第22話 王を目指す理由

 セツヤとアルフィアスはエルレイスの街に来ていた。足りなくなった食材の買い出しだ。セツヤが1人で来るつもりだったが、アルフィアスがついて来ると言い出した。滅多について来なくなっていたアルフィアスが行くと言っただけで騒然となる。エルトスはとても心配していたが、アルフィアスが譲らなかったために渋々と言った感じで了承した。

 エルトスとレイは家に残るらしく、2人で来たのだが……道中に会話はなかった。息苦しさを感じるほどに無言が続いている。話しかけようともしたが、セツヤはすぐに口を閉ざす。別にアルフィアスから話しかけてくるなと言った訳ではない。ただ特に話題もなく、模擬戦の話しかできないと感じたためだ。せっかく外に出たのだから模擬戦の事は忘れて楽しんだ方がいいとセツヤは思っていた。



 会話はないまま買い物を終えた2人。唐突にアルフィアスが口を開く。


「王の剣がある場所に行きたい」


 アルフィアスの言葉にセツヤは振り返って目を見開いた。終始無言だったアルフィアスが少し照れ臭そうに言ってくるのだ。アルフィアスが自らの腕を掴みモジモジと下を向いている。


「あ、あぁ……わかった、行こうか」


 思わず声が裏返ってしまったセツヤ。アルフィアスの初めて見る照れ顔にセツヤはカクカクと首を縦に振った。アルフィアスのしたい事に合わせる。やっと口を開いて意思表示してくれたのだ。荷物を背負ったまま2人は王の剣がある場所に向かった。



「……多いわね」


 王の剣に挑戦している男たち。一向に抜ける気配がない。それでも力自慢たちが挑戦していく。周囲にはその光景をつまみにして笑い合っている人々の姿が見て取れる。

 2人は少し離れた所でその光景を見ていた。何も面白い事はないのだが、アルフィアスは真剣に見つめている。その凛とした横顔にセツヤは魅入ってしまった。

 美しい。

 そう感じるセツヤだったが、心のどこかでこの横顔が儚いものだと思っていた。それでもこの瞬間を大事にしたい、守っていきたい。そんな感情が芽生える。


(ん? 何を俺は考えているんだ? アルフィアスは決して弱い存在じゃないだろう?)


 セツヤの中に浮かんだ考え……それを否定する。セツヤから見てアルフィアスは気高い人物だと思っている。弱さを見せず、強さを追い求める姿はとても好ましく感じる。セツヤの支えなど必要としないであろう。


(それはそれで嫌、かなぁ?)


 苦笑しながらセツヤは肩を竦めた。どうしてそんな考えに至ったのか、全くわからない。わかっていることは アルフィアスたちと仲良く楽しく過ごしたい、それだけだ。


「……ねぇ」


 唐突に声をかけられてセツヤの肩が跳ねた。ずっと見つめていた事を不快に思い、咎められるのでは、そう思ったからだ。


「な、何だ?」


 思わず声が上擦ったのも仕方がないだろう。アルフィアスを見るとセツヤを見ていなかった。セツヤはその事に安堵する。


「男って王になりたいの?」

「……え?」


 セツヤは間抜けな声を出してしまう。目を丸くしながらアルフィアスを見ているとめちゃくちゃ睨まれた。


「質問に答えて欲しいのだけど?」

「あ、あぁ……そうだな。俺は王になりたいと思った事ないから憶測だけど……」


 顎に手を当てて思案するセツヤ。王の剣に列を作っている男たちを見て――。


「いろんな想いがあるんじゃないかなぁ?」

「……想い?」


 頷いてみせるセツヤは続ける。


「王となって国を良くしたい、国を変えたい。これは高尚な考えでとても素晴らしいと思う。中には自分の欲求に基づいてって事もあるかもな」

「……欲求?」


 言葉を濁したのだが、アルフィアスは気になったようである。視線を男たちに向けてセツヤへ聞いてきた。


「言わなきゃ駄目?」


 あまり言いたい事ではなかったセツヤはそう問うが……アルフィアスは頷いてみせた。


「怒るなよ? 王となって美女を侍らせたい。王となって支配したい。そんな考えの奴もいるだろうな」


 セツヤは視線を泳がせながら答えた。アルフィアスを見る事はできないが、セツヤは感じている。とても刺々しい視線がセツヤを突いている事を。


「そんなくだらない事であの王の剣に挑戦しているの……」

「まぁ、それだけとも限らないけどね?」


 視線を合わせないまま頬を掻くセツヤ。あの中に立派な考えを持っている者もいるかもしれないから、擁護しておく。


「そう、ね……」


 アルフィアスはジッと王の剣を見ていた。思案しながら眺めているアルフィアスの横顔を盗み見るセツヤ。アルフィアスが満足するまでその場にいたが……。


「行きましょう」


 アルフィアスはそれだけ言うと歩き出す。その背を追うようについて行くセツヤは振り返った。


「……あの剣は誰を待っているんだろうな?」


 全く抜ける気配がない剣と男たちへセツヤは呟いた。その声は雑踏に消えてアルフィアスにも聞こえなかった。あの剣が誰を待っているのか興味が湧いたセツヤだったが、そのままアルフィアスを追ってその場を後にした。

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