第14話 食材が欲しい

「食材が欲しい!」


 朝食の準備を終えて食卓に着いたセツヤはおもむろに叫んだ。3人は急に叫んだセツヤを驚きながら見ている。


「代り映えのしない食事が耐えられない!」


 切実な想いを吐き出したセツヤ。だが、3人としてはこれでも十分に美味しいと感じているので反応は薄かった。むしろこれ以上ができるなどとは思ってもいない。


「もっと美味しい物が食べたくないですか!」


 何の反応もない3人にセツヤはガックリと肩を落とす。美味しい物と言われてもわからない3人は顔を見合わせて首を傾げている。本当にわかっていないのだと気づいたセツヤは力説する。それはもう熱く語った。


「食材さえあればもっと美味しい物ができます!」


 セツヤは拳を握って真剣な顔で3人を見た。反応がない。


「こんな単調な味ではなく頬が落ちるほどの感動を与えます! だから食材が欲しいです!」


 3人は互いに顔を見合わせて、頬が落ちると言う表現がわからない。首を傾げつつもセツヤの熱意は伝わってきた。鼻息荒く目もギラギラとしたセツヤをッ見て若干引いているが、そこまで言うならと頷き合う。


「わかった街へ行くか」


 エルトスがそう言うとセツヤの顔に笑顔が溢れた。これでもっといい物ができると喜んでいる。だが、エルトスの言葉に固まった。


「何を買って来たらいいのだ?」


 すぐに復活したセツヤは首を横に振る。こればかりは自分で行かないと意味がない。エルトスに頼むと何を買ってくるかわからない。それにセツヤ自身、何があるのかわかっていなかった。だから自分の目で見て買いたい。エルトスに頼む事はできないのだ。


「いえ、自分で選びたいです」


 これにエルトスは少し考えてから答えを出した。


「ならばレイに案内させよう」

「え! 行っていいの!」


 エルトスの言葉に立ち上がって喜ぶレイ。だが、エルトスは睨みながら言った。


「許可した覚えはないが……街へ行った事があるだろう? 案内できるのはこの中でワシとお前だけだ。ワシは少し用事があって行けないからな」


 レイは固まったまま視線を泳がせる。何度も行った事があるので道案内はできる。だが、エルトスに知られているとは思ってもみなかった。レイは冷や汗を掻きながらゆっくりと椅子に座る。下を向いてエルトスを視界に入れないようにした。


「明日にでも行ってみるといい」


 セツヤは頷いてレイへ声をかけようとしたが――少女が待ったをかけた。


「私も行く!」


 この発言に驚いたのはエルトスですぐに首を横に振る。とても焦っているエルトスは簡潔に否定した。


「駄目だ。お前は行かせられない」


 エルトスの難色に少女は頬を膨らませる。とても不服そうだ。


「どうしてレイは良くて私は駄目なの? 私も行きたい!」


 初めての少女の我儘にエルトスはとても困った顔をしている。どうにか諦めさせようと考えてるとレイから援護が来た。それは少女に対しての援護でエルトスはレイを睨みつける。


「別について来てもいいんじゃない? 成人はしてないけどそこまで子供じゃないよ」


 エルトスは何も言えずに腕を組んで唸った。眉間にはとても深い皺が寄っている。


「むぅぅ、駄目だ。それだけは駄目だ」


 エルトスの強固な否定に黙ったまま見ていたセツヤは問う。本当は首を突っ込むつもりはなかったが、少女の不満そうな顔を見て理由くらいはあるのだろうと感じた。


「何が駄目なんですか? 理由もなく駄目と言われても納得し辛いと思います」


 家庭の事情はわからないセツヤだが、エルトスに理由を話して欲しいと思ってそう聞いたのだが……これにはエルトスも言えなくなる。それでも行かせたくないエルトスだったが、言えない事が多すぎて返す言葉が見つからない。だからこう言うしかなかった。


「……理由はない」


 苦虫を噛み潰したかのように渋い顔でエルトスは振り絞る。本当に何も言えず、それだけが出たのだが、少女が納得するはずもなく……。


「なら行ってもいいじゃない!」


 少女は理由がないなら行ってもいいじゃないかと少し怒りながら言った。エルトスとしてはそんな簡単な物じゃないが……上手く説明できずにいる。


「ないが……むぅぅ、どうしても街へは行かせたくない」


 エルトスの言い分を聞いて少女は反論した。


「父さんの気持ちの問題なら私は行きたい。街へ行ってみたい!」

「行ってもいいんじゃない? 私もいるし」


 少女の言い分もわかるエルトスだが、行かせたくない気持ちが大きい。レイも安心しろと言葉を続けたが、エルトスとしてはそのレイが信用ならない。目を離さないかと不安な気持ちになる。

 上を向いて唸るエルトス。天井を見ていても何も解決しないが、どうにか良い案が浮かばないかと思っての行動だ。


「むぅぅ……! だが、むぅぅ!」

「父さん! お願い! 私も街へ行きたい!」


 視線を少女に向けると期待した目をしていてエルトスは詰まった。ここまで言われて否定しても少女がこっそりとついて行きそうで怖くなった。それよりもレイとセツヤに釘を刺して見守らせた方がいい。そう判断したエルトス。そして――。


「……わかった。レイ! セツヤ! 絶対に目を離すな」


 鬼気迫る表情で言われてレイとセツヤは神妙に頷いてみせる。後をつけて行きべきかとも考えたエルトスだが、心の中で否定する。

 エルトスが行けなかった理由が少女を1人にしておけないからで、前言を撤回するのも違う気がしている。とても不安は残るが2人を信じようと思った。


 こうしてセツヤ、レイ、少女は街へ行ける事になった。

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