第18話 迷子の少女、名を

「いない……!」


 集合場所である王の剣がある場所に来たが見当たらない。顔を青褪めてレイは身体を抱いて震わせた。セツヤも焦っているが、心は落ち着いている。


「ど、どうしよう……!」


 パッと見た感じではこの場にいないのかもしれない。身長が大きい訳ではないので人混みに紛れればわからないが……。それでもあの美しい金色の髪はとても目立つはずだ。


「ゆ、誘拐された……とか?」


 レイは最悪の考えに辿り着いて今にも気絶しそうであった。顔は青から白になり、歯をガチガチと鳴らすほどに震えている。見ていられなかったセツヤはレイの両肩を掴んでしっかりと緑色の瞳を見る。


「落ち着け。っまだそうと決まった訳じゃない」


 心を静めるために言った言葉だったが、レイはセツヤを睨んできた。セツヤが楽観視しているように思えたためにレイは掴みかかる。もっと取り乱してもおかしくはない状況なのに、セツヤの冷静さはレイにとって許容できる事ではなかった。


「そんなのわからないじゃないか! 誘拐されていたらどうするのさ!」


 レイの目に憤怒の炎が宿る。それを見てからセツヤは静かに言った。


「あの子を信じていないのか? 簡単に誘拐されるような子なのか? 俺たちが信じないでどうする?」


 レイの瞳が揺れる。セツヤの胸倉を掴んでいた手を離してレイは自らの身体を抱く。目からは涙が溢れており、いつ決壊するかわからないほどに悲しみを感じ怯えていた。その顔をセツヤに見られまいと下を向く。


「レイ、今は手分けして探そう。この街全体を捜さなくてもいいはずだ。可能性があるのはここの広場か市場のどちらかだろう。そこを探しても駄目だった場合はここにいる人たちに聞き込みしよう。案外どこかを歩いているかもしれないしな。それでいいか?」


 レイは小さく頷いて顔を上げる。堪えている涙が見られるかもしれないがレイは気丈に振舞う。セツヤは気づいていたが何も言わなかった。セツヤも気持ちは同じだったから。


「そう、だよね……ただの迷子かもしれないもんね。セツヤはどこを回る?」


 セツヤはレイが少しでも冷静になれた事を確認した。頷いてセツヤは王の剣を見るそしてレイを見て……。


「そうだな……先ずは2人で市場へ行って半周する。それで見つからなかったらこの王の剣がある場所を半周する、でどうだ? そっちの方が行き違いにならないと思うんだが……」

「……うん、わかった。それで行こう」


 2人は市場へ戻る。

 少女を探しながら半周するが……見当たらない。


(しまったな……俺はあの子の名前を知らないから呼んで探すって事ができない)


 ただ自分の目を信じて捜す。早く名前を聞いておくべきだったと後悔しても遅かった。市場を半周しても少女は見つからない。

 レイと合流したので王の剣がある場所へ

 だが、そこでもセツヤは見つけられなかった。レイに少女の名を聞いておくべきだったのだが……セツヤも焦りで失念していた。捜している時に思い至ったのだが、市場に見当たらなかったために焦燥感が増して頭から抜けたのだ。

 いざ王の剣がある場所を捜すとなった瞬間に名前の事を思い出して後悔している。それでも必死に捜したが……。


「……レイは、まだ来ていないな」


 王の剣がある場所を半周してきたセツヤはレイの姿を捜したが、まだ着いていなかった。この時のレイはここが捜す最後の場所だと思い、入念に捜していたのだ。


(さて、このままレイを待っていてもいいけど……ん?)


 ふと視線を横へ向けると金髪を腰まで伸ばしている少女がいた。その後ろ姿は捜し人に似ていて……服装も背丈も線の細さも合っている。


「――っ!」


 息を呑んだセツヤは人混みに消えていく少女の背を追った。フラフラと歩く少女の先には王の剣がある台座に近づいている。


「何をやっているんだ……!」


 セツヤは左手で少女の左腕を掴んだ。振り返った少女は――とても寂しげな顔をしていた。思わず息を呑むほどの憂いに満ちた顔。


(どうして、そんな顔をしているんだ?)


 セツヤは困惑した。こんなに寂しげなのに……美しいと感じてしまった。セツヤの胸が締め付けられる。


「……どうしてかしらね」


 下を向いた少女が口を開く。


「あの剣を見てから心が騒めくの」


 顔を上げて弱々しく笑う少女。


「あの剣に触れてはいけない。そう思うのに……惹かれているの」


 そんな少女をセツヤは思わず抱きしめたくなったが――。


「無事でよかったよ。レイも待っている」


 微笑んでから少女の左手を握って連れて行く。心臓が早鐘を打ち、動揺しているセツヤ。少し歩いて落ち着いた時にセツヤは……聞いた。


「あぁ、そう言えば……君の名前を聞いていなかったんだ。教えてくれるか?」

「私は――」


 少女は告げた


「――アルフィアスよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る