったが、そのまま掴んでいく。


「――っ!」


 その瞬間だった。アルフィアスの脳裏に様々な男たちが浮かぶ。顔は見えず、ただこちらを見ている事だけはわかった。


「次代の王よ」

「汝に剣を抜く覚悟があるか」

「重く苦しい時を過ごす事はできるか」

「数多の仲間を失う時も進める事を良しとするか」


(これ、は……?)


 それは歴代の王たちの遺志。周りには聞こえておらず、アルフィアスにだけ話しかけていた。試すかのようにアルフィアスの心に重く圧し掛かる。それはアルフィアスの覚悟を揺らがせるには十分だった。


「次代の王よ」

「やはりまだ甘い」

「汝には重すぎる」


 歴代の王たちの出来事が頭に流れ込んでくる。

 裏切り。反乱。謀殺。愛しい人からの毒殺。

 様々な出来事がアルフィアスを蝕む。不安に支配されて決意していたアルフィアスの意志が弱まる。


(駄目……! これじゃ……抜く権利がない!)


 甘かった、と感じるアルフィアス。自分はこの国を1つにまとめ上げたいと思っていた。そうすれば民が穏やかに暮らせる、そう信じていた。しかし、歴代の王たちが為せなかったとは考えていなかった。群雄割拠のこの国で統一できた王はいない。

 必ずと言っていいほどに何かが起こっている。


(私、は……!)


 グッと下唇を噛んだ。悔しさに自分の甘さを感じて顔を伏せる。周囲もアルフィアスが剣を掴んでから動かない事に不思議そうな顔で眺めている。やはり女が抜ける訳がない、と。そんな意見も出始めていた。セツヤとレイは信じてアルフィアスを見ていたが。

 ギュッと目を瞑るアルフィアス。その頭に温かな手が触れた。ハッとなり顔を上げると穏やかな笑みを浮かべた王がいる。


「お前の意志を貫きなさい」


 その優しい言葉を聞いて不安が晴れていく。とても安心できる。何のために挑戦しているのか、思い出して……アルフィアスの手に力が戻ってきた。覇気を纏いグッと力強く柄を握り締める。


「次代の王よ」

「汝の意志を受け取った」

「だが忘れるな」

「仇はいつもお前を見ている」


 歴代の王たちは微笑む。むしろ安堵しているようだった。次代の王が国を想って立ち上がろうとしている。その事が嬉しかったのだ。迷いのなくなったアルフィアスはゆっくりと剣を抜いていく。


「大きくなったな」


 頭を撫でてきれた王が笑っている。その顔は靄がかかったかのように見えないが……とても嬉しかった。まるで――。


「父上! え……?」


 思わず呟いた言葉に驚きながらアルフィアスの頬に一筋の涙が流れた。この王に認められたことが嬉しくて、心が穏やかになっていく。涙が流れた事に誰も気づかない。それよりもゆっくりとだが、剣が抜けていっている。その事の方が驚愕で。

 アルフィアスは剣を……エルレイスを抜いて。そしてそのエルレイスを空高く掲げてみせる。

 静寂。静寂。静寂。

 誰もが目を疑い、何度も目を擦った。驚きで固まっている者もいる。口を開けて阿呆面を晒している者もいた。アルフィアスはそれがどこか面白くて笑みが零れた。

 レイは涙を流してよかったと思っている。セツヤはアルフィアスの神々しさに鳥肌が立つ。本当に抜きやがったと興奮して思わず叫んだ。


「アルフィアス!」


 そのセツヤの叫びを皮切りに誰もが歓声を上げた。酒を飲んでいた者も酔いから醒める。


「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」


 誰も彼もが新たな王の誕生を見られて喜んでいた。奇跡のような出来事で誰もが興奮して肩を叩き合う。


『見つけた』


 そんな大歓声の中でアルフィアスの耳に謎の声が響く。その声は老人のような幼子のような様々な声が合わさっていて……。


「――っ! な、に……?」


 背筋が凍るアルフィアス。とても不気味な声で心臓を掴まれた感じがした。恐ろしく声の主に会ってはいけない。そんな考えが浮かぶ。周囲を見回しても大歓声を上げる人々しかいない。怪しい人物など見つける事ができなかった。


(あれは、何だったの……?)


 謎の声が耳について離れる事はなく、大歓声の中でアルフィアスだけが不安を感じていた。

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